12日目 坂道

 私は元々、気持ちの浮き沈みの少ない性格だけれども、気分が落ち込むときはいつも、坂道を転がり落ちるようにあっという間だった。

 自分ではコントロールのできないこと、抗いようのないできごと、向こうから突然ぶつかってきたなにかやっかいなもの。

 あるいは、自分自身のどうしようもなさ、変えたくても変えられない性質、良い人間であろうとしていつも失敗してしまうこと。

 それは、一歩一歩ひいこら言いながら進んでいる私の足下をいとも簡単に掬っていく。きつい坂道を登ってきたのだ、転んで落ちるときはあっという間に下の方まで落ちてしまって、しばらくは歩き出す元気もわかない。

 私が毛布に包まっていると、人外のものたちのひそひそ声が届いた。

「お嬢ちゃんは、落ち込むといつもああさ。夏はぬるい風呂につかるし、冬はああして布団に潜り込む。天岩戸よりは早く出てくるから、放っとけ」

「一日見ておったが、何に落ち込んだのか全く分からなかったぞ」

「百年、人の世を見ていても分からないのかい。そんな世界で生きていくのは、たしかに、大変そうだね」

 どうして私は彼らと同じ存在として生まれなかったのだろう。そんなことを考えてしまう厚かましさと浅ましさにも嫌気がさす。

 けれど、何か一つのものとして生まれ、そのためだけに生きていつか自我を持つようになるのは、随分シンプルで分かりやすい生き方だと思った。

 それとも彼らも、長い坂道を登っている途中なのだろうか。誰にも代わってもらえず、たったひとりできつい坂道を上り続けるこの旅路。横を見れば彼らもまた汗をかき苦しみながら坂を登っているのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る