第2話 暴食

人間にとって食とは何なんだろうか。

生きるための物という意味だけではもはやない。人間にとって食とは娯楽の一種だ。それもこの娯楽は命を奪うことすら厭わない。それどころか美食を得るためには生命を作り変えることすらやってのける。

だからこそあえて問おう。あなたにとて食とはなんですか?


数年前の出来事


私はありとあらゆる物を食した。私は裕福な生まれであり、物心がついた時には日本問わず、世界中のご馳走を頂いていた。舌は肥えてまた才能もあったため私は世界有数の美食評論家となった。私の舌を喜ばしてくれる食を求める日々はとても輝かしいものだった。

だがそんな日々もやはり永遠ではなかった。私はそのありとあらゆる食材に飽きを感じてしまっていた。

高級感食材だろうがそうでなかろうが、はたまた異国の珍味だろうが私は食べ尽くし、食べ飽きてしまったのだ。食とは日常で得られる至福の時。それも私にとっては最高の娯楽。それに陰りを感じるようになるのは煉獄に囚ような気分だった。

そんな時どこからかあの男、そうだ鳴神 なるかみ ほたるが私の前に現れたのは。

「初めまして七座 辺瑠しちざ べる様。今宵は貴方のために素晴らしい食材をお持ちしました。」

そう言ってその男が振る舞ったのは料理とは呼べないただ焼いただけの肉だった。

馬鹿にしているのかとも思ったが実際に食べてみるとその肉は今までに食べたことがないくらいに美味に感じた。牛や豚はもちろんワニや猪なども食べてきたが全く何の肉かの検討もつかなかった。

「お気に召したようですね。」

怪しげな男が口角を不気味なまでに上げて笑う。

「驚きました。こんなお肉食べたことがないです。」

「それはそうでしょう。なんせ人間の肉なんて現代日本で食べたことがある人はまずいないでしょう。」

「なっ」

衝撃の言葉に対して言葉がで言葉を失ってしまった。

「驚かれましたか。流石の貴方様もやはり人肉はお召し上がられたことが無かったのですね。」

「趣味の悪い冗談はやめてください。人肉なんて手に入れる事なんて不可能でょう。仮に本当だとしたらなんて事をしてくれたんですか。」

そうだ、人肉が美味しいなんてましてやまた食べたいと思ってしまうなんてあってはならない事だ。

「案外、身元がわれないどうでも良い人達がこの日本でも多くいるのですよ。またその辺は私は上手ですのでご心配なく。それとも貴方ともあろう方が変な倫理観に囚われ美食の追求を諦めるのですか。」

目の前の化け物は口角をさらに上げて有無を言わさず話し始める。

「そもそも美食を求めると言う行為その物が本来許されるべきではない人間の罪なのです。生きるための殺しから外れた娯楽のための殺し。近年では品種改良など命を作り変えてまでも食を追求する始末。神や悪魔さえ超える冒涜的所業ではありませんか。」

「それでも同族の命を奪うことは人間として許されざる行為だ。」

目の前の怪物に怯えながらも私は僅かな反論の意をとなえた。

怪物はさらに口角をつり上げて笑う。それはもう本当に人とは思えない程に。

「まぁ、そうかもしれません。ですが貴方の美食に対する追求心はその程度のものだったのですか。」

「なっ」

意図しない反論にまたも言葉を失う。

「美食のためなら何だってする覚悟はないのですかと言いたいのですよ。何人も毒で死んだのに美味しいと知れば河豚ふぐを食べようと挑戦してきたのが人間もいました。またフォアグラなんて食べ物はわざわざ動物を病気の状態にして作るのでしょ。人間の美食に関する欲は命や倫理観をもうすでに無視されているのですよ。」

「だからって人間が同じ人間を食べるなんて。」

「貴方の美食に対する覚悟はその程度だったんですね。世界有数の美食家と言われた貴方がこんな所で踏みとどまるとは失望しました。所詮は親の七光り自分で切り拓いた物は何もない。」

その言葉は私の心を深く傷をつけた。同時にその言葉に何も言い返す術がない事に私は絶望した。それは紛れもない真実だった。

それは今コイツに言われた事だけではない。そのように私を馬鹿にするものは少なくなかった。私は自らこの道と地位切り拓いてきたつもりだが明確な努力がない以上は周りはそう思うのだろう。度々たる誹謗に私の心は摩耗しそこが見えない怒りの感情すら覚えた。

「あぁ、そうか。私は何もしてこなかったが故に今まで辿り着けなかったのか。悪魔に魂を売ってでも私は最高の至福を味わおう。」

初めて食べた人間の肉の美味しさと深く傷を負った心から私は狂気に自ら落ちいた。

それから私は金を使って世間から見放された人間を屋敷に呼んでは殺し貪り食らうようになった。鳴神 蛍の協力もあって事件になることも無かった。

死体の解体方法にもヤツは詳しかった。なんでも死体から人形を作ったこともあるらしい。

しばらくの間、私は昔のような至福の日々に酔いしれていた。新しい食材を使い私は色々と試し楽しんだ。目玉を煮込んだり、はたまた潰してソースの材料したり、腸を引きずり出し人の肉をつめソーセージを作ったり、肉を徹底的にミンチにしてハンバーグも作った。

あぁ、そうか人間が行ってきた料理とはこんなにも楽しくそして恐ろしく残酷なものだったのか。美食の追求とはこうも悍ましく素晴らしいものだったのか。

次第に私はもっと食材にこだわりたいと考え初めるようにもなっていった。もっと品質の良い食材を料理したい、食べたいと私の中で欲求が高まっていった。

鳴神 蛍が調達してきてくれる食材たちは確かに足がつきにくいのだが、同時に品質はお世辞にも良いとは言えるものでは無かった。

最初の時はそれでも満足していたがやはりホームレスなどではなくもっと良い素材を食べてみたいという欲求は自分の中で日に日に大きくなっていた。もはや私には人を食するということに罪悪感はなく、純粋な美食への追求にひたすら餓えていた。

「次回は貴方様に今までとは違い最高の品質の食材をお届けできそうです。」

そんな時に鳴神 蛍が願ってもない事を言い出した。

数日後、今までの食材とは到底比べ物にならない食材が屋敷にやってきた。

それはとてもこの世の人間とは思えないほどの美しい容姿でまるで精巧に作られた人形のようだった。車椅子姿で障害持ちという点は大きなマイナスポイントであるが、それを差引いても素晴らしいと思えた。

華やかな世界を進んできた私であってもここまでに美しいと思える人間はは見たことがない。

「気に入られたようで、何よりです。その食材は声も発することができないので生きたまま食すのも良いかと思います。」

鳴神が今まで以上に口角を上げ悪魔の提案をする。確かにこの美貌が耐え難い苦痛に歪む変化を眺めながらというのは今の私には唆る物があった。

「悪趣味な。」

私は鳴神に対する返事というよりも、自分に対して皮肉るように言葉を漏らしていた。

「それでは私は予定がありますので今日のところはこれにて失礼させていただきます。」

「あら、珍しいですね。貴方がこんな面白そうなことを途中で投げ出して帰ってしまうなんて。」

鳴神という男は今の私が言えたことではないが、とても悪趣味でこのようなことに関してはこちらが拒否しようがお構い無しに介入し私以上に楽しんでいた。

「えぇ、名残り惜しいのは確かですが別の用事がありますので退散させていだだきます。最後までお付き合いできなくてすみません。

どうぞ私にお気遣いなくお楽しみくださいませ。」

「そう、私にとてはそっちの方が好都合だか別に構わないですよ。」

普通なら解体などの手伝いを要求するところだが、今回に限ってはその必要が少ないだろう。またこだわりが強い私にとては二度と手に入るかわからないこのような素晴らしい食材をできる限り自分の手だけで調理したいと言う気持ちもあった。

「それでは食材に食べられないように気をつけて調理してくださいね。さようなら。」

「四肢が動かない、声も出せないヤツなんかに殺られるわけないだろうに。」

鳴神が部屋から出ていった後私は一人呟きながら目の前の食材の調理について考えていた。

できるだけ最後まで絶命せず苦しむ顔を見ながら食べるにはどうするか、付け合わせは何が良いかなど私の頭は今までに無いほど幸せな悩みでいっぱいだった。

この時の私の顔はあの鳴神にも負けないぐらいに狂ったような笑顔をしていただろう。まさに人生で最大の幸せを噛みしめる時がきたのだと思いこんでいたのだ。

しかし、私はすぐに恐怖と苦痛により表情を歪ませることになった。最高の食材に再び目を向けようとした瞬間。私の顔の目の前に大きな蛇のような怪物が現れた。何が起きたか状況が分からず固まってしまっているとその怪物は口を大きく開き私の顔めがけて襲いかかってきた。

嫌だ。私が食べられるなんて、私は常に食べる側のはずなんだ。ましてこんな汚らしい怪物の餌なんかになりたくない。

奇妙なことに怪物は私の顔だけを口に入れた。またさらに奇妙なことにまるで幽霊かの様に怪物は透けていて私の顔が噛み砕かれることは無かった。しかし、物理的な損傷が無いのにも関わらず今まで感じたことがない痛みが私を襲った。その痛みは顔だけでなく全身に感じた。

怪物が私の顔から離れていく。私は全身から力が抜けそのまま床に倒れた。その時、不思議な光景を見た。

その蛇のような怪物が私の顔から大きな醜い豚のような物を口にくわえて引きずり出していた。やがてそれはあの美しい食材の中に吸いこまれるように消えていった。

「すみません。あまりにも貴方が幸せそうだったので嫉妬してしまいました。」

喋ることができるはずがないそれから美しい声が奏でられた。

「しかし、随分と末期まで進んでいたみたいですね。ここまでの状態で自覚が薄いなんて不幸中の幸いと言うべきでしょうか。」

何が何なのか意味がわからない。段々と私の意識は薄れていく。何故だがもう目が二度と覚めることがないということがわかってしまう底の無い暗闇に落ちていく感覚。今までに感じたことの無い程の恐怖。しかし、もう私には何もできない。

「さようなら、糞山のベルゼブブ。君にとって食事とは何だったんだろうね。」


2話完 暴食



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