第3話 色欲

自然界ならば基本的には同種族の異性が交わる物だが、人間は性別どころか種族さえ超えて交わりを求めることがある。

それは人間の複雑な心がもたらす美徳なのかそれとも最高なる快楽を求める人間の浅ましい欲望なのか。

いずれにしろ人間の色欲は自然界の繁殖という意味を超えている。


もう訪れることがないと思っていた館に再び足を運ぶことになろうとは。

蓮潟黄神はすがたおうじ様お待ちしておりました。中で主が待っておられます。」

アポなど取ってなく、突破的に訪れたにも関わらず、七家真門しちいえまもんと呼ばれているこの執事は俺をそう迎え入れた。


「まるで、俺が今日来るとわかっていたみたいですね。」


「えぇ、主様いわく。貴方は必ず直ぐに怪異に巻き込まれるとのことでしたので、また近頃は主様好みの面白い噂も耳にするようになりましたのでそろそろかと思っておりました。」


ここに来るのは前の事件から数週間も経っていない。全く某探偵漫画ぐらいのペースで事件に巻き込まれてるんじゃないか。てかこの館の主が元凶では。まぁ、だからと言って俺にどうこうするだけの力がなく、ここの館の主に力を借りるしか進む道は無いのだが。


案内された部屋にこの館の主である悪七嶺亜あくしちれいあはいた。以前とは違い車椅子ではなくソファーに腰を掛けている。人間とは思えない顔立ちと不自然な左目の深黒の義眼から知らない人が見れば精巧に作られた人形と勘違いするだろう。


「やぁ、久しぶりだね。今回はどんな用事で来たのかい?」


目の前の物から発生られる音声はあいも変わらず男とも女性ともとれない唯だ美しい物であった。


「ある程度のことはお見通し何じゃないのか?お前の執事も知ってそうだったぞ。」


「あぁ、本当に態度が悪いな。本業はヤクザとかですか。」


「いや、普通に本屋の店員だ。態度が悪いのはお前だけだ。」


正直、得体が知らなすぎて無理にでも悪態をつかなければ言葉が出なくなりそうだった。オカルトブログを書いてる物好きな俺でも変な事件に巻きこまれ無い限りコイツとは関わりたくも無いと思うほど全てが異質だった。


「なんだよ。ソレまだヤクザだった方が可愛げがある。」


言い返す暇も気力も無いので俺はその言葉を無視し、今回の要件を話し初めることにした。


「お前も知っているとは思うがこの辺で猫や犬問わず様々な動物の死体が多数見つかっている。共通して膣と子宮、雄の場合は腸が紛失しているらしい。」


「あぁ、それならよく耳にするね。変質者がイタズラ目的でお越している普通の事件じゃんか。」


普通の定義はどこにあるかの問題はあるが。

まぁ、確かにここまでの話なら異常ではあるが変質者がキチガイなことをしているだけと俺も思うし、わざわざこんな所には来ずに警察による逮捕を唯だ願うだけである。


「猫や犬だけなら普通の変質者だ。熊や猪は普通じゃない。」


正確に言えば家畜の牛や鶏など他にも様々な動物が被害にあっているのだが、熊や猪は特に常軌を逸している。


「それに加えて膣や子宮、腸以外の部位に目立った外傷が無いなんて普通は考えられないもんね。」


案の定、全容を知っている上でコイツは俺に語らせている。


「それで君はなんでこんな怪異な事件に関わろうとするのかな。興味本位?それとも正義感ってやつかい。」


目の前の人形が笑みを浮かべる。人間味の無い不気味な笑顔。作られたような貼り付けの笑顔。


「そんな物は無い。単純に巻き込まれた。仕事の帰宅途中に犯人が路地裏に死体を捨てるのをたまたま見てしまってだな。」


「君は路地裏に何の用事があったのさ。喝上げでもしてたのかい。」


どこまでもオチョくっているのは流石に苛つくがコイツ相手に怒るのも面倒くさい。


「働いている店の近くでこの真夏では不自然な厚着の服を着て大きめの鞄を持ったヤツを見かけたから、もしかして万引犯かなんかかと思って尾行してたら死体を廃棄する所だったんだよ。」


今思えば万引犯はあそこまで不自然な格好はしない。自分の短絡的な思考がアホらしい。


「フフッフ、そんないかにもな危険人物を尾行するなんて君はやっぱり変人だね。じゃあ、君はその時に犯人の顔を見てしまったわけだ。」


やはり馬鹿にされた。まぁこれに関してはぐうの音も出ない。そもそもこの館に相談に着てる時点で相当な変わり者に間違いないだろう。


「いや、黒いフードを着てたのもあって顔をよく見ることは出来なかったし、正面を見ることができたのはこっちに気がついて一度ふり返った時だけだ。」


「まぁ、犯人が捕まってないからそんなところだとは思ったよ。でも犯人にとっては不安が残ったのか君に対してアクションを仕掛けてきた。」


「あぁ、次の日に店の前に貼り紙があってな俺の名前としゃっべたら殺すっていうメッセージが血文字で書かれてたよ。たまたまその日は俺が早番だったから誰かに見られる前に剥がしたけど。」


「もしかして警察にも報告してないのかい。」


「警察が解決するのが難しいとは何となく解るし、何よりもこれ以上面倒くさい状態になりたくなかったからな。」


かといてこのまま様子見も気持ちが悪いのでここに来たというわけだ。


「君も随分と変わり者だね。いくつか質問があるんだが良いかい?」


「どうぞ。」


「犯人の体格はどんな感じだった?」


「身長は俺より少し低いぐらいだったからだいたい160cmぐらいかな。厚着のせいでそれぐらいしかわからなかったな。」


熊を殺せるようには見えなかった。まぁ体格が良くても普通は無理だろう。


「犯人はどうやって現場から逃走したの?」


この質問は俺が今回の件で一番答えにくいところだ。何せこれを警察に説明するのが難しいので通報するのを辞めたのだ。


「店の壁を虫みたいに素早くよじ登って逃げた。」


普通の人間が聞いたら俺が虚言癖のある男だと思われるだろう。


「アハハ、そいつは確かに警察には言えないね。もしかしたら君の方が逮捕されちゃうかもだしね。」


目の前の人形はソファーで笑い転げる。表情や仕草はそうなのだが本心は読み取れ無い。


「そうでも無ければこんな所になんて来ない。」


「まぁ、そうだよね。うん、最後の質問だ。君が実際に現場を見た時に何か気がついたことがあったら教えて欲しい。」


「そう言われても、テレビで見た通りとしか言いようが無いな。俺が見たのは犬の死体で腹が裂けていたから恐らく膣と子宮が抜き取られてたんだと思う。」


「本当にそれだけかい?」


そう迫られても困るのだが、もう少しだけ記憶を探って見る。


「犬の足の近くに小さな針で刺された様な傷を見つけたが何か薬でも打ったのかもな。」


「君は優秀なワトソン君だね」


その時ソイツが何となく本当に笑った様な気がした。


次の日から悪七嶺亜は七家真門と共に俺が働いている店に客として顔を出すようになった。

凄く目立つので店の中では凄い噂になっている。このままだとこの町に新たな都市伝説が誕生しそうだ。何よりも俺の平穏な生活に支障をきたす。


「なぁ、調査ってもっと犯人に気がつかれないように目立たないようにやるんじゃないのか。それにここだけでなく他の現場とかも調査した方がいいんじゃないか?」


人が少ない時を見計らってこっそりと話しかける。もう正直見ていられなかった。例の事件のことよりもコイツの方が気になってくる。


「お客様に対してその態度は失礼だなぁ。目立つことで防犯になることもあるんだよ。後、例の犯人が明確に目をつけてる所はここぐらいだから他の所に闇雲に時間を使うよりも効率的なの。」


頼んだ手前それ以上の反論は言えなかった。

もう、悪魔に頼み事をしたことを神にでも懺悔しながらなるべく平穏に終わることを期待するしかあるまいと俺は諦めモードに入った。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


何者かの回想

俺は昔から昔から女遊びが激しかった。それに加えてひどい飽き性なところもあり、とっかえひっかえ遊んでいた。


俺のことを最低なクズだと罵る奴もいたが俺は罪悪感を覚えることはなかった。

唯だ読み終えた本を捨てる様に、クリアしたゲームを終える様に、つまらないTVのチャンネルを変える様にしてきただけだ。むしろ一つの物に固執する神経の方が俺には理解出来なかった。


次第に俺は女にも飽きたが何故か性的な快楽を楽しむことには飽きることが無かった。

俺は女問わず男、時には犬や猫なんかにも手を出してみた。唯だ新しい快楽を求めた。

不思議と他の娯楽に目をつけることなく俺は性的な快楽のみを追求し続けた。

やがて俺は人間の檻の中では限界があると悟ってしまった。全ての物に飽き灰色な世界を想像しては絶望に怯えていた。ある種の死に近いような感覚なのかもしれない。それぐらい俺にとって性は生きる全てだった。

そんな時に俺はあの男とであった。


「私が貴方に人間の檻を破る力を与えてあげましょう。」


玩具にした物を捨ててる俺に対して鳴神蛍なるかみ ほたると名のった男は異常までに口角をつり上げ笑いそう言った。


「ふざけてるのか。」


俺は内心焦っていた。何せ現場を見られたのだ。警察に通報されたらたまったもんじゃない。


「心配しなくても大丈夫です。私は貴方のファンなのです。貴方の様な狂った人間が愛おしいのです。貴方に協力したいのです。」


目の前の異常者はそう言いながら俺に手を伸ばしてきた。その言葉に不思議と命乞いやごまかしの感じは無かった。


鳴神は本当に人ならざる力を与えてくれた。更に金銭的な援助もしてくれたので俺は今まで以上に多くの獲物で遊ぶことができるようになった。


力を持った故に気が緩んでしまったのか、また人に現場を見られてしまった。

脅しが効いたのか幸いにも警察に通報などはしていないようだし、恐らく顔も見えていなかったのだろう。今日も店に行ったがそれらしい反応が無かった。


塞翁が馬というのだろうか素晴らしい収穫があった。例の店員の様子を見に行った時に人とも人形とも違う興味深い物を見つけた。この世の物とは思えない美しさだ。

最近またマンネリ化を感じていた俺にとってはまさに神がつかわした天使のように思えた。アレを犯しつくしたい。死んだら最高の玩具にしよう。今までの物とは違い全身を加工し遊びつくそう。


有頂天になりながら俺は店から獲物を尾行した。好都合なことにその獲物は途中で老紳士と別れ一人で路地裏に入って行った。こんな好機は二度とないと思いそこでの決行を考えた時、そこが以前に玩具のゴミを捨てた所だと気づいた。


「こんなにも上手くいく何て君も蓮潟黄神もどっこいどっこいだなぁ。それともやっぱり本能からは逃れられないのが人間なのかもね。」


目の前の獲物が振り向きそう話し初めた。罠にかけられたのだろうが、ヤることはそう変わらない。目の前のご馳走を逃すなんて考えられない。

俺は本来は人間に備わっていない毒針付きの尻尾を伸した。鳴神蛍から貰った人ならざる力の一つこれに刺されれば生き物は生きたまま動けなくなる。しかも現代化学でも検知できない特別な毒。

しかしその脅威が目の前のご馳走に、届くことなく噛み砕かれる。見ると巨大な蛇の様な化け物が俺の尻尾を食い千切っていた。


「それにしても脅迫に相手の名前とかの個人情報を使うなんて逆に近くの人間ってことがバレバレじゃんか。大方、たまたま店の常連で名札とかで名前知ってたんでしょうけど,うかつすぎだよ。」


そう言ってる間に巨大な蛇の様な物が俺の下腹部当たりに噛み付いた。すさましい激痛に俺は声にならない激痛を上げる。

そこから蠍の様な物を引きずり出されたのを最後に七尾遊馬ななお あすまは目が覚めることはなかった。


「それにしてもこれだけガバガバな犯行なのに警察に足をつかまれなかったのはやっぱりアイツが色々と裏で手を回していたんだろうな。変異も進んでいたし、早々に目をつけていたお気に入りの一つか。それだけは羨ましいかな。」


……………………………………………………


悪七嶺亜から事件は終わったと報告を受けた。確かに例の事件のことは聞くことは無くなったが、どのような終わりを迎えたか知ることはなかった。モヤモヤするし、知りたい気持ちもあたったが深く聞くのは本能的に避けた。今更だとも思えるが。それにしても。


「君は名前が凄く珍しいし、格好も派手だから気をつけた方が良いよ。少なくともその金髪はやめな。似合ってないよ。」


とか余計なお世話なんだよな。しかし、髪の色なんて具体的に指摘するようになりやがった。今まで色彩なんて気にして無さそうだったのに。


3話完 色欲


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