第6話
昨日のように、悪い酔い方をした時にも近いかもしれない。くだらない飲み会を抜け出して偶然飛び込んだバーでは、悪い酒がますます悪い。
「アビニョン」という名のスタンドバーだった。薄暗い店内の中にある灯りといえば、店の奥にあるオレンジ色のランプと、カウンターの上の蝋燭だけだ。飲み会での苛立ちを少しつなだめるような音量で、エディットピアフが愛の賛歌を熱唱している。
グラスと氷と安いバーボンのボトルが目の前に、どん、と音を立てて置かれたあとで、太い黒縁のメガネをかけた中老のマスターが、缶に入ったピースを1本取り出し、マッチで火をつけた後、話し始めた。
吃音が気になるが、伝えようとしていることはわかった。
「所詮男は、女にはかなわないのであります。」
だと思う。かなうなんて思っていない。
「この歌の原曲はとても激しい、そして叶わない恋を歌った歌なのです。あなたが私の方を向いてくれるのなら、全てを捨ててもいいわ。どんなことが起こったって、誰を裏切ることになっても、天地がひっくりかえっても、あなたがこちらを向いてくれるのなら、関係ないわ。女の、深い深い愛の歌なのであります。
ただ、この歌は、こんなに愛しています、愛しています。とても愛しています。なのに、どうしてあなたは振り向いてくれないの?と、そういう歌なのであります。
愛する男を手に入れるためなら、女はなんだってやります。女は子供を産めますからね。わかるでしょう。どんな方法を使っても、男を振り向かせようとします。
女を利用しようなんて思うと、ろくなことはありません。そもそも、利用することなんてできないのです。」
そうだろうと思う。
「結局のところ、男は女にはかなわないのです。私には、そこまでの経験はありませんがね。」
そうだろうと思う。氷が溶けて水割りよりも薄くなった安物のバーボンを一気に飲み干した。
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