19日目 クリーニング屋

 冬は嫌いじゃない。家の中をあたためて、ひきこもって過ごすのは得意中の得意だ。けれどもこもこ厚着をして出かけるのだって、意外と嫌いじゃない。

 クリーニング屋から真冬のコートを引き取ってきた。そろそろ、いつ出番が来てもおかしくない気候になってきた。冬の初めと終わりにクリーニング屋へ行き、冬支度と冬仕舞いをする、この感覚も好きだ。生まれ変わったようにきれいになったコートやセーターは、今にも高飛車な声でしゃべり出しそうに思える。

「随分古いセーターじゃのう」

 わしほどではないが、と中年おじさんのような自嘲ギャグを言う鍵に、私は笑って返した。

「お母さんのだったの。柄は古いけど、あったかいんだよ」

「懐かしいねえ」

 それを見ていた紙飛行機が言う。この人――人ではないけれど、親戚のおじさんのような感覚だ――と、今日こそしっかり向き合おうと思って、私は彼を手に取った。

「ねえ、あなたはどうして、ここから出て行きたいの? この家でお父さんに折ってもらって生まれて、ずっと私たちを見ていて、もう嫌になったの?」

「……違うよ、お嬢ちゃん」

 両親が亡くなったのは冬だった。悲しくて私は、母のセーターを着て父の布団で寝た。きっとこの紙飛行機は、その様子も見ていたのだろう。

「俺はお嬢ちゃんを、お父さんとお母さんを見ていた。お嬢ちゃんが一人で泣くのも、頑張って仕事に行くのもずっと見ていたよ。そして俺の声も届いた。だからもう、お嬢ちゃんのことは見ていなくても大丈夫だと思ったんだ」

「それって、付喪神としてどうなの。うちを見守るために、あなたは付喪神になったんじゃないの」

「痛いところを突くのう」

 おじいちゃんが口を挟んだ。もう開ける扉を持たない鍵であるおじいちゃんは、どうして百年もこうして過ごしているのだろう。どうして生まれて数年足らずのこの紙飛行機は、生まれた場所から去ろうとするのだろう。

「前も言っただろう。俺はこの家で、この家の人に思われてきた。だからこの家の人の気持ちに引っ張られるのさ」

 彼の言葉を聞きながら、てんで別のことを思う。このセーターも、いつか顔が浮かんでしゃべり出すのかな。それともクリーニングに出して毎年きれいに生まれ変わっているから、難しいのかな。

「新しい物を見てみたい、どこか遠くに行ってみたい、ってね」

 そうだろう、お嬢ちゃんと紙飛行機は目(?)を細める。

 そうだ。私はずっと、なにか新しいことを、今までの私らしくはないことを、してみたかったのかもしれない。

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