第24話
ここに来ると先日の木偶の大群が頭を掠める。海来市の中でもひときわ目立つ高層ビルにアメリアは入っていく。状況を考慮しない音ともにドアが開く。そのまま歩いて自分の部屋の前に立つ。狭い密室に金髪の女性と二人という一般の男子高校生には夢のような展開だが、今の雨宮には不安しかない。雨宮からしたら、突然これがすべて嘘だと告げられ、いや告げられることさえないだろう。すぐさま蹴りをくらい殺される可能性を無視できない。今の自分の心境を考えると、自分自身が想いのほかナターシャを信用していたことに気づき、苦笑いを心の中で浮かべた。
「ようこそ、私の部屋へ。テューダ家のご令嬢に部屋に入れるなんて、総理大臣並みの名誉なのよ」
「テューダ家ってそんなに有名なんですか?」
見てはいけないものを見てしまったかのように表情をする。
「本当に知らないのかしら? 新手の冗談」
「いや知りませんけど。そんなに有名なんですか」
アメリアはガッカリしたように肩をうなだれて溜息をつく。
「まあいいわ。後で説明するから」
雨宮は恐る恐る開けられた扉をくぐると真白な床には人形の四肢が散らばっている。部屋の片隅にひと際大きな肌色の人形が立てかけられている。これはアメリアが戦闘に使っている人形とは異なり、眼球がついており、肌の材質も暖かさがある。
「それはただの趣味よ」
アメリアは雨宮の視線に気づいてそう言う。陶磁器の高そうなティーポットで紅茶を淹れると、純白のテーブルクロスのひかれた机の上にカップを置く。雨宮は無言で一方の席に座る。カップがテーブルを離れる小さな音だけが雨宮に聞こえる。
「貴方は、ここらへんに住んだ方がいいわね」
「え?」
「そんなに驚くことかしら、どうせ貴方の住所はナターシャに伝わっているのでしょう。裏切った貴方がそこに住んでいると色々ややこしいわ。それにこの状況で戻ったところで、死にに行くようものよ」
暖かい紅茶とは裏腹に心は冷たくなっていく。仕方ないとはいえ、一時的に裏切ったようにも見える雨宮は責められるべきなのか。
「別に裏切ってはいませんよ」
「あれだけ必死に助けたのにもともと仲間がじゃなかったのかしら? それとも、私とはまだ手を組んではいないという意味?」
「両方ですね」
「複雑なのね。……ただ貴方のあの様子を見ると、誰とも協力しないのはあまりにも無防備だと思うのよね」
「心配してくれてるんですか?」
「………少しね」
雨宮はその言葉を聞いて、アメリアの最初の認識に疑問を抱く。いや、最初にここで会ったときは、ただの人間でお嬢様だった。少なくともナターシャよりはよっぽど。
「何で劇に参加したんですか」
アメリアはごくりと喉を鳴らすと少し黙る。
「家の名誉のため、それ以上でもそれ以下でもない。永遠の命、財産が大好きな父にはさぞかし魅力的な財産なのでしょうね」
「自分で参加した訳じゃないんですか?」
「そうでもないわよ。これだけ法外な力だと私………。いやこれはどうでもいいわね。早速、明日は外に出て今夜であった男の位置を割り出すわよ」
翌日、硬いソファの上で起きた雨宮は携帯を使って学校に電話する。人生始めての仮病の連絡だったが、上手くできただろうかと雨宮は不安になる。
「行くわよ!」
真紅のドレスを着たアメリアに呼ばれ、雨宮は携帯をポケットに突っ込んだ。
覚悟を決めて外に出たというのに、何故か雨宮はカフェの一角に座っていた。店員から笑顔で渡された紅茶を飲んで一息つく。
「何で優雅に紅茶を飲んでるんです。マイケルを探すんじゃないんですか?」
「うるさいわね。紅茶を飲むときは静かに飲みなさい。どんな状況でも冷静にいることね」
理不尽な言葉に雨宮は黙り込む。
「交流を深めることも大切よ」
「あいつと同じようなこと言うんですね。で、本当の目的は何なんですか?」
アメリアがその言葉に少しうろたえると、咳ばらいをする。
「笑わないかしら?」
「………場合によりますけどね」
「実は行きたい場所があって、その………一人では行きづらいから一緒に来てほしいのだけど」
という言葉が続くとは雨宮は予想できなかった。そのまま流れに流れに流されてついた場所には「Seacome」という名前が書かれていた。釣り具が何かなら、いいのだがどう見ても店内にあるのは陳列された本棚である。雨宮は来たことがなかった。
「アメリアさん」
「何かしら?」
「どんな店ですかここ?」
「ここを知らないなんて、日本人失格よ。同人ショップに決まっているじゃない」
同人ショップを知らなければ日本人失格らしい、軽い衝撃を雨宮は受ける。隣でアメリアは目を輝かせている。雨宮は結局、一緒に入店した。アメリアは雨宮をおいて地下の18禁コーナに突入していった。年齢的には問題ないとはいえ、雨宮はなんとも言えない気分になる。そこには年齢的に入れないし、入る気もなかったので一階でよく知らない漫画を読んでいた。ぱらぱらと適当にいくつか調べていると、時々時間を忘れて没頭する。ボーイミーツガールの典型的なパターンとして、少女の登場と共に世界観が変わるものがある。雨宮にとって少女は誰だろうか、ナターシャ・オルロワなのか、それとももっと昔から始まっているのか。思考の海に沈み込んでいく。
両手いっぱいに荷物を持ったアメリアが地下から出てくる。一体何を買ったのだろうか。
「さあ、帰りましょう」
汗を浮かばせながらアメリアがそういう。雨宮は呆れため息をつきながらも、手を差し出す。
「あら、紳士なのね」
「いつものことですよ」
雨宮は思っていたよりも重たいビニール袋を手に取る。ちらりと見えた中身は俗に言うギャルゲーでいっぱいだった。
「何買ってるんですか?」
「見れば分かる通り、男性用のエロゲーね。結構ストーリが凝ってて面白いのよ。それに……女の子も可愛いわよ。特別に少しだけやらせてあげるわ」
「いや、いいですよ」
「そう残念。本当に面白いのに」
「絶賛命を懸けたゲームをやってるのに、こんなもの買って大丈夫なんですか?」
「だからこそよ。いつ死ぬかも知れない人生なんだからいつだって楽しんでおきなさい」
平然と告げられたその言葉に雨宮は一瞬、考えさせられる。
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