27日目 ほろほろ
「お、おいしい……」
「でしょ? でもこれ、すごく簡単だった。娘が作る前の練習用だったんだけど、私の持ちレシピにしちゃった」
横並びの席に座って、先輩と昼食を食べる。お裾分けのお菓子をもらうとかわいらしいスノーボルクッキーで、口に入れるとほろほろ崩れた。粉糖の上品な甘さが後を引く。私はもう一つ頂いた。
「私もレシピ知りたいです」
「いいよ、あとで送るね」
忘れてたらまた言って、と先輩は笑う。この人は、中学時代から神隠しにあったという噂を隠さず堂々としている変わり者として有名だった。部署の先輩が当人であることに気付いたのは少し前、やはり変わり者という印象だった。仕事はふつうにできるけど、残業は絶対しないですぐ帰るし変な傘を持ち歩いているし。
でもその印象はきっと、私に先入観があったからなのだと思う。蓋を開けてみれば、残業しない主義はお子さんがいるからなのでものすごくまともだ。変な傘を持ち歩いているところはやっぱり変だけど、変な鍵を持ち歩いている手前特に何も言うことはない。
人間も、このクッキーのように粉糖の衣をまとっている。ひびわれたり剥がれ落ちたりしているその心を口に入れるとほろほろ崩れて芯の部分があらわれる。
芯が強い人なのだなあ、とクッキーをまた一つもらいながら思う。
私も強い人になりたくてなりきれず、少し先輩のことがうらやましかったけれど、最近の私は私自身のことが存外嫌いではない。
鍵と喋ったり、紙飛行機の長年の望みを叶えてやれる人間で良かったと思っている。
私の作るクッキーもこんな風に甘く溶けるだろうか、と思う。ほろ苦く崩れるクッキーを想像して、ココアを買って帰ろうかとふと思った。
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