第26話
「ダメね、ダメダメだわ」
アメリアの部屋に入れられて正座させられあと、最初に聞いた言葉はこれだった。雨宮は黙って頭を垂れる。
「最初の勢いは良かったけど、そのあとは減速しっぱなし。まるで体力のない短距離走の選手。あと体術もなっていないわね。多少形になってるけど粗すぎるわ」
「面目ない」
雨宮はぼそりとそう口にする。雨宮も自分の状況を振り返ってみると、明らかに危ういことに気づいた。そもそもアメリアを勝手に信じて、マイケルに対して単騎で突入。その結果、追い詰められ助けを借りることになった。もしアメリアが薄情な奴、いや計算高く勝利を狙うタイプならば、今ここに雨宮はいないだろう。マイケルにナイフで心臓を刺されて地獄行きだ。
「………これは特訓が必要ね」
アメリアは神妙な面持ちで言葉を告げる。雨宮はその言葉を聞いて、耳を疑う。
「そんなことしても、アメリアさんにとって意味がないじゃないですか?」
「そうね。その通りだわ。………だから、これは貸しにしておきなさい。もし私が死にそうになったら一度は全力で助けること」
「信じるんですか?」
「ええ、あれだけの馬鹿やらかす人間の言葉なら信じても構わないでしょう」
「………分かりました。お願いします」
雨宮は覚悟を決めてそう言った。
翌朝、アメリアに叩き起こされると朝5時から川の近くにある海来文化公園に来ていた。ここは市内で最も規模の多い公園でたびたびスポーツの小さな大会が開かれている。中央には体育ホールがある。アメリアは地面の草の感触を確かめるように足で踏んでいる。
「それにしても私でもさすがに驚きよ、痛み程度で傀儡術が弱まるなんて」
「そもそも傀儡師なんて知らなかったんですから、そんなもんですよ」
「初歩の初歩よ。それさえ知らない人間に負けたなんて私の後悔ノートに刻まれるべきものだわ」
雨宮は準備体操を終えると、雨宮に向き直る。訓練の時でさえ、アメリアはドレスらしい。
「動きにくくないんですか?」
「あら貴方に勝つ程度なら雑作ないわよ」
自らの無知はあるとはいえ、雨宮はその言葉に闘争心を刺激される。雨宮は拳を握りなおす。
「ルールは……」
「傀儡術なしでとりあえず殴り合ってみましょう。どちらかが転倒したら勝ち」
「分かりました」
「いつでもどうぞ」
アメリアは退屈そうにあくびをする。手を横に戻そうとしたタイミングで、雨宮は踏み込む。一切の躊躇なく雨宮は顔面に拳を叩きこむ。顔の目の前で拳は止まり、勢いを殺される。アメリアは叩き込まれた拳を平然と下ろそうとしていた右手で受けていた。
「女性でも容赦しないところは高評価ね」
「殴りますよ。必要さえあれば」
雨宮はすかさず拘束を解き、腕を自由にする。間髪入れずに、蹴りを腹に向かって繰り出す。合わせるようにアメリアは脚を叩きつける。鈍い音ともに交差する。雨宮は痛みを歯を噛むことで押し殺して、拳を振るう。しかし踏み込みが浅く思った以上に威力がでない。アメリアは腕を万力のような力で締め上げる。雨宮は咄嗟に打ちあっていた脚を外してアメリアの胴を痛みから逃れるために蹴りつける。しかし雨宮の蹴りは空を切る。代わりに眼前にはアメリアの掌底が迫っていた。避けようとするが、あまりにも不安定な体勢で、すでに逃げ場はない。顔面に手のひらが叩きつけられ、鼻を叩かれたショックで視界が一瞬朦朧とする。雨宮はぼんやりとしている思考を無理やり覚醒させ、自分の身体が浮きあがって後ろに倒れそうになっていることを認識する。雨宮はギリギリで踏みとどまる。止まった時にはすでにアメリアの拳が胴に叩き込まれていた。雨宮は肺の中の空気を無理やり吐き出さされ、すぐさま蹴りを腹にくらう。一瞬で意識が暗転し、地面に無様に倒れる。
人が公園に集まり始めたころには移動した。今では誰も近寄らない、昔は海來村と呼ばれていた地域にだ。雨宮もあまりよく来たことがなかった。あまり人がいないことと、自身の家から以外にも近いため存在だけは知っていた。
「傀儡術はどの程度使えるのかしら?」
「十指暗器が一個動かせるくらいです」
「それは操糸術と呼ばれる傀儡術の一種ね。ふーん、意外と適性あるのね」
「ないって言われるかと思ってましたよ」
「そりゃ、貴方と組んでたやつは全力で爪みたいに振り回していたけど、あれは少し異常ね。……そこまではどうしようもないから、痛みで集中力を失わない簡単な方法を教えましょうか?」
「そんなものがあるんですね。いった!」
雨宮は突然、アメリアに腕を強力な力で掴まれ、悲鳴をあげる。
「これが一番楽よ」
「これって?」
「そのままよ。痛みの中で傀儡術を使うことに成れるのが一番楽なのよ」
アメリアは無言で腕を握る力を強める。
「痛みで傀儡術が使えなくなることはないわ。ただ、ぶれるだけよ」
痛みが襲うたびに、体の中の仮想の糸が肉体を制御する力が弱まるのが自分自身でさえ感じる。しかし確かに消えていない。例えるならば、持ち手のないものを掴んでいる感じだ。上手く力が入らない。無理やり掴もうとすれば、すればズレが激しくなってきて何をやっているのか分からなくなる。海に流された指輪を探す様にしらみつぶしに掴んでいるみる。波を持った痛みに耐えていると、次第にコツがつかめてくるのだから人間というものは恐ろしいものだ。思考の中で糸を掴み、確かに能力が行使される感覚を体感する。目を開くと、アメリアはつまらなそうに腕に力を込めていた。
「慣れるのが本当に速いわね」
「そうですか?」
「ハッキリ言って異常ね。これだけで常人なら一年ぐらいかかりそうなものだけど。貴方、もしかして贋物じゃないわよね」
「違います。少なくとも傀儡師になったのは最近なのも本当です」
「………信じられないわね」
締め上げていた右手を雨宮の手から離す。
「最後に一応、一般的な傀儡術の一分野を教えておくわ」
アメリアは家に戻ると雨宮に宣言する。そして部屋の奥から一体のマネキンを取りだしてくる。見知ったそれを改めて見てみる、どう見ても動きそうにはない。
「傀儡術で動かすのよ。少しだけコツが必要だけど、そこまで難しくはないわ」
マネキンの手を握ると目を閉じる。次に目を開いたときには、人形はカタカタと音を立てながら重い体を起こした。
「今日はこれの支配を緩められたら終了よ」
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