第5話「聖女の力の活用法」

 素手で受け止めているように見えるが、実際はもちろん違う。

聖鎧せいがい】の効果によって、皮膚に触れる前に押し留められているのだ。

 別に受け止める必要なんて無かったが、守られているとは言えやはり首筋に刃物が当たるのは肝が冷える。

 なので、手を守りに使った。

 それだけだ。


「あ、ぉ、んん!?」


 私兵は目の前の出来事の受け入れに、やけに時間を要している。

 その間に私は剣を、ぎゅぅ……と握りしめ、ぽつりと呟いた。


「【武器破壊】」


 私が握る場所を中心に剣が砂状に変化し、風に溶けていく。


 危害を加えるものを破壊することで、結果的に【癒し】をもたらす――これも【癒し】の力の拡大解釈だ。

 自分でやっておいて「こじつけここに極まれり」だが、それでちゃんと効果が出るのだから仕方がない。


 私兵は柄だけになった剣を見ながら、口をパクパクさせた。


「な、なななななな、なんだこ――!?」

「聖女パンチ」

「れぇ!?」


 私が適当に腕を振り下ろすと、地面をバウンドしながら彼は吹き飛んだ。

 ただの攻撃ではなく、これにも聖女の力が込められている。

 攻撃してくる対象を排除することで結果的に【癒し】を――ああ、自分で言っておいて何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。

 まあ、だからこそ魔法は面白いんだけど。


「が――か、風よ! 我が魔力を対価に敵を切り裂け!」


 私兵は吹き飛ばされながらも、魔法を使って反撃してきた。

 攻撃しつつ、その余波を用いて吹き飛んだ衝撃を和らげている。

 威力も申し分ない。なかなかどうして、魔法の扱いにも長けているようだ。

 しかし……。


「効かん」

「!?」


 【聖鎧】にほぼ全ての魔力をつぎ込んでいるいま、物理攻撃は当然ながら、魔法攻撃も完全に無効化している。

 『魔力が尽きるまで』と限定的ではあるものの、今だけは私が世界最強だ。


 ……いや、やっぱり訂正。そこまで強くない。

 自惚れるのはほどほどにしておかないと。


「ば……馬鹿、な」

「二つ、間違いを訂正するわね」


 距離を詰めると、私兵は「ひっ!?」と、腰を抜かして後ずさりし始めた。

 先ほどの勢いは完全に雲散霧消している。


「一つ。私を殺しても税は減らないわ。聖女が死ねば、またどこかから新しい聖女が誕生する――そういう構造システムなの」


 魔法と同様――いやそれ以上に、聖女については不明な点が多い。

 どちらかを完全解析することが夢ではあるけど、おそらくどちらも無理だろう。

 人生を賭しても解決の糸口すら掴ませてくれない不可思議な力。

 本当に、興味が尽きない。


「そしてもう一つ。いきなり押しかけてきた私よりも先に罰しなければならない人間がいるわ」

「……?」


 私は拳を握りしめ――そして、大きく振りかぶった。


「私の可愛い可愛い妹をバカみたいな理由で泣かした……あんたのとこの、バカ当主よッ!」

「ほげぁ!?」


 再び聖女パンチを食らわせると、私兵の頭が地面にめり込んだ。


「んー。ちょっと加減が利いてない感じがするわね……調整しないと」


 自分の手を何度も握ったり開いたりしながら、違和感を少しずつ修正していく。

 力加減を誤って、ウィルマを一発でしてしまったらいけないからだ。


 ルビィを泣かせた罪を、しっかり分からせなければ。

 そう――しっかりと。

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