26日目 対価

「おじいちゃんは、千円だったんだよ」

 給料日の夜である。明細をスマホで確認してホクホクしていると、おじいちゃんが「なにもかもきゃっしゅれすの時代じゃのう」と分かっているようでちょっとずれたことを言うので、おかしくなって私は財布から紙幣を取り出した。

「おじいちゃんが売られてたフリマとか、まだまだ現金のみの場所も多いよ。大丈夫」

 何が大丈夫なのかはよく分からないとにかく力づけてみる。おじいちゃんは千円札の上に乗りしげしげと眺めた。おじいちゃんのサイズに比してお札はまるで畳のようで、起きて半畳寝て一畳、という言葉が頭に浮かびお札の上で寝る(?)付喪神まで想像が飛躍して私は頭を振った。

「お給料が振り込みになったのっていつぐらいからなんだろう」

「どうだろうなあ、昔の家の者が手渡しで録を渡していたのを見たことはあるが」

 おや、と私は首を傾げた。おじいちゃんが昔、蔵の鍵だった頃について話すのは珍しい。

「おじいちゃんの昔のおうちは、蔵があって人を雇っていたくらいだからきっと立派なおうちだったんだね」

 そうじゃのう、とおじいちゃんは昔を思うように目を細める。LEDのあかりを受けて、年月を重ねて鈍くなった真鍮の輝きが、ひとときだけ増したようにきらりと光る。

「じゃが、大きいものほど傾いたときの損失も大きいものじゃ。今のわしは、千円くらいでちょうど良い」

 付喪神に変じ、蔵を失い鍵としての役目を失い、アンティークショップで売られていたというおじいちゃん。飄々としている鍵の哀愁を垣間見て、私はなにか言おうとした。

 おじいちゃんは、私にとって千円以上の価値があったよ。

 おじいちゃんと出会えて良かったよ。

 けれど口を開く前におじいちゃんはすとんと千円札の上に座り込み私を見上げた。全て分かっているような目に、あえて言葉にする必要はないのだと思って私はただ微笑んだ。


 けれどやっぱり、あの時言葉にしておけばよかったのかもしれないと、私は今も考え続けている。

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