13日目 うろこ雲

「うろこ雲、ひつじ雲、いわし雲」

 駅のホームで、小さな男の子が空を見上げながら楽しそうに呟いている。彼と手をしっかりつないでいるお母さんは、よく知ってるねえと柔らかに微笑む。

 週末の午前中、晴れていたから珍しく外に出たけれど、どうやら天気は下り坂だ。こういう空の時は、雨になるサインなのよ、と母は私に傘を持たせてくれた。

 男の子もよく知っていると思うけど、母も物知りな人だった。私と違って、生活を営む知恵に長けていた。ただ、ものを片付けるのは苦手な人だった。

「ひつじといわしがいっしょにいるの、なんかへんだね。ひつじがいわしのうろこをはがしちゃったのかな?」

 男の子の言葉に、スーツ姿のおじさんがふっと吹き出す。休日出勤、お疲れ様です。

「うーん、でも、ひつじさんはいわしを食べないと思うし……もしかすると、ひつじさんもいわしさんも、みんなで集まってなにか別のものになりたかったのかも」

 お母さんの答えはちょっと意外なほど詩的で、どういうこと? と尋ねる少年の声も困惑気味だ。お母さんは空を見上げて続ける。

「ひつじさんもいわしさんも、毛皮やうろこを脱ぎ捨てて、空から飛んでみたかったのかもしれないね」

 私は、そしておそらくスーツのおじさんもぼんやり想像する。うろこという服や立場を脱ぎ捨ててひとつに溶け合い雨となり、地上にしとしと降り注ぐ。そしてまた巡り巡って空に昇って繰り返す。

 空に浮かぶあれは、既に誰かが脱ぎ捨てたうろこなのかもしれない。

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