第20話

 昼休みのチャイムが鳴るとそれぞれが昼食を取り始める。教室の一カ所に集まり始めるもの、外に出て学食に行くもの。様子を見ていたナターシャは立ち上がろうとした。そのとき声がかかる。

「月坂さん!」

「何かしら?」

 振り返るとそこには、ナターシャの記憶の片隅にある顔があった。茶髪の女の子、恐らく昨日、雨宮に助けられていた少女だ。疑り深く観察する。

「えーと、えーと、えーと。……その、一緒にご飯食べない?」

 予想外の言葉にナターシャは驚く。その顔を見て白水は不安そうにしている。安心させるように少しだけ口角をあげる。

「ええ、良いわよ。こちらからお願いしたいくらいだわ」

 その返事に白水はうれしそうに向日葵のような明るい笑顔を浮かべる。ナターシャの言葉は嘘ではない。話したかったのは事実である。ただその目的は昨日の一件の記憶がどうなっているか調べたいという優しさの欠片もない理由なのだが。ナターシャは弁当を持ってきていなかったので、白水に食堂に案内してもらうことにした。本当は間取り程度ならもしもの場合に備えて既に把握しているのだがそれは口にしない。

 食堂に入ると大量の人たちが思い思いに動いている。売店でパンを買うもの、座って麺を啜っている人。ナターシャは人の多さに若干怖気づくが、白水が気にせず入っていくのを見てついて行くことにした。白水は食券を販売する券売機の前で、頭を悩ませている。

「今日の日替わりランチは生姜焼き、いいな。しかし王道のラーメンも捨てがたい。太るが玉に瑕だけど。月坂さんは、何にするの?」

 ナターシャは無言でボタンを押すと食券を取りだす。押したボタンには鯖の定食と書かれていた。

「結構、渋いチョイスだね」

「健康的で素晴らしい選択だと思うわ。カレーもバランスが良くていいのだけど、今日はその気分ではないわ」

「むむむ、じゃ、じゃあ私はカレーにしようかな」

 硬貨を投入して白水はボタンを押す。

「これ、どういうシステムなのかしら?」

「あっ、食堂の人に渡せば後で呼んでくれるよ」

「そう、では行きましょう」

 どこか楽しそうに食堂の女性に食券を渡す。女性はナターシャを見ると、一瞬呆然としていたがすぐに気を取り戻す。

「………さすがに、会う人間にたびたび見つめられると何とも言えない気分になるわ」

「うーん大変そうなのは分かるけど、けど、羨ましい」

 白水は嫉妬と共感が混じった表情でナターシャを見る。雨宮は学生生活を絶賛謳歌しているナターシャをちらりと見る。雨宮は料理を作るのがめんどくさいという理由により、基本的に食堂を利用している。とはいえ、もし弁当があったとしても今日ばかりは雨宮は食堂に来たことだろう。

「どう考えても、不安だ」

 事前に頼んでいたカレーを食べながらそう呟く。「人は人を信じない」というナターシャの言葉は言いすぎなのでは、と最初は思っていたが、現実としてこんな状況に立たされていると納得してしまう。信用できない。さらりと昨日の事について喋るのではないかと不安になる。

「ねえ……月坂さん?」

「何かしら」

 綺麗に魚の骨を抜きながらナターシャは返事をする。皿の上には整列されている骨を見て、なぜそこまでするのかも聞いてみたいと白水は思った。

「もしかしてだけど……雨宮君の知り合い、だったりする?」

「…………」

 ナターシャは動かしていた骨を止める。自然に返そうと思っていたが、あまりにも予想外の質問に硬直してしまったのだ。ナターシャは特段、雨宮に注目していないはずだ。僅かに目線を向けたが、その程度。

「……どうして、そう思うのかしら?」

「……勘かな?」

「勘?」

「うーん、ちょっとだけ視線に違和感があったから。何て言えばいいかな、目つきが違う。他の人や私を見てるときも確かにそういう様子があるだけど、雨宮君を見るときはそれが少しだけ楽しそうな感じがするんだよね」

 白水はにこりとそう言った。ナターシャは事前にそれなりに日本人の気質を学んで、この学校に潜入している。容姿の方を誤魔化すのは面倒だからやめた。だが喋り方や視線、表情は再現している。雨宮のことも当然、見ず知らずの他人の設定として捉えていた。だからナターシャには、その認識を変えた覚えがない。どうするべきか。ナターシャは一瞬だけ、思考する。

「当たりよ。素晴らしい観察眼ね」

「やっぱり、そんな気がしたんだよね」

「私はそんなに分かりやすいかしら?」

「いやそんなことないと思うよ。たぶん、みんな気づいてないし」

 白水は笑ってそう言う。ナターシャとしてはその原因を探っておきたいというところなのでもっと突っ込んで質問してみることにした。

「………ではお返しに私も推測してみましょうか」

 ナターシャはいたずら心を覗かせる笑みを浮かべる。実を言うと、推測も何もナターシャは昨日の時点で確信しているのだが。

「貴方は随分と彼のことが気になっているようね。気に入ってるの方がもう正しいかしら」

「んんーー!!」

 その言葉を聞いて白水はあたふたと顔を赤くして手を振る。そして顔を両手で隠して、指の間からナターシャを覗く。

「………そんなに分かりやすかった?」

「ええ、まる分かりね。わざとだと思ったわ」

「もしかして、月坂さんもそうなの?」

 鬼気迫る表情で白水が聞いてくる。あまりにもリアクションが予想通りで被虐心をくすぐられる。

「もちろん、興味はあるわよ」

 目に見えて白水は沈む。

「そうだよねー、カッコいいから………」

 あの男の何がいいのかナターシャには全く分からなかったが何も言わないことにした。

「どうせ、恋のとはまた違った興味だから気にしになくていいと思うよ」

 隣に突然、柴田が座っている。机の上には二個の甘そうなチョコチップメロンパンと、エクレアのようなものが置かれる。

「面白くないわね」

「恋をからかっていいのは私だけだから」

「いや、からかわないでよ」

 ナターシャを食事を終えると彼女たちに礼を述べて立ち去る。食堂の外に出ると雨宮が待っていた。

「一体、どうやったら学校に入れるんだよ?」

「傀儡師には造作もないことよ。貴方も私の協力者ならあっさりとやって見せなさい」

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