第11話
かぎ爪は柔らかい雨宮の肉の一つも傷つけることはなかった。ナターシャは、何かに気づいたのか目を見開く。
階段の曲がり角の広間には、黄金をなびかせた少女が立っていた。両手の指には、それぞれ十指暗器がつけられている。目立つ赤いドレスが彼女が、雨宮の知る人物であること伝える。
「アメリ……アさん」
「雨宮。まさか貴方ががゲームに参加していたとは、まったく気づかなかったわ」
「えっ!」
雨宮の頭の中に浮かんでいた淡い希望を、踏み砕く。
「そこの女の後に、正々堂々と殺し合いましょう。さあ、ナターシャ・オルロワ、劇を始めましょう。弱った男の子を虐める趣味があるなら待ちますけど」
「……まったく気づかなかったわ。傀儡師同士は、ある程度の距離まで近づけば気づくはず」
「ええ、そうですね」
アメリアの背後から付き従う影のように真っ白な等身大の人形が現れる。右手には、古くさい中世的な巨大な剣が握られている。空っぽの瞳孔は、主の敵を見る。
「傀儡術で監視していたのね」
「そう、そして先ほど走ってきた、簡単でしょう」
「脳筋なのね、悩みがなさそうで羨ましいわ」
ナターシャは憎々し気にそう言うと、後ろから迫っていた矢じりを糸を操って叩き落とす。背後には、巨大なナイロン製の弓を持った剣を持った方と同じサイズの人形。
「もう一体の人形も頭の悪い方法で、運んできたのでしょう」
「人形に事前に運ばせたわ。簡単でしょう。随分とお熱く語り合っていたようなので」
にやにやと煽るようにアメリアは語り。相手を見る。ナターシャは目を細める。アメリアは階段を一気に飛び越えて接近する。力強く握られた拳は、細い指で構成されているにも関わらずオーラだけで、見るものを震え上がらせる。
「傀儡師、アメリア・テューダ! 貴方の命、ここで葬り去ってあげるわ!!」
「それはどうも、ナターシャ・オルロワ。貴方の死神よ」
雷のような拳が床を砕く。ナターシャは不安定な足場にすぐさま適応し、瓦礫が落下するまでのわずかな時間に距離を取って一階に降りる。
「あら、意外ですね。見捨てるかと思いました」
「私は貴方ほど野蛮な女ではないから」
上階から二体の人形が飛び降りてくる。
「では、私もその流儀に乗りましょうか」
アメリアは、両拳を胸の前で構える。合わせて、背後の人形も矢をセットし、戦士が前に出てくる。
「奇妙な戦闘スタイルね。傀儡術を主として、自らも戦う」
「貴方は凄く単純ね。操糸術だけかしら」
「人を殺すのに、これ以上必要はないわ」
アメリアはひと際大きく息を吸い込むと、一気に懐に踏み込む。ナターシャは一瞬で腕を前に突き出し、指の先から弾丸のような速度で糸を引き伸ばす。それを踏み込んできた剣を持った人形が防ぎ、ナターシャに横から弓が放たれる。姿勢を低くして避ける。すぐさま人形が剣を持って突っ込んでくる。振り下ろされる斬撃を、轟音と共に右足で高速で蹴り上げて逸らす。隠れていたアメリアが、拳を引いて腹に叩き込む。ナターシャはそのまま、壁に吹っ飛んだ。壁にぶつかる寸前に、地面に立ち止まる。両手の間には、拳を受け止めるように蜘蛛の巣の刃が形成されていた。アメリアは右こぶしについた血を思い切り振り払うと、もう一度強く握る。
「思った以上に速いわね。私のような相手と戦った経験があるのかしら」
「初見でも対応できるわ。私は、自分が頭が良いと思ってるのよ。貴方のような人と比べるとね」
「言ってなさい!」
光線のような矢がナターシャに一直線に向かう。途中で糸に絡めとられ微妙に目標からそれる。目の前から猛然と騎士が迫り、先ほどとは違い横なぎの刃を軽い動作で振るう。ナターシャは軽やかに飛び上がり、刃の上に飛び乗る。人形はすぐさま剣を手放し、拳で安定感を失った少女を殴りつけようとする。その前に、しなやかな脚が、人形の頭部を破裂音と共にねじ切り床に転がす。一気に拳が三打叩き込まれる。ナターシャは瞬時に、手のひらで受け流しアメリアの攻撃が直撃するのを回避する。
「凄まじい対応力、化け物ね」
続けて繰り出される回し蹴りを、身を捻って回避。一瞬ののち、弓による攻撃が通り過ぎる。そのまま寝転がるように距離を取り、飛び上がり再び地面に立つ。
「やはり難しいわね。貴方を倒すのは」
「そう……諦めて国に帰ったら。当然、死体で送られることになるけど。良い葬儀屋を教えてあげる」
ガラガラと倒れる音が聞こえ、ナターシャは倒れていく人形を見る。少女は、忌々し気にアメリアを睨みつける。
「そういう算段。……随分と素晴らしい判断をするのね」
「正々堂々戦うのが、基本なのは知ってるわ。けど、勝てないなら勝てるチャンスを逃さないことはそんなに悪いことじゃないでしょう」
アメリアの細い右腕が血のように淡く染まり始める。
「我が身は、宿命によって構成される。野を駆ける獣のように獰猛に、花を愛でる少女のように穏やかに、踊る。勝利の道は既に定まった。私が歩むのは、業火の道、花一つ咲かぬ地獄。知ってなお私は進もう……聖片解放!」
言葉が終わるとともに、暴れ狂った竜のように右手が膨張し分裂。無数の触手の束が出現する。
「さあぁ、始めましょうか。今日は貴方は、もう切り札は使ったわよね」
ナターシャは無言で右手を前に突き出し、攻撃に備える。アメリアは左手で大地を掴み、姿勢を低くし脚に力を込める。地面を脚で吹き飛ばし、前に吹き飛んだ。振るった右腕の触手が散弾のように周囲を吹き飛ばしながらナターシャを襲う。糸で軌道を逸らし、身を捻り、暴力の嵐をナターシャは避ける。数秒の立たぬうちに、身体能力の差が露呈する。
右腕を触手が大きく削り取り、ナターシャは痛みで顔を歪める。壊れた右腕に憂慮しない。触手が一気に一つに纏まり巨大な拳を作り上げ、小さな体を殴りつけた。直前で糸を使って衝撃を吸収するが、腹の底から血を吐いて、冷たい地面に転がる。右肩になんとか力を入れようとするが、何も起こらない。ナターシャは、頭を打った衝撃で額から血が出ていることに気づく。
「万全の状態で戦ってあげたいところだけど、私も命を懸けているの。チャンスを逃すわけにはいかないのよ」
アメリアの靴の音が、床に強制的に固定された耳からナターシャの心に響く。音が止まり、口から出る掠れた息だけが世界が動いていることを示す。
「さようなら、愚かなナターシャ」
静かにナターシャの頭に鉄槌が振り下ろされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます