第3話 一人
「これはひどいな……」
「霧って!こんなにひどく見えなくなるもんなの?!」
「俺も知らねえよ!地下に霧ができることはないから!」
「いいから二人ともバラバラにならないように距離を絞っておけ!」
雨音のせいですぐ横にいるのにも声を高めないといけなかった。霧がどんどんこくなってすぐ前にいる木すら見えなかった。
これは相当ヤバい。こうなったら経験の少ない俺たちとしては視覚的にも聴覚的にも巨獣を探す方法がない。
いきなり目の前に現れて奇襲でもされたら俺ですら反応が遅れるかもしれない。
「ウッ?!」
いきなり横から木が倒れる音が聞こえた。みんなそっちに向かって神経を研ぎ澄ましたが後ろからでも横からでも、何かが付いてくる気配は感じられなかった。
怒りを込めて口中からチッ!と舌打ちするとフレアが叫んだ。
「ねえ!あとどれくらい走ればいいの?」
「だいたい3時間ほど走ったからあと4時間あればつくさ!」
「それまでこの子たち走れるかな?今ももう疲れてるのに……」
「今馬なんか気にする場合か!?このままだといつ巨獣たちに襲われるかもわからないんだぞ!」
「なんだよその言い方!この子たちが疲れて走れなくなったら困るのは俺たちも同じなんだろう!」
「二人ともやめろ!こんな時に!」
確かに速度を落としたとはいえ、このままだと馬が疲れてしまう。本来の計画ならこの辺で一度休むつもりだったんだけど、見えないからどこに席をとればいいかわからなかった。羅針盤までいなかったら進む方向すらわからなかったはずだ。
少し考えた後言った。
「…… まずはこの辺で休もう。30分だけ休んですぐ出発するからどっかにいかずにお互いが見える位置にいろ。」
どうせどれだけ走っても見えない状況なんだからどこで休んでも同じだ。最速で整備を終わらせた後出発したほうがずっと安定的に行けるはずだ。
「ジン兄貴…… じゃあトイレはどうすればいいんだ?」
「適当に出して乾かしておけ。どうせ見えはしねえよ。」
「マジ!?」
「空のスプリンクラーにならなくてよかったなフレア。」
速度を落とすと二人も特に異議を出さずにゆっくりと馬たちの速度を落とした。
結構大きな樹木があったので一応その横に席をとることにした。
雨がこんなに降り注いでいるのにも虫が多かった。相当不快だけど今は霧の中の陰に変化があるかだけを警戒しながらすべての神経を集中させた。
――つぎの瞬間だった。
「!?!?!ボロ!兄貴!よけろ!」
フレアの叫びと同時に頭の上から落ちてくる黒い影を刹那の間確認した。
D3を使って急いでその場から離脱すると樹木を押しつぶす衝撃が地面を強打した。
「フレア!ボロ!無事か!!」
「あ、ああ!俺は無事だ!」
「なんだよこれ!今度は何が出てきたんだよ!」
少し離れただけなのにも二人の姿があっという間に見えなくなった。雨音に声が埋まって方向はわからないけど、二人とも無事なのは確かのようだった。
「くっ……!」と首を上げると姿は見えないけど、明確なシルエットがいきなり攻撃したものが何なのかを教えてくれていた。
「マジかよ…… ありえねえだろ……」
ほかのは聞こえないのに俺の心を代弁してるようなボロのそのつぶやきははっきりと聞こえてきた。
手から特徴が強すぎる。茶色の毛に覆われた太い前足、あまりにも巨大すぎて爪一つ一つが人間の腕より太くて長い。
それは…… 人の何倍も大きいクマたちの中でも、もっとも大きいと呼ばれるヒグマの巨獣だった。
霧の中で、目を光らせながら俺たちを見下ろす。
吹き付ける風に顔が少し現れると、感情を読めない表情が野生の動物ってことを証明してくれていた。
鼻息を吐いて口を広げながらも目だけは揺れもせず俺たちに固定されているままだ。
「うわああああああ!!!!」
フレアの悲鳴だった。続けて、目の前のヒグマは動きもしないのにほかの鈍い衝撃が地面をたたいた。
一匹じゃないのか?!
「クソ……!」
考える時間はなかった。とにかく音が聞こえてきた方向に体を飛ばした。
するとまだ成年になってない幼いクマと目が合って手から放つミサイルを使い頭を吹き飛ばした。
すぐフレアを探そうとしたが、あのバカの姿はどこにも見えなかった。
「フレア!返事しろ!!」
戻ってこない返事に不安が加速される。雨音よりもでかい心臓の音がまるでノイズのように耳元を回った。
焦りが倍となって口の中のつばが枯れていく。
[グオオオオオ!!]
クマが泣きわめく音が聞こえた。そしてその方向から何かとんでもないスピードで飛んできて木にぶつかった。反応が遅れたら衝突してた。
「くそクマどもが……!何投げてんだ……!」
反射的に投げたものを確認した。
そして、
加速されていた不安が最後まで届いた。電源が切れたみたいに頭の中が真っ白になる。雪に覆われる。霧に包まれる。ペンキが塗られる。
壊れたおもちゃのように伸びているそれは、俺と一緒に唯一マリアを覚えている男であり、10年を共にしてきた友達だった。
彼の胸には骨が丸見えるほど大きな傷が残っていた。
あ~と口を開けてるまま……
まるで糸が千切れた人形みたいにピクリともしない。
[グオオオ]
また後ろを振り向いた。
さっきやっつけたやつと同じ大きさのクマがまだ二匹も残っていた。
その中の一匹が口に何かを喰わいている。ちゃんと見る必要もなしにそいつもボロと同じで俺がよく知っている少女だった。
ただし、体の半分以上が食われて原形を保っていない姿になっていた。
相当苦しかったのか、つぶられていない目からは涙なのか雨なのかわからないものが流れていた。
呼吸が速くなる。息が詰まる。昨日の約束が、頭の中を通り過ぎる。
[グオウオ?!?!]
ナイフでクマの口を引き裂いた。
落ちるフレアを受け取って地上に置き、前足をふるうもう一匹の攻撃をよけて顔まで上っていく。
子供といえどもクマの皮だけど、唯一発達できてない首の皮を切って血管を断ち切った。
噴き出る血の噴水の間から見えた親クマの顔をにらみながら歯を食いしばる。
[グオオオオ!!!]
「うああああああ!!!!」
子を失った獣の叫びを家族を失った俺の叫びで相殺させる。
振り下ろす前足をよけて上に。もう一度襲ってくる爪をよけながら前に。すきができた顔に突撃しほっぺを切り裂いた。
ガスの使いすぎって自覚はあった。それでも、止まれなかった。
俺の選択は、間違った。その時一緒に行こうという言葉を断ってたら、1年前に迷わず出発してたら、こんなことにはならなかった。こんなことになんて、絶対にならなかった。
でももう手遅れだ。いくら公開しても選んでしまった結果は変わらない。その悔しさを、そのむなしさを、その苦しみを。切って切って切ってまた切ってから、傷に毒を刺して奴を倒した。
巨大な建物の大きさを持ったヒグマが泡を吹きながら絶命した。
「くう…… ぅううぅぅう……」
口を切られた奴は逃げたみたいだった。
でもそんなのどうでもよかった。
その場に崩れてしまった俺は、もう何もできなかったんだから。
二人とともに暮らしてきた記憶が頭の中を流れる。あまりにもはっきりと浮かんで、俺をさらに絶望に陥れた。
どうすればいいんだろ。一人残された俺は、これからどうすればいいんだろ。
俺は…… 俺は……!
「かは……っ!」
「………!!」
血を吐き出す音に顔を上げる。
根っこの下に座っていたボロが少しだけど動いているのが見えた。見えているのが幻覚ではないことを願いながら急いで彼に向かって走っていった。
「ボロ!おい!ボロ!!返事しろ!!」
「かはあ……っ!は……っ!ジ……ン……」
返事をした。まだ生きている。ってことはまだ、生かせる!
「少しだけ待ってろ。今から町に戻って病院に連れて行ってあげるから!」
彼の体を背負うとした。力が入れられない彼はいつもより重かったけど、これぐらいどうってことでもない。そのまま起きようとしたのに、ボロはそんな俺の手を振り放して再びそこに座り込んだ。
「……何やってんだ。こんなことする時間ないってことぐらいわかってるだろ。起きろ早く。」
「………… わかってるよ…… 俺の体だから…… もう…… て…… て…… 手遅れってことぐらい…… よく…… わかってるよ……」
……………
「バカ言ってないで起きろ。ほら、つかまってやるから早く。」
「…………」
「お前、自分の口で言ったじゃねえか。死なないって…… 決して死んだりしないって…… 自分が言ったことぐらい責任取れよ。」
「そう…… だったな…… 悪いな…… ちょ…… 調子乗ったくせに…… このざまで……」
「いいからとっとと立てつってんだろうが!このクソやろう!!」
胸ぐらをつかみ上げた。そのせいで短時間で消えていく体温が手に届いてびっくりした。 まだ間に合うという希望が、あっという間につぶされた。
「一人にするな。頼むから……」
「………」
「ボロお前まで死んじまったら…… 俺は本当に一人だ…… 一人にするな…… 頼むから……」
一人になるというのは思ってたより怖いものだった。一緒に歩いていた人たちがみんな変わって、みんなほかのところに行っちゃって、俺一人そこに取り残されるというのは、本当に怖いものだ。
ぼやけた目でそんな俺を見つめていたボロが、血が付いた口を動かしながら言った。
「覚えて…… いるかジン……?俺が…… お前らに初めて出会ってた時のこと……」
「は……?」
「その時は…… なんて似合わない組み合わせだと思ってた…… 一人は男20人がかかっても勝てないくらい強い奴なのに…… 付きまとってる女は…… この地下都市に住んでるのが信じられないぐらい…… お人好しで…… 優しかったんだから……」
「…………」
「そんなお前の強さにあこがれて…… そんな女と少しでも一緒に歩けるってことが…… 嬉しかった……」
「ボロ。」
「お前には悪いが…… 俺もマリアのことを…… あのお人好しの馬鹿のことが…… 好きだったみたいだ……」
「ボロ……」
歯を食いしばる俺を、最後の力を絞り出した彼が抱きしめる。揺れる声が耳に届いた。
「だからさぁジン…… お前…… 本当に……!」
「………」
「必ずマリア…… 救ってくるんだぞ……!!!」
すべてを絞り出した友の頼みが、心の中に届いて響き渡った。上がってくる鬱憤を必死に押さえて俺も、そんな彼を抱きしめながら言った。
「ああ…… もちろんだ……!」
短いけど誓いを込めた答えに、ボロの体から力が抜けていく。それをつかまろうと力を入れたけど、すぐにあきらめて彼を放してあげた。
さっきまでの差し迫っていた状況が嘘だったように、彼はとっても満足した顔で死んでいた。
そんなボロを、目をつぶしてあげたフレアと一緒に埋めてやる。
そして約束する。ディスゲームに勝って戻ってきたら…… 必ず取り戻しに来ると。そう約束して二人を送ってあげた。
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俺が入り口に届いてからすぐ間もなく、空から無数な光が降り注いた。
その中には人が入っていた。どいつも初めて見る奴らだったけどみんな左手には信託の証であるキンセンカが刻まれている。
「おお!ここがディスゲームの入り口なんだね!緊張するな~」
「俺は必ずギフターズになってやる!」
「よしよし!やれるやれる!!」
何の苦労もせず、ただ選ばれてここまでこれた威勢のいいガキどもを眺めた。
そんな彼らが気に食わないってわけじゃないけど、俺たちもあんなんだったらと思うと、虚無という感情が胸の中を埋めた。
その時、ギイイイィと岩で作られた巨大な扉が白い光を吹き出しながら開かれる。
周りにいたほかの奴らが門から少し引き下がり、そんな光の向こうからはちょっと高い男の声が聞こえてきた。
『ああ~ 聞こえますか?お会いできてうれしいです。第四世界の愛しいおもちゃの方々。』
その声がうわさの神の声ってことを、頭ではなく本能で分かった。
『長引かずに話しましょう。限りない金とお宝。人生を変えてくれる力と権力。夢で描いてた出会いと冒険…… 皆様が何を想像しようがディスゲームにはそれ以上のものが用意されております。ただし…… それだけ危険で、また危険でしょう。』
顔なんか見えもしないのにそこで彼が口角を上げたってことを感じた。
『我々神が望んでいるのはあくまでも遊戯です。理由が何であれやる気もないおもちゃは面白くないですからね。今から10分間、参加する気がない方々はその場で待機してください。さっきいた場所に送り届けてあげますから。でも命を懸ける覚悟ができている方々は…… この門を超えてください。』
さっきまで威勢の良かった奴らが命という単語に少しまどうのを無視して、一番最初に門に近づいた。
残る理由も、迷うべき恐れも、俺の中にはいなかった。ただ頭の中にあるのはマリアを探し出すという一心、それだけだ。
門を超えた同時に形容できない力が体を包む。そしてそれが2年間待ってきたディスゲームの始まりってことを、実感することができた。
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