第2話 愛らしい聖獣様。


 眼に刺すような眩しさの強い光が時間経過と共に和らいだ後には、ちょこんとお座りする可愛らしい生き物が二体。


「うわわわぁ…っ!」

 か、可愛いっ…!!


 どちらも白い毛並を持つ小さな猫ちゃんとワンちゃん。

 子猫や子犬特有の、つぶらな瞳で私を見つめている。

 きゅるんと効果音が聞こえそうな程に愛らしい顔立ちは、思わず高速で頬ずりしたい程に私の中にある母性に似た何かを擽る。


 目覚めた時から怠く重い体は傍に行きたくてたまらなくとも、私の意思でも動かすことが出来ない。

 そのせいで傍に駆け寄って撫で繰り回せないけれど、視線だけはしっかりと二匹に釘づけである。

 一瞬も逸らされない私からの視線に、二匹は至極満足気だ。

 聖獣とはこうも愛らしい猫ちゃんとワンちゃんだったとは、これから愛らしい生き物との暮らしを想像するだけで、大喜びで転生します! と言えそうだ。


「猫ちゃんとワンちゃん……」

 女神様がぽつりと呟いた。


「とっても可愛らしい子たちですね! どちらか選ばないといけないなんて…

 凄く難しいなぁ。どちらもとってもとっても可愛いですもん!」


 冷静な愛し子は何処へ? と女神も誰? とばかりにポカンとする。

 そんな女神の様子など知らない愛し子は、火傷しそうな程の熱意で女神に語った。

 体が動かせたならば、前のめりになって女神にせまり、熱弁をふるっていただろう。


 その熱意に思わず女神も「そ、そうね?」と同意してしまう。

 愛し子が嬉しそうで何よりではあるのだけれど。



 猫ちゃんのお耳、先がちょっと丸っこいのね?

 ワンちゃんは毛足が長めみたい。

 でも、どちらからも高貴な血筋のような威厳を感じるわ。

 流石聖獣。

 まだ幼い子犬だろうと子猫だろうと、澄んで鏡面のように透き通った水のような清廉さと、冬に降る新雪のような穢れのない純白。

 絶対不可侵のような崇高な存在感が、ただ座っている姿からも滲みでているのだ。

 女神様のような親近感のある親しみを感じない為、手なずけるのに骨が折れそうな雰囲気すらある。



「コホン、あのね? この子達は…猫と犬ではないわ。

 聖獣は基本的にその種族の頂点に君臨する生物しか成れないの。

 ネコ科種族の頂点は猫ではないでしょう?

 それと、子犬のような愛らしさを感じてるのでしょうけれど、

 この子は狼なの。

 ちなみに、私が親近感を出すのは貴女にだけだから。

 忘れてそうだから言うけれど、私は神界でも結構力のある神なのよ?」



「えっ、狼ですか!?」

 女神様の最後の言葉を華麗にスルーすると、ワンちゃんをジィっと観察する。

 白い子犬にしか見えないけれど、言われてみれば狼の子供に見えなくも…ない?


 マジマジと見る私に、白い子狼はキュルンとした瞳で見つめ返してくる。


(狼って物騒だから成長したらちょっと怖いな? って思ったけど、無問題!

 可愛いは正義! この子にしようかな?)


 その気持ちが伝わったのか、隣にいた白い子猫がズイッと子狼の前に立ち見えないようにする。


「あらあら焼きもちかしら。子猫と思ってた子はね。白虎よ。」

 女神様が「んふふっ」と含みのある笑い声をあげながら説明してくれた。


「白虎……?」


 こんなに愛らしい顔立ちで虎なの!?

 狼も大概だけど虎…しかも神話に出てくる白虎様なんて恐れ多くて飼うのは…


 私の雰囲気から何かを察しているのか、白虎の子供は耳をへにょんと垂れさせると、

「うにゃぁ…」と寂しげに鳴いた。


 胸をトスンと♡の矢で射抜かれたような、衝撃的なキュンを感じた。

(よし、決定。もう決定。うにゃぁですって! 何て可愛いの! 虎だろうが山猫だろうが関係ない! この可愛くて健気な生き物、白虎様が私の相棒よ!)


 そう女神に口にしようとしたとき、ガルルッ!キシャーッ!と二匹が喧嘩を始めてしまった。


 白虎様にしようと思った筈が、外されると分かった途端に怒って喧嘩ふっかける子狼くんがいじらしく感じて、捨て難くなってしまう。

 可愛い生き物が私と一緒に居たくて喧嘩する図に、オロオロするが嬉しくもあり…


 そんな私の心の声は、やっぱり女神様に筒抜けだった。


「はぁ……二体受け入れる環境を整えるしかないようね。

 面倒なのよねぇ、転生先は身分が高い公爵家なのだけれど一部が聖域化してしまうでしょうから、それを他に知られぬように結界を張らなければならないし。

 一体でも大変なのに二倍の二体…

 あなた達も愛し子の傍に居たいなら、手伝いなさいよ?」


 女神様が大きなため息を吐きつつ、聖獣二匹に命令する。


 二体とも選ばれると確信した二匹は、喧嘩を止め、現れた直前のようにお行儀よくチョコンと座った。


 始めからそうされるように仕組んでいたかのような素直な動きに、女神が頭痛を堪えるようにこめかみに指を当てる。


「そう。そんなに一緒に居たかったのかしら? ならお望み通り傍にいさせてあげる代わりに、たーっぷりと働いて貰いますから…ね?」


 ギラギラとした目線で子狼と子虎を交互に睨みつける女神様。


 毛に覆われている為に肌の色は分からないが、私には二匹が青褪めたような幻影が見えた。

 激しく上下に頭をコクコクと揺さぶって同意を示す二匹。


「さて、聖域の件はこの二匹が中心となってキリキリ準備してくれるから問題ないとして――――

 後は貴女が休んでる間に、能力付与とレアスキル・ユニークスキル関連や、私の加護と全ての動物に愛される加護をつけておくわね。」


「ほ、ほどほどでお願いしますね?」

 とんでもない能力を使いこなせる気がしない。単純なのが好きだ。



「単純で分かり易いのをつけるから大丈夫よ。能力だって死なない為に付与するだけだし。それに―――教会に来てくれたら、私と繋がる事が出来るから、増やす事も減らす事…も可能よ!」


 減らす辺りの溜めが少々気になるが、まぁいいかと頷いた。


「有り難うございます。教会に行けば会えるなら頻繁に教会に行きますね。

 折角女神様に与えて貰った転生先ですし、その世界でどう過ごしているとか報告したいと思います。」


「まぁ!嬉しい事を言ってくれるのね! 楽しみにしてるわ!ずっとずっと待ってるわね!」

「いえ、ずっと待たれるのは困ります。ちゃんと神様としてのお仕事してください。」

 愛し子に冷静に切り返された。


「…んもう、可愛いわね。」

 そんな態度も素直じゃなくて可愛く感じる女神。


(わざわざ会いに来なくても逐一覗けるし眷属から報告が上がると思うのだけど、会いに来てくれるって言うんだから黙っておきましょう。)


 女神はニヤリと腹黒い笑顔を浮かべたのだった。

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