第2話 巨獣


「ぜえええたいいやだ。」


 想像することすらできない遠い昔。それぞれの世界の神々は無限に流れる時間の中の退屈さに耐え切れず、すべての世界をつないで自分たちが下したクエストを人間たちがクリアしながら世界を超える姿を遊興のネタにした。


 これがThis Gameだ。全部で108個の世界が存在し、第100世界までついた人間たちにはギフターズという称号とともに、永遠の若さと莫大な富が約束される。


「維持張ってんじゃねえよフレア!これは一人でもより安全に入り口まで行けるチャンスなんだ!俺たちも必ずついていくからさ!」


 各世界の神はゲームが始まる前に毎年ゲームに参加させる人間を選ぶ。


 これが神託なんだけど世界によって形は異なるが、いずれも左手の甲に文様が現れるようになっている。


 またこれは神の力をもらえる器でもありチケットとも呼ばれ、これさえあればゲームが始まる第1世界の入り口まで何の危険もなしに行くことができる。


 でもこれを逆に言うと、器がなければ神の力はもらえないし入り口までも自分の力で行かなければならないって意味になる。


「そうだよ!どうせみんなで一緒に入り口まで行くんだろ!じゃああえてチケットなんか使わずみんな一緒に行ってもいいんじゃねえのかよ!」


 運がいいことにも入り口は俺たちが住んでいるところからそう遠くないところにいた。


 馬に乗っていけば一日もかからず目的地にたどり着けるはずだ。


 だが運が悪いことにも俺たちが生まれたのはここ、第4世界だった。


 都市外郭を取り囲んでいる壁には魔石という鉱物が打ち込まれていてあの壁を越えれば非常識に巨大な獣たち、巨獣きょじゅうという生物たちが生息している地域が出てくる。


 奴らはとても強くて速いのでD3を使える軍人ですら生還を確信できないほど危険度が高かった。チケットを使わず入り口まで行くのはあまりにも危険なのだ。


「俺絶対一緒に行くからなジン兄貴!止めても無駄だからな!」


 待つ必要も、時間もなかった俺たちは荷物をまとめてすぐ地上に上ってきた。こいつらならともかく警察を殺した俺は手配までされたので都市外郭の壁まで逃げなければならなかったのだ。


 巨獣たちから生き延びるためには馬だけではなく大量の武器も必要なんだけど、2年間地下で集めてきたおかげでこれも足りることなく準備することができた。


 残った問題はゲームのスタート時点である第1世界に行ける門が、開かれる二日前にフレアが神の神託を受けたってことだった。一人でもチケットで安全に行けというボロの言葉にフレアが一緒に行くと意地を張ってる状況だ。


 俺の意見もボロと同じだった。一人でも安全に行ける方法があるならそれを選ばない理由はない。


 だがそれは、フレアだけではなかった。


「チケットは使っておけフレア。そしてボロ。おまえは地上に残れ。」


「……え?」


「は?」


 絶対自分の言葉に同調してくれると思っていたボロが、俺の言葉を理解するまでは多少の時間が必要だった。


「地上に残れって…… どういうことだジン!」


「今まで地上に出ることや、神託のことばかり考えてたから考えが及ばなかった。おまえらも俺も、調査はしたけど本物の巨獣を見たことがないってことをな。今更だけど、ディスゲームどころか入口につくことすらできないかもしれない。だから、入り口までは俺一人で行く。」


 少し不快そうに、何かを言おうとしたフレアを手で止めたボロが言った。


「それは…… 俺は足手まとい、って意味か?」


「……そもそもボロ。おまえはディスゲームに参加しなければならない俺や、冒険にあこがれを持っていたフレアとは違って地上で平和に暮らすことを望んでいたんだろ?」


「……!」


 こいつとは何かと10年近くまで苦楽を共にしてきた。これくらいとっくの昔から知っていた。


「居住権もあるし朝に得た金もある。だから、ここで生きろ。生きながら待っててくれ。あいつは…… マリアは必ず俺が探してくるから。」


「………」


 2人は何も答えられなかった。そんな二人を通り過ぎて建物の外に出ていく。


 壁の周辺には誰も暮らしてない廃家が多かった。ちょうどいいと思って仮の宿として使うことにしたが、虫が多すぎるので一日以上はいそうになかった。


 日が沈んだ外は完全に闇に包まれて地下と区別ができないんだけど、風が涼しいという違いはあったが期待していた星も月も雲の中に隠れて見えなかった。


 D3を使って壁の上に上り、広闊な野原とその端に小さく見える森を眺めた。この壁の中にある魔石が巨獣たちを追い払ってくれると聞いたんだけど、確かに影も見当たらない。


「もう行くよマリア。必ず…… 必ず探し出すからな……」


 ここまでくる間、町で買ったペンバーという飲み物を飲む。


 かなり甘くてピリッとした味が印象的な飲み物なんだけど炭酸が入っているという点がビールに似ていた。


 気分転換にはうってつけだ。アルコールがないから明日を心配する必要もないってこともプラス要因だった。


 もう一口飲みながら空を見上げるのに、D3特有の空気が跳ねる音が聞こえた。


「ジン兄貴。もうちょっと話し合おうよ。」


「俺はもうする話なんかない。さっきので終わりだ。」


「お前は終わったかもしれないけど俺たちは違う。どう考えてもお前ひとり行かせるのがいいとは思えない。俺たちが抜けたとしても危険度が低くなるわけではないからな。」


「聞こえなかったのか?意見を変える気はねえって言ってんだろうが。」


「じゃあ勝手についていく。それでいいんだよね?兄貴。」


 ………どいつもこいつも人の心も知らずに耳にもしない。


 軽くため息を吐いて空ではなく壁の下を見下ろしながら言った。


「おいボロ。おまえは2年前のこと、覚えているか?」


「は?」


「あの日、マリアが奴らに連れていかれた日。俺が弱すぎて、相手が強すぎて、何もできずに奪われてしまった。」


「…………」


「今度もそうならないとは限れない。もうごめんだ。仲間を失うのはさ。」


 もううんざりだ。その日のことは俺の中で深くトラウマとして残ってしまった。


 力で踏みつぶしながら生きてきた俺が、力で踏みつぶされて命より大切なものを奪われたのだ。


 世の中には喉から血が染みり出るほど叫んでも届かないことがあるってことを、その日気づいた。


 俺のそんな心を聞いた二人が口を閉じる。だがお互いの顔を見つめながら少し考えて、もう一度口を開いた。


「忘れるわけがね。その日のことを。でも……」


「でも!今は違うよ!今度は三人で探しに行くんだから!」


「……!」


 びっくりする俺の目をまっすぐ見つめながらもう一度力を入れてフレアが言った。


「全然違うよ!」


「ああそうだ。あの時の俺たちとは違う。俺たちは強くなったし、ディスゲームを通じてもっともっと強くなる。」


「見て!」


 彼女が指さした空をもう一度見上げる。するとゆっくり雲の中に隠れていた月が姿を現した。


 堂々と笑いながら近づいてきたフレアが隣に座って、ボロも口角を上げながら反対側に座る。


「いつも夢でしか見れなかった月をこうやって見れるようになった。俺とボロ、ジン兄貴。三人で力を合わせたからだ。」


「さっきまでフレア一人だけでも送るべきだと主張した俺が、こんなことをいうのは何だけどよ。フレアの言ったとおりだ。俺たちは地下で住んでる奴ならだれもが憧れる地上への夢を叶ったんだ。三人一緒でやったから、上れたんだよ。」


 並んで座っている俺たちは青く輝く月を見上げた。


 目を合わせるのが難しい太陽とは違って月はああやって強くない光で世界を照らしていた。


 何も否定しないその色は夜の空気と交わって心を穏やかにしてくれる力があった。


「お前の言う通り俺の夢は地上で平和に暮らすことだ。でもそこにはお前とフレア、そしてマリアがいなければダメだ。成立しねんだよ。」


「一緒に行こう兄貴。みんな一緒ならきっと、巨獣だろうがディスゲームだろうが乗り越えていけるよ。今までみたいに!」


「信じてくれジン。俺たちを。俺たちは決して…… 死んだりしねえよ。」


 らしくない、抽象的な言葉だった。特に人間そのものが不信である地下では絶対使ってはならない言葉だった。俺よりもそれをよく知っている奴の口からそんな言葉を聞くと少しあきれる。


 でも…… ここはもう地下ではない。


 昔のことを思い出す。頭のいいボロのおかげで余計な喧嘩は減ったし、速い速度で金を稼げるようになった。


 フレアが現れた日には、特有の明るさのおかげでマリアを奪われた直後だったのにもすぐ元気を取り戻すことができた。


 俺たちはいつも一緒に潜り抜けてきた。こいつらが信頼に足る仲間ってことを、俺が一番よくわかっていた。だから…… 俺も……


「わかった…… 信じるよ。」


「よっしゃ!そうでなくっちゃ!」


「まったく。世話がかかる隊長だよ、お前は。」


 並んで笑う奴らと共に笑った。心の中にいた不安が一肌薄くなった気がした。


 遠く見える森を見ながら誓いを訂正する。


 探しに行くよマリア。みんなと一緒に、必ず。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「準備はいいか?お前ら。」


「「もちろん!」」


 勢いのいい返事を聞きながら馬に合図を送って舗装された道路を走る。


 巨獣退治用の兵器がぶらぶらぶら下がっているから練習してた時より重心をとるのが難しかったけど、これくらい全然問題なかった。


 外に出る門の前に立っている警備たちが見えた。当然なことにも出ていく人がないから門の前に座ってのんびりとあくびをしている。


 そんな彼らが走ってくる俺たちを見て半分閉ざされていた目を大きくしながら驚いた。


「お、おい!何をする気だ!止まれ!!」


 無視して速度を上げた。すると止まる気がないってことが伝わったのか防いでいた警備たちが急いで道を開ける。


 長くない壁の中のトンネルを抜けると巨獣たちが住んでいる地域の日差しが視界を埋めた。


「ああ、本当に都市の外に出てしまった。昨日地下から上ってきたばかりなのに。成長期のガキじゃあるまいし、いかれた速度だ。」


「ビビってんのはわかるけどD3使いながらちびるんじゃねえぞボロ。俺の顔についたりでもしたら俺もお前の顔にぶっかけてやるんだからな。」


「まじで殺すぞこのガキ。冗談言ってないでお前も緊張というものをしろよ。銃持ってる警察たちよりも何万倍はヤバいんだぞ。」


「そう心配しなくとも巨獣だろうが何だろうが出てきたらこのフレア様がぱばばってやつけてやるから安心しろよ!」


 まさに二人らしい会話だった。油断禁物だがあんな会話はむしろ緊張感をはぐしてくれていつものペースを保つことができた。


 俺が一番先頭なだけに視界と耳を最大限まで開いて巨獣たちを警戒した。一匹一匹が人間の7倍以上にはなるらしいから見つける自体はそう難しくないはずだ。


 そして本格的に野原を超えて森に入った瞬間、巨大な目と目が合った。


「……?!?!」


 上と下に長くわかれたその目は爬虫類のものだ。体全体が黒と紫の皮で覆われている蛇は舌を一度出し、俺たちに向かって巨大な口を開いてきた。


「フレア!」


「え……?ええ……?!」


 悲鳴に近い声でフレアを呼んだボロと凍り付いたフレアを通り、蛇に向かって走った。


 D3を使って空を飛ぶ。確かこの蛇は皮の弾力がよくて表面的な攻撃にはピクリともしないって書かれていた。


 なら、狙うのは内部だ。


 背中に着けていた単発型のロケットランチャーを抜き、蛇に撃ち込んでやる。


 喉の奥まで入っていった爆弾がかなり押された爆音を出し、それと同時に蛇の首が膨らんだけど、皮まで爆発したりはしなかった。


 ただ口の中から煙を吐いてその場に倒れるだけだ。


 倒した。でも、一息する暇もなく今度は正面から牙を持ったトカゲが突進してくる!


 チッ、と舌を打って急いで戻ろうとするのに、ボロが叫んだ。


「しっかりしろフレア!俺たちも行くぞ!!」


「あ…… あ……!うん……!!」


 今のでやっと気を取り戻したのかⅮ3に移ったボロがトカゲの目の前を飛んで注意を引く。


 そのすきを利用してフレアが下にもぐり手首につけていた錐を腹に刺してピンを抜く。中に入っていた毒をトカゲに注射した。


[キアアアアッ……?!]


 獣らしい悲鳴を上げたトカゲが苦しそうに少し暴れては腹を上にしたまま倒れる。


 びくびく足を震えてはいるけどさっきまで生き生きしていた目から急速で生気がなくなっていくのが見えた。


 地上に降りてきたボロが詰まった息を一気に吐き出す。


「た、助かった…… ふうううぅ……」


「やった…… やったぞ…… ジン兄貴!俺たちでやっつけたよ!」


「あ、ああ……」


 正直、思った以上の結果だったのでびっくりした。心のどこかでは二人ともパニックになって反応が鈍くなると思ってたんだけど、これは本当に期待以上の結果だった。


 近づいてフレアの頭をなでてやる。


「本当によくやった、お前ら。」


「へへへ~ だろう?やれるって言ったじゃん。」


「ああ。」


「お褒めタイムもいいけどここから早く去ろうぜ。屍の匂いを嗅ぐったほかの巨獣どもがすぐ集まってくるはずだ。」


 ボロの言う通りだった。巨獣どもは鼻が利くやつが多くて屍の匂いはふざけてるほどよくとらえるって書かれていた。


 再び馬を動かせた俺たちは羅針盤の方向を確認しながら入口があるところに向かって走った。


 信じてもいい。俺はこいつらを信じてもいいんだ。さっきの戦闘でやっとその確信が心の中から咲いた。このままさえ行けば俺たちは誰一人抜けることなく入り口までつくことができる。


 そしてその時、頭に落ちた冷たい感触で首を上げた。


「雨だ……」


「くそ。しまったな。天気は全く考えられなかった。地下ではそんなもん気にする必要がなかったんだからな。」


「まあいいじゃねえか!外に出たって実感もするし!すぐやむから安全運転に気を付けようぜ。」


 だが残念なことにもフレアの願いとは違って本格的に黒に染まり始めた雲の中からは大粒の雨が降り出した。


 しかも夜明けの空気と混ざった雨は濃い霧となって視界を邪魔した。


 それはまさに、前が全く見えなくなるくらい。

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