第340話 祖父からの話

 祖父は私がうっすら記憶がある頃、癌で死んだ。

今でも覚えているのは、納骨の時に骨を箸で拾い上げたことだ。


祖父は軍医として戦場に行った。軍医は他の兵士と違い、軍医の時点で

ある程度の階級が与えられていた。


うちは裕福だったため、米に困るような事は無かったらしいが、


父親が園児や小学生の頃などには、食べるものが無いため、バッタやコオロギ等を


食べている人も多かったらしく、寄生虫や蟯虫ぎょうちゅう検査はよくしていたらしい。


授業中に、いきなり吐く人も多かったと聞いた。何度も聞いたが、想像を絶するほど大きい虫を、口から吐いていたと言っていた。


どのくらい大きいのかを聞いたが、大きいものだともう虫とは呼べない程で


あくまでも大きさの範疇はんちゅうでいうと、500ミリの缶ビールくらいかと聞いたら、そんなもんじゃないと言われた。


小動物に近いほど大きく成長して、よく教室で吐く人がいたと言っていた。


うちの叔父の一人は、作り話のような真実を話していた。


その叔父は広島の人で、たまたま石碑に腰をかけてお昼ご飯を食べていたらしい。


すると凄まじい閃光と音がなった。石碑の陰にいたため被爆しなかった。


その叔父とは一度会った色々話したことがある。


戦艦大和の設計者であり、当時は出張費用は無制限であったと言っていた。

簡単に言えば家を買っても問題なかったらしい。私はそういう色々な事を成した


一族だからこそ、今の一族の情けなさに対して戦った。

その広島の一族の人は、昔、大水害のせいで多くの人が死んだらしい。


その時、自費で多くの人々を助けて受勲された。

その人は、町にある三つの石碑に三賢者として称され、石碑に名前も刻まれている。

しかし、今はそのようなものは一切無いように生きている。


だからこそ、私は今の自分たちの浅ましさを見て見ろと言わんばかりに戦った。


もう少ししたらあの愚かな者たちにも寿命がやってくるだろう。

それまでは、そういう相手ばかりだから公開できないのだ。

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