第15話

真っ暗闇の下、閑散とした屋上に、天上の華が咲いていた。散ることない銀の華。

「何も引っかからない……どこにいるのかしら?」

 月坂真理愛は屋上の上から人々を見下ろしていた。その目的は、特定の存在を探すことにあるようだが。真理愛は一通り見渡すとゆっくりと高いビルの上から飛び降りた。落ちるような浮遊感の中、真理愛は右手の指に巻き付けている糸に命令する。精確な描きべき軌道、必要な力。それだけで糸は意志を持ったように動き別の建物に繋がる。真理愛は颯爽と、次の建物に飛び移る。

「今日も外れ、一体いつになったら見つかるのかしら」

 見つからないことに微かに喜ぶ自分の心とは反対の言葉を真理愛はつぶやいた。


 翌日、真理愛は集合住宅街の一室を訪れる。ドアを叩くと、眠たそうな眼をした雨宮がめんどくさそうに現れる。

「おはよう………」

 寝ぼけた雨宮を見ると機嫌が良さそうに真理愛は家に入り込む。ソファに沈み込むように寝転んだ。

「もー、全然見つからないんだけど。蜘蛛みたいに街を飛び回るだけの毎日よ。仕事やすみたーい」

 真理愛は夜に見せたような凛々しい目つきをなくした。代わりに子どものように駄々をこね始める。

「ねえ、雨宮」

「なんだ」

 雨宮は先ほどよりも眠気が覚めたのか、面倒くさそうに返事をしてくる。真理愛は落ちてあった枕を抱きかかえる。

「……その、今日遊びに……行かない?」

「……めんどくさい」

「言うと思った」

 真理愛は不満そうに雨宮を見る。

「いいじゃない、どうせ雨宮、暇なんでしょう?」

「今日はスペシャルカレーを作ろうと思っていたんだ」

「辛そう…けど美味しそうね。楽しみにしておくわ」

「食べること前提かよ」

「貴方も私の分は毎度毎度作ってくれるじゃない。お互い様よ」

「何がだ。で、お前の申し出は断れるのか?」

「ダメよ。絶対ダメ。ちゃんと貴方の意見を取り入れて一週間前ぐらいから言い続けてたじゃない。楽しみにしたんだから断るなんてダメ」

 雨宮は苦笑いを浮かべて、カレンダーを確認するとでかでかとマークが書かれている。明らかに一週間前からと分かるように記述した日まで書かれている。

「いいわね!」

「はいはい、分かりましたよ。真理愛様」

「よろしい。準備ができたらすぐに行きましょう。時間は長いければ長い方がいいに決まってるのだから」

 外に出ると、雨宮は太陽の明るさに目を細める。隣では楽しそうに真理愛がスマートフォンを確認している。ひとしきり確認すると、顔をあげる。

「まずは、朝のカフェに行きましょう」

 商店街にこんな店があったのかと雨宮が思うほどのオシャレなカフェが目の前にあった。物怖じしてるなか、真理愛はあっさりと扉を開けて入っていく。

「私はエスプレッソで」

「俺は紅茶で」

 雨宮はメニュー表を見ながら、明らかに多いコーヒの種類と反対に少ない紅茶に驚いたが、だいたいどこの店もこんなものなので諦めた。紅茶専門店にでも行けば別なのだろうが、雨宮は好きではあったがそこまでではなかったので行ったことはない。出された紅茶の豊かな香りを楽しんだと、少しだけ口をつけて飲む。目の前では人目を惹く人物が洗練された動きで小さなカップを持ち上げて飲んでいた。それだけで、朝早くから集まっていた老若男女の視線を集める。銀の髪は日本でも、世界でも珍しすぎる。染めてるのだろうかと雨宮は一度疑問に思い、聞いてみようと思ったがどうも色が落ちたりしないところを見ると地毛なのだと勝手に納得した。どちらにせよ、容姿がやたら良いおかげで、派手すぎる色にも関わらず、よく真理愛に似合っていた。

「どうかしら?」

「美味しい」

「そう、なら良かったわ。調べたかいがあったというものよ」

 満足そうに真理愛は鼻を鳴らす。黒い瞳は溺れるように紅茶を飲む雨宮を終始、見つめていた。気恥ずかしさを感じて、雨宮はつい目を逸らす。

 真理愛は珈琲を飲んだ後、チョコレートケーキを店員に持ってこさせる。普通同時に来るんじゃないかと、雨宮は思ったが、何でも苦いものを飲んだ後の方が甘くなるからだそうだ。甘いものが特に好きではない雨宮には理解しがたい行動だ。


「映画か、久しぶりに見るな」

「何年ぶり」

「子どもの頃、小学生の頃だから5年は経っていると思うぞ」

「あら、それは生まれてきたことを後悔した方がいいわね」

「そこまでいうのか……」

 真理愛は慣れた手つきで、端末にコードを入力する。雨宮は飽きれながら、真理愛にチケットを渡される。

「さすがにここまで貢がれると情けなくなってくるな」

「あら、私の方が圧倒的に収入が多い自信があるわよ。これでも公務員だから」

「闇が深すぎる公務員だけどな、安定性もなにもない。絶対人気ないぞ」

「採用試験は命がけです」

 雨宮は備え付けれている売店で、適当にポップコーンを購入して真理愛に渡す。

「流石に情けなくなった?」

「流されているだけだ」

「雰囲気にそれとも、私に?」

「当然、雰囲気だ」

「つまんない。それにしても映画が楽しみね」

「よく知らないだが、どういう映画なんだ?」

「それは見てのお楽しみ! 知らない方が楽しめるわよ」

 雨宮は寝ることなく、映画を鑑賞した。有名なディストピア小説が原作らしく、完全監視社会に対する警告のようにも感じられた。そんな世界を雨宮は、この世界とも大して変わらないのだと感じた。誰かが創り上げた正義にしがみつかなければ生きていけない自分。鳥かごの中の自分と何が違うのだろうか。


「意外だった?」

 映画館から出ると、真理愛が黙っている雨宮に話しかける。

「もっと明るいジャンルを選ぶと思っていた」

「もちろんそれも好きよ。けどたまに静かに、沈んでいたいときもあるんのよ」

 遠くを見るように真理愛はつぶやいた。空は既に赤に染まり始めており、一日の終わりが近付いていることを知らせる。

「どうだったかしら、楽しかった?」

「……楽しかったけど、疲れた」

「おお、珍しい雨宮が感謝を言うなんて」

「俺はどんなキャラクターなんだよ」

「無口でツンデレ」

「酷い印象だ。俺だって頑張って考えてくれたら感謝ぐらい言うよ」

 雨宮は恥ずかしくなって早口にそう言う。それを見て、真理愛はニマニマと見ている。

「なら、良かった」

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