悪役令嬢の中身が私になってしまった。
いぶき
第1話 女神さまは怖い。
口の中が甘ったるい味に占拠された。
いつものお茶ではない、と一口だけ口にした瞬間気付いたのに。
とろりとろり、としたお茶では有り得ない舌触りの違和感にアレ? っと思った時には時すでに遅し――――
浅くなる呼吸、喉が異常に腫れたのか、気道が詰まって空気が肺に入っていかない。
酸素が欲しくて口をはくはくし渇望するけれど、一向に酸素が入ってこない。
そして、私の意識は暗転した。
◇◆◇◆◇◆◇
目覚めたら、記憶にない真っ白な天井。
ここは何処? 病院に運び込まれたんだっけ…
朦朧とする意識の中、視覚から得る情報だけで一生懸命考える。
全身白装束の姿の外国の美しい女性が側に近づいてきた。
眉も目も鼻も、唇すら完全に美しい形。
完全対照の完璧な顔立ちの女性は「中々目覚めなくて心配したのよ。」と仰った。
微笑みも麗しくて思わず見惚れてしまう。
(病院・・・? 目の前の人は医者なのか、看護師なのかちょっと分からないな。)
もっと慌ててもいい状況だというのに、頭の中はクリアで妙に冷静になっていた。
そんな私の心の中の独り言に返事をするように「残念。私は医者ではないわ。」と女性は告げた。
白衣というには、ちょっと服の型は斬新。
神話の世界の神の役として劇に出すならこのような衣装かなといった風。
(そう考えると絶対医者なんかではなかったな。ちょっと安直過ぎた)
一応は白い色の服着てるし、目覚めた瞬間から体は酷く怠い。
白い壁に囲まれた室内にでベッドに寝かされている様子―――
得られた情報から“医者と患者”という関係性じゃないかな? と考えただけで、
別に医者じゃなくても構わなかった。
「冷静な子なのね。魂の力も申し分ないし。申し分ないなんてものじゃないわね、それはこの宝石よりも美しく輝いている魂に失礼だわね!
容れる器が見合ってないのが――――」
すぐ横でぶつぶつと譫言のように勝手に話すものだから、全部筒抜けである。
わざと訊かせているのだろうか? と勘繰りたくなる程だ。
「ねぇ、貴方。ヒロインになりたくないかしら?」
「ヒロイン…?」
急に何を言いだすのだろうか、この人。
ヒロインとは、物語の女性主役ってとこだろう、多分。
「そうそう。主役…っていうのかしらね? まぁ大した努力もしないのに男達にチヤホヤされ周りにもチヤホヤされ、思うがままに振る舞っても赦される、役得の存在なんだけど…興味ある?」
「……いや大して興味は引かれませんが。」
(思うがままに振る舞って赦されるっていうのは楽で生き易そうとは思うけれど、チヤホヤは勘弁して欲しい。)
「ふぅん…貴方の魂の転生先がそのヒロインなんだけれど、喜ばれない器に容れてもますます魂が勿体ないし。」
先程から意味不明な発言の多い女性は、両腕を交差して胸の前で組み、首を傾げながら空中を睨みつける。
「…ちょっと訊いてもいいかしら?」
「はい。」
何かを推し量るようにじぃっと女性に見つめられる。
「あの…?」
あまりに見つめられ過ぎて、耐えきれずに声をかける。
「悪役令嬢の器と、ごく平凡な令嬢の器、それが嫌ならば一国の王子の器。その時は魂は女性だけど体が男性になってしまうから、女性でありながら女性を愛せるようにちょっと魂を細工するけど、まぁそれは些末な事だからいいとして。
この三つの器だったら、あなたは――――どれがいい?」
男として生きるというのにチラッと興味を持ったけど、魂を細工されると訊いて諦めた。
何だか怖いし。
「平凡な令嬢ですかね?」
「却下。あなたには悪役令嬢の器に入って貰うわ。魂自体が規格外だというのに平凡な器に容れたら下手したら生まれた瞬間死んでしまうかもしれないし。
いえ母体の中で死ぬ可能性だったあるし、強すぎる魔力で母体も亡くなってしまうわ、ええ、きっとそう。」
早口で捲し立てる女性に、ポカンとする。
(だったら聞くなよ…と思うのは失礼ではない気がする。)
少しムッとしてしまいながら「選択権はないではないですか。」と言ってしまった。
「あら、そうね。でもね、ヒロインでギリギリ耐えきれるかどうかだったの。素晴らしい転生先を用意してあげたかったし、あの世界を引っ掻き回して欲しかったから、少々の器の物足りなさも仕方ないと思っていたのに、あなた嫌がるんですもの。」
(転生先…?)
女性の発言に先程から器とか魂とか魔力とか転生とか登場している。
「あの、私は異世界転生というものに巻き込まれそうになってるのですか?」
だから、ストレートに疑問をぶつけた。
「ええ、そうね。異世界転生でヒロインって感じだったけど、悪役令嬢の方に転生して貰うわ。ちなみに私はその世界を守護する女神フェルティナよ。
豊穣と愛の女神と呼ばれて人々から愛される女神様なのよ。その世界の民はひとつの宗教しか信仰しておらず、その信仰対象が私ってわけよ。」
フンス!と鼻息荒く言い切った自称女神様は、大変嬉しそうだ。
「自称女神じゃないのよ。事実として女神なの。まぁ守護しているのはあの世界だけではないのだけれど、結構な数の世界を守護してるそこそこ力の強い女神なのよ?」
私の“自称”が気に障り、少し苛立ったのか半目になりつつ説教されてしまった。
美人が怒ると顔が怖いので、黙って訊いておこう。
「悪役令嬢に転生させるのはいいのだけど、境遇が不憫過ぎる設定なのよね。
歪んだ性格になってしまうのは致し方ない! みたいな。
そんな経験や生活を愛し子である貴女にさせたくないわ。」
「悪役令嬢といえば、断罪されて国外追放だったり処刑されたり、碌な目に合わない事がお約束ですしね。」
そういえばそんなゲームや小説・漫画をプレイしたり読んだりしたなー、なんて暢気に考えていると、
突然女神様が「そんなの許せないっ!」と大声を出したので、ベッドに横たわる怠い体でもビクッと跳ねてしまう。
「良い家庭環境が情操教育には必要なのよ。子は親の鏡。愛情を持たない親の子は親のように愛情を持たない子になる。愛されないで真っ直ぐ育つなんて童話の中だけよ! となれば…環境を調整する為にあの腐った人間の魂を浄化して再教育しておかないと安心して転生させられないわ。」
再教育という名の魂をいじる行為ではないのだろうか…
少し薄ら寒いものを感じながら女神を見つめた。
「そんなに心配しないで、可愛い貴女には何もしないわよ。転生先は決めた事だし後は私がいいようにカスタマイズしておくから。
貴女は転生するまで、魂をじっくり休息させておけばいいの。」
「…はい。」
(女神様に転生させられる世界で、私は一体何をさせられるのだろう…。あ、心で考えても筒抜けなんだった!)
先程から読まれまくっているというのに、懲りずに幾度も同じ失敗をしている。
「そういう所がとても愛おしいのよね。純粋で甘くて(ちょろくて)何ひとつ望まないようでいて、自分が本当に望むものは手にするような、そんな子。真っ白なのに何に染まる事のない魂を持つ不思議な子。」
焦がれるような眼差しで見つめられ、カッと頬が熱くなるのに背筋に悪寒が走るのは何故だろうか。
「貴女の役割はただ好きに生きるだけよ。望まないようでいて本当に望むものを手にするの。気まぐれに人を助けるけど、誰もに手を差し伸べる慈愛は必要ない。
聖女なんて女神の代行者と言われているけど、私の体のいい小間使いみたいなものなのよ。大神官もね? まぁ…今回貴女を送る時代には真っ当な聖女と大神官を配置しておくから安心して頂戴。」
(何やら色々不穏な発言ばかりされるのだけれど…私その転生先で好きにのんびりと気の向くままに平穏に過ごせばいいだけって事だよね?)
「そうよ、貴女が好きなように生きていいの。それだけで勝手に周りが掻き回されるように出来ているの。世界に刺激を与えて頂戴ね?」
(またまたやってしまった、脳内丸裸だった!)
脳内で考える事を止められない。
でも全てを把握されるという、それは羞恥のような、それとも恥辱のような、むず痒いのにどうにもならないこの状況。
「貴女をここに呼ぶちょっと前にね、傲慢で自己中心的で力だけは欲する愚かな魂が来たの。全て筒抜けだって伝えなかったから、それはもう色々と汚い考えを垂れ流してくれたわ。魂の輝きもなく濁りきってたから、廃棄処分にして輪廻転生の輪にすら戻さない予定で待機させてるんだけど――――」
思案するように顎に人差し指をあてるとンーと考えるようなポーズをとる。
「自分がヒロインだと思って転生して、ヒロインとして一切扱われなかったらどうなるかしら? 醜く立ち回るかしら。杜撰な策を弄して相手を陥れたりするでしょうね。どんどん破滅へと進む段階で己を省みるかしら? それとも突き進むかしら。
――――見てみたくない?」
女神は魔王のような壮絶に悪いオーラを湛えた笑みを浮かべた。
「いえ…そのような趣味は持っていないので。」
(巻き込まれる前提で話してそうだから遠慮しておこう。)
「私が愛しい子をそんな危険な目に合わせる訳ないでしょお? 傍観者で居られるようにするわよ。
ただの令嬢では避けれない事も避けれるように“チート”的なものも与えるつもりだし。私の加護持ちだもの、命の危険はまずないわ。
安心して楽しい人生を送って頂戴。」
「チート…」
「ええ、大体貴女が想像するような性能と、ユニークスキルと私の加護。がっちりと付けるわ。ああ、護衛役に聖獣一体もつけるわね。」
(ファンタジー要素が凄い勢いで増した! 聖獣…モフモフ…小さくて可愛いのだといいな。)
ペットを飼いたいとずっと思ってたのに、親がペットの毛アレルギー持ちだったこともありずっと飼えずにいた。
成人して就職して一人暮らししたらペット可物件に住んで飼うつもりだったのに、
ここにいたという事は死んだという事なのだろう。
飼えないまま天寿を全うしてしまったらしい。
そして、今、ペットを得る事が出来そうな予感に、ずっと平坦だった気持ちが高揚するのを感じる。
聖獣をペットというのも大変失礼な話ではあるが、動物と触れ合える事に変わりはない。ペットというより相棒といった方がいいかな?
喜びに震え始めた魂を女神は目を丸くして見つめる。
そうか、この子は動物が好きなのね。
では、スキルに全ての動物に愛される加護もつけておきましょうね。
女神は愛し子の喜びの心の声を訊きながら、付け加える。
準備をさせる為に、念話を聖獣たちに送る。
『私の愛し子の護衛役、モフモフした毛並を持ち小型化する事も出来て、そうね…崇拝するようなタイプより家族のように触れ合いの多い親密な愛情を持って接する事が出来る子がいいわ。』
揉める様な雑音が少々入る。
(私も夢中になるあの子の魂は、当然の事だけれど聖獣にも大変魅力的だものね。争奪戦が起きるのは止む無しね。)
三体に絞られたらしいが、流石に三体連れていくのは環境を整えるにも骨が折れる。
一体にするようにと伝えて放置する。
三体から二体へと絞られたが、一体に絞るには力が拮抗しすぎている為に中々決まらないようだ。
『もういいわ。二体のうち一体を愛しい子に直接選ばせる事にするわ』
まだ時間を掛けた所で決まらない予感しかしない。
どちらも譲らず、どちらも必死なようだ。
空中を見つめ、何も語る事なく無言で顔を顰めたり溜息をついたりする女神を心配気に見守っていた愛しい子へと視線を移すと、女神は極上の微笑みを浮かべ提案した。
「今から、貴女の転生先へと連れていく聖獣を選んで貰うわ。
二体のうちどちらかを選んでくれる? 今から呼ぶわね。」
(――――えっ?)
戸惑っているうちに目が開けていられない程の光に包まれた。
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