第6話 女神様、それはやりすぎです。

 目が眩む程の強い光を感じたのは私だけでは無かったようで、教会内は騒然とする。


「ああ! 神の光だ!」


 私達を案内してくれていた神官様の声がした。

 眩しさに閉じていてもまだ強い光が教会内に広がってるのが分かった。


(女神様、もしかして、たくさんの人がいる中で登場する予定なのだろうか。この世界は神様と人間が会えたりすることもあるのが普通?)


 女神様が日頃の信仰を喜び姿を現すのは構わないけれど、これだけの人がいる場で特別な存在かのように私に話しかけたりするのは是非とも止めて欲しい。


『この世界の民の前に姿を現す事はあるわよ? 前に民の前に現れたのは、えぇっと…百年くらい? 前かしらね。いや二百年前だったかしら…? 少し前の筈だからそれくらいだったと思うわ。多分…』


 頭の中に声が響くという不思議な感覚を覚えた。

 女神様は自信無さ気に話しかけてくる。


(私の心の声が聴くことがこちらの世界でも出来るのですね?)


『当然よ! 他の人間の声も聞こうと思えば聞こえるけれど、貴女は私の特別な愛しい子、聞こうとしなくても聞こえてくるわ。』


(聴こえないように出来るのなら、私の思考は聴かないようして欲しいところですけど…不便ですし。)


『それは出来ない相談ね。』


(ああ、この世界の他の人間とは違って、私は転生させて貰った女神様の愛しい子という存在だから、女神様のお力では聴いたり聴かないようにはできなかったりするのですか?)


『この世界の生きとし生けるもの全てに関与出来るわよ。勿論、転生した貴女にも。貴女の声を聴けないようにするのは、私が、したくないから出来ない相談なのよ。』


(……はい。)

 色々言いたい事はあるがあえて無を心がける。

 神様相手にプライバシーという言葉は理解できないだろう。


『どうしようかしら、ド派手に登場して、私の愛し子である貴女の前に光の花をキラキラと撒きながら女神らしく降り立とうと思ってたのだけど。

 教会内の者にも、参拝に来てくれた民達にも、しっかりと貴女が愛し子だと知らしめるのに一度で済ませる事が出来るわ。

 ――でも、嫌なのよね? 貴女から猛烈な拒否感を凄く感じるわ。』


 その説明を訊いてしまった今、間違いなく嫌である。


(こうやって頭の中だけで会話するとか駄目ですか? 両親と一緒ですし、その様な派手な目立ち方をしたくありません。)


『それじゃ味気ないじゃないの。』


 酷くつまらなさそうな声が頭の中に響く。


(……味気なくてもお願いします。)


『……んもぅ、仕方ないわね。じゃあ、第二案にしておくわ。』


(嫌な予感しかしなくなって来ているので、教えて下さい。)


『ふふっ、大丈夫。貴女の嫌がる事はしないわよ。』


 先程の第一案が凄すぎて、正直不安しかない。


(………信じますからね?)


『信じて頂戴! さぁ、行くわよ!』


(えっ、何処へ!?)





 頬にフワッとした柔らかい風を感じた。

 先程は感じる事の無かった強い花の香りが鼻先を擽る。


 眩しい光も消えた…?


 閉じた瞼をそっと開くと、そこは何処までも広がる大量の花が咲く草原。


「ええっ!? ここは何処!?」

 左右をぐるりと見回しても、花、花、花。水平線の彼方まで花が続いている。


「ここは天界にある私の特別な場所って所かしら。ここでのうたた寝は極上の睡眠よ。少し眠っていく?」


「女神様!」


「はーい、女神よ。」


「……眠ってはいきませんし、お父様とお母様の所へ帰して下さい。きっと凄く心配させてしまいます。」


 女神様はフッと笑うと「大丈夫よ」と呟き、手を翳す。

 手の上にバレーボール大くらいの水球を作り出し、その中を私に覗くように言った。


 これが魔法? 目の前にある水球に少しわくわくしたが、言われた通りに水球を覗き込んだ。

 水球の中には教会内部の映像が映し出されていた。


「これは先程の教会ですよね? 凄い…まるで監視カメラ映像みたい!」


「そうね、そんな感じね? 貴女の前の世界の便利な道具と似た性能が、こちらでは魔法としてあったりするのよ。まぁそれは追々学んでいくでしょうから、今はいいわ。こうやって視点も変えられるのよ?」


 あちらこちらにカメラが設置されているかのように、様々な角度から視点を変えた教会内部の映像を見させられる。


「あ! お父様とお母様! …あれ? 全く動いていない?」


「そうなの! あの瞬間の時を止めて、貴女をこちらに連れてきたのよ。だから、貴女がどれだけ私とこの世界で過ごしても、あちらに戻った時には全く時間経過がしていない事になってるから、安心して過ごして頂戴。」


「時を止めた…? 凄いお力ですね。」


(この世界の神様だから時の干渉も出来るのかな? それともそんな凄い魔法があるの?)


「相変わらず抜けてる所が可愛いわ。干渉出来るのは私がこの世界を作った神だからよ。それと、時を操る魔法はあるけれど、その中に時を止める魔法は無いわ。」


「そうですよね。時を止める魔法を使う人が悪い人だったら大変な事になりますからね。でも時を操る魔法はあるんですね?」


「操る魔法はあるわ。それも追々教えていくわね。それよりも、今日は私に何か伝えたい事があって、教会に来てくれたのでしょう?」


「! そうでした! とても素晴らしい両親を私に与えて下さって有り難うございました! 再教育? されると仰ってたので、いろいろ脳を弄ったりとかする何てどんな人間になるのか怖かったのですが、そんなことはなく普通の優しい人達でした。」


「脳は弄ったわよ。精神と思考を愛情深い人間にしたわ。ただ誰にでも優しいと貴族としては利用されるだけ利用されて、貴女の生活が脅かされるといけないから、父親には施政者としての非情さも持たせ知略に長けた優秀な知能と魔法と剣で素晴らしい才能持たせて…後はそこら辺のバランスが…」


「いえ、そこら辺は長くなりそうなので説明不要です、女神様」


 まるで人工人間でも作るような淡々とした説明に、愛し子は若干スンとなりつつまだまだ話を続ける女神様の発言を問答無用とぶった切った。


「そこら辺って言うけれど、弄る前が本当に酷過ぎてかなり細かく弄ったから苦労したのよ?」


 少し拗ねたように口を尖らせる女神。


(そんなに弄らないと酷かったなんて、今のお父様とお母様を見ているだけに全く想像出来ないけれど…でも、女神様が頑張って色々してくれたから、私はあんなに大切に愛される存在になれたんだ。…若干もやっとするけれど)


「作られた人格だから本物ではないって? 私は神よぉ? 人間は神が作り給うた命。創生の最初なら兎も角、もう一人一人に手をかけ作り出す事はないけれど、創生の時のように手間をかけて名前と姿は一緒でも、全くの別人の人間を作っただけ。

 人工物といったら創生の人間は全て私が手をかけ作ったんだから、貴女がイメージするような人造人間とは違うわ。」


「神様でしたね。そうでした。そう考えると違和感がなくなります。…ありがとうございます。」


「うふふっ、全くもう。色々気にし過ぎなのよ貴女は。」


「よく言われます。」


(前の世界でもよく言われていた。今の世界でもそんな性根が受け継がれたのかお父様達に甘えなさいと言われたばかりだしな…)


「思慮深い事は美点よ。ただ考え込み過ぎてマイナスに突入しがちなのが残念なだけよ。あ、そうそう。聖獣二体だけれど、貴女達が教会から出て、家族で昼食を取った後の屋敷への帰り道で聖獣二体と遭遇させる事になってるからそのつもりでね?」


「えっ…?」

(遭遇させるつもりって…どうやって?)


「それはあとのお楽しみ!」

 女神は美しく微笑んだ。

 

 その美しい微笑みには、嫌なサプライズの予感しかしないのですが。


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