第23話
マイケルはへらへらとした笑みからは想像もつかない鋭い蹴りを繰り出してくる。雨宮は姿勢を低くして蹴りを回避、無防備になった胴に拳を振り上げる。マイケルは体を仰け反ることで回避する。
「やっぱりだ」
雨宮を興味深そうに見る。続けざまに振るわれた蹴りをマイケルは右腕を盾にして防ぐ。
「君、傀儡師だろ?」
その言葉に雨宮は驚き、隙が生まれる。マイケルは逃すことなくナイフを投げる。数本の髪が犠牲になって地面に落ちる。突然、雨宮の身体を衝撃が襲い、横に倒れるように移動させられる。
「どいうことだ。アイツの説明だとある程度近づけば傀儡師同士はお互いに認識するって言ってたが。あれ、もしかして嘘かなー。あとで問い詰めとかないと」
雨宮は体の悲鳴を押し殺してすぐさま立ち上がる。同時にアメリアとの戦いの時とは比べ物にならないほど自らの能力が下がっていることに気づく。息が上がり、呼吸が乱れ始める。さっきまで落ち着ていたのが嘘のように死という恐怖に支配され始める。
「どうしたんだい。今更恐怖が湧いてきたのかな?」
マイケルは地面に落ちているナイフをゆっくりと拾う。慣れた手つきで、くるりと回し先端を少年に向ける。
「安心してくれよ。僕はサディストじゃない。人間さんをいたぶる趣味はないよ。………殺すときは、さっくりと一発さ!」
殺意の化身が足音を立てて全速力で接近する。雨宮は咄嗟に右手を振るった、指輪の先についた糸はしなりながらマイケルの頬を切り裂いた。マイケルは心底楽しそうにくつくつと喉を鳴らしながら血が漏れ出した頬を触り、指についた血を舐め取った。
「なるほど、それが傀儡師の能力か……。結構、便利そうじゃないか」
言葉と同時にマイケルのナイフがカタカタと震え始める。
「うん? 不安定だな。もしかして大き過ぎるとダメなのか。残念だけど気分が変わった。この役に立ちそうな能力について教えてもらったあと死んでもらおう」
ぞっとするような凄惨な笑みを浮かべるとマイケルは、真正面から再度接近する。雨宮は今度は糸を槍のように前に引き伸ばす。マイケルは避けない。代わりに右手を顔を隠す様に構える。糸は一直線に右手を貫こうとする。しかし一歩手前で、静止した。マイケルはサファイアの瞳でじっと止まった糸を見ていた。
「ふーむ、ふむふむ。やっぱりこれくらい細くないといけないらしい。コツは掴んだ」
雨宮は咄嗟に指輪を引き抜いた。その判断が正しかったことを明後日の方向を針のように貫いた糸が確信させる。外された指輪が音を響かせる。マイケルがゆっくりと近づこうと脚を踏み出す。
そのタイミングで真横からマイケルに向かって巨大な弓矢が飛んでくる。致命傷を防ごうとしてあげた腕に深々と突き刺さる。痛みでくぐもった声をあげると、マイケルは先ほどの威勢は何処に行ったのか全速力で建物の間を縫って逃げだした。雨宮は予想外の事態にぼーとしている頭を叩き起こす。急いで別方向に走りだす。足を踏み外して、看板にぶつかる。構わずに倒したまま進む。頭の中が先ほどの一瞬を何度も何度も再生する。あの弾丸のように突き刺さった弓矢には見覚えがあった。まさか傀儡師は弓を使うなんて常識があるわけがないだろう。雨宮は自分の予想を確信に変え始める。だから、目の前に飛び降りた真白な人形の攻撃を咄嗟に回避することができた。金槌のような拳が振り下ろされ大地にヒビを入れる。雨宮はこけそうになりながらも、後ろに跳んでそれを回避する。怯むことなく飛びかかり殴りつけてくる。雨宮は傀儡術を使って自らの肉体を無理やり動かすことで人間を超えた速度で回避する。その勢いのまま右の拳で人形の顔面を殴りつける。硬いプラスチックのような皮膚を殴りつけた痛みが反動で来る。人形はあっさりとこと切れて、無様に地面に横たわる。湧き上がってる違和感。それをすぐさま確信に変えて、後ろを振り向いた。何もない。真上から真っ白な人間の脚が鎌のように振り下ろされる。雨宮の右肩に勢いの乗った蹴りが突き刺さる。肩が千切れそうな錯覚を覚える。衝撃の後にはすぐさま眼前に左足が振るわれる。防御できずにクリーンヒットし、雨宮の脳を揺さぶる。目の前に立っている少女の輪郭がぼやけて、二重に見えてくる。雨宮は倒れた体を何とか立ち上がらせる。ズレた視界を直そうと傀儡術を眼球の内側に乱雑に奔らせる。すると次第とましになってきて、アメリアの派手なドレスが見えてくる。
「血気盛んなのね。早速狩りかしら」
アメリアは状況を気にすることなく、気軽に挨拶をした。
「どんな……挨拶ですか……」
「最近流行りの肉体言語で『こんばんは』はこれがトレンドなのよ。知らなかったかしら?」
「知りませんよ。こんなものがトレンドになったら死人がでます」
「相棒さんは、いない……わよね」
雨宮は何も言わずに周りにいる人形が確かに一人であることを確認する。深呼吸をすると緩やかに思考が落ち着いてくる。するとさっきまで力の入らなかった傀儡術が心なしか強くなった気がした。
「何の用ですか?」
「貴方あの女をやめて、私と組まない?」
予想の斜め上をいく質問に雨宮の表情は固まる。
「貴方より、ナターシャの方が強いでしょう」
「……失礼ね。まあ、否定はしないけど。だからこそよ。アイツと協力したところで最後には確実に殺されるのよ。用意周到そうだから、もうすでにその算段でも整え始めてるんじゃないかしら?」
こちらの反応を伺うように雨宮を見る。雨宮にもその懸念がなかったわけではない。もし最後までこのまま進めば、雨宮はあっさりとナターシャの爪で分断され命を落とすだろう。最も調子のよい時でさえ、アメリアとまともに戦える程度である雨宮は、全力のナターシャには適わない。
「………協力すると言ってもどうやってするんですか?」
「もしかして貴方って顔に似合わず意外と薄情なのかしら」
「そう思うならやめておいた方がいいですよ」
「冗談よ。で、協力方法だったわね。強い敵だったらお互いに協力して、他は不干渉ぐらいでいいんじゃないかしら。あまり難しく考える必要はないわ。一時的なものよ、いつ切れるとも限りないし。裏切りたいときに裏切って貰って構わないわよ。まあ、勝つのは私だけど」
アメリアは一切澱むことなくそう断言した。
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