第3話 七歳で記憶が戻りました。

「おやすみなさいませ、お嬢様」


 メイドにそう声をかけられて「おやすみなさい」と返した。



 今日は、私の七回目の誕生日。

 十五歳で成人するこの世界では、ハーフバースデーと呼ばれ盛大に祝われる。

 公爵位である我が家が催すハーフバースデーには、懇意にしている上位貴族は勿論の事、縁の薄い上位貴族までもが軒並み招待され、おまけに王族もやってきた。


 貴族の最高位の公爵家だが王族まで呼べるのは、父が王弟で隣国の王女だった母を大恋愛の末に娶った事も大きいのかもしれない。

 勿論、盛大に開かれた会場に、招待された貴族達の子供達―――

 そう、連れて来られた子息令嬢らも一緒に祝いの席に居た為、かなりの人数に祝われ賑やか過ぎる誕生日となったのだ。


 七歳のこの日まで、私は同年代の子息令嬢の子供と会った事がなかった。

 なので、このハーフバースデーが初めての顔合わせである。

 ほぼ上位貴族だらけで占められた子供達は、きっと未来の国を担う職務に付くであろう顔ぶれになるのであろう。


 顔繋ぎ(互いに自己紹介をし合って談笑をすることで、二度目に会う時のきっかけを作る。)というものを、私の出来る範囲でやってごらんと両親に勧められてはみたものの…

 ハーフバースデーでの記憶を思い返しても、ただ微笑みを浮かべるだけでいっぱいいっぱいで、普段学んだ事など全て吹っ飛んで過ごしていた。

 貴族令嬢としてあるまじき所作や行動だけはすまいと必死な人間が、顔繋ぎなど出来る余裕などある筈もない。


 緊張しすぎて何を話したのも顔もぼんやりとして思い出せないし、大好きなケーキの味も覚えていないくらいだった。


 同年代であろう他の子息令嬢達は私よりも随分場馴れしていた気がする。

 やっぱり“習うより慣れろ”という話だ。

 人や本から習う事も大切だけれど、結局はその場を幾度も経験する事でその空気感に馴れるしかないのだろう。


 母様には「今日招待した人達の家から、お茶会のお誘いがあるかもしれないわね。やっとお披露目も出来た事もあるのだから、いくつかは招待を受けましょうね。」と言わている事もあるし、積極的に経験を積みたいと思う。



 優しく愛情深い両親に先程おやすみなさいのキスを両頬に受けてメイドと共に寝室へと移動した。


 公爵家の令嬢として恥じない振る舞いを学んできた。

 講師は十人も付いているし、毎日たくさん学ぶ事があった。

 この年齢にしては、かなりの勉強量だと思う。

 けれど、学ぶ事を一切苦痛に感じる事はなかった。

 学べば学ぶ程知識を欲し、ダンスのレッスンもマナーレッスンも遣り甲斐すら感じている。

 子供らしくない子供。

 それが、私だった。

 そんな子供らしくない子供だというのに、両親は溺愛してくれる。

 もっと甘えていいんだと抱きしめてくれる。

 勉学やレッスンを頑張る私を強引に休憩を取らせて、一緒にお茶を飲んでくれるのだ。極たまに設ける休息日は、家族で小旅行的にお出かけを計画し、日常を忘れるような自然の中へと連れていってくれた。

 最近連れていって貰ったのは、透き通るように綺麗な湖畔。

 湖の周囲をぐるりと囲むようにたくさんの花々が咲き誇る様は、幻想的で…

 胸がいっぱいになったのを覚えている。


 勿体ないなくらい素晴らしい親である。

 彼等の私へと向けられる愛情を一欠けらとて疑った事はない。

 愛される喜びは愛する喜びに、私は両親もこれから生まれてくるであろう弟や妹も、

 深く愛している。



 ―――と、いう人生だった七年間。

 まさか、今、記憶が戻るとは思わなかったなーとぼんやりと考えた。


 何が言いたいのかと言うと、先程の自分と今の自分は違うということである。


 先程までの私も私だけど、その私の中で眠っていた私が今目覚めて全てを乗っ取ったっていう…?

 いや違うか。記憶を閉じ込められていたのが解放されて元の性格になった。という事になるのかな。

 混乱してきたな。乗っ取った訳ではないけれど、頭の中を整理立てて理解しようとする度に、妙な気分になる。

 とりあえず、このことは置いておこう。


 …この世界にする前に私は女神様と会話をしていた。

 私は女神様のお気に入りの魂で“悪役令嬢”の器に転生させて貰ったのだ。

 この器の人生は決して幸せな道を歩める事は無かった為、

 愛情を与えない両親の魂を再教育するとか…言ってたような?


 両親は教育済みなのか…

 作られた愛情なのか…と、ちょっと落ち込む。


 いや、再教育だからいい方向に修正されたのであって、作られた訳ではない事に気付き思い直す。

 あ、でもこうなるように誘導されたから――――

 ここまで考えて不毛だと考えるのを止めた。

 幸せなんだからいいじゃないか、と。



「でも、モフモフは…? 私のモフモフは一体どこへ…」

 女神様が護衛に付けると話していた、二体の聖獣様。

 ステキなモフモフした毛並を持つ、子狼と子虎の二匹。


 七年間の記憶を探るけれど、そんな存在はいなかった。


「女神様ったら…もしかして忘れてるのかしら。」

 しっかりとした教育が施された私は、口調も高貴な令嬢風になってしまった。

 少なくとも「~かしら」なんて絶対使ってこなかった。


 また不毛な思考に陥りそうになったようだ。

 ふるふると首を振ってリセットする。


「教会に行けば女神様にお会い出来るよね?」

 誰に訊かれる訳でもない独り言を呟くと、よしっと決心した。


「明日、教会に行こう!」と。

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