第4話「戦闘開始」

 夜明けと共に、私はウィルマ伯爵邸の前に到着した。

 事前連絡もなしにズカズカと門に近付く私を、二人の門番が怪訝そうな顔で睥睨する。


「止まれ。何の用だ」

「ウィルマ伯爵に喫緊の用があって来たの。通して」

「通すわけ無いだろうが。ほら、帰れ帰ぇっ!?」


 門番の額を指で弾くと、脳震盪を起こしたようその場に倒れ伏した。


「き……貴様ぁ! ここをウィルマ伯爵邸と知っての狼藉か!」

「知ってるって言ったじゃない」

「ごべ!?」


 もう一人も同じようにデコピンで黙らせる。


「さてと」


 倒れた二人を放置して、私は正門の横にある小さな扉を蹴り飛ばして強引に開けた。

 これは見せしめだ。


 だから、遠慮も隠蔽も必要ない。


「派手にやりましょうか」



 ▼


 ウィルマ伯爵邸はとても広い。

 どちらかというとこぢんまりとしている私の実家とは大違いだ。

 さすが国内で上位に入るお金持ちの屋敷と言えるほど中は立派で、本館に辿り着くまでも結構歩かないといけない。


「何者だ!」


 見張りらしき三人組に剣を構えられる。

 侵入者は賊と見なし、斬り捨てて良い。

 大抵の貴族の御多分に漏れず、ここもそういうルールだろう。

 しかし、賊には見えない私の身なりを見て、相手は戸惑っている。


「あれ、あなたは……」


 三人組のうち一人は、私を知っているような素振りを見せた。

 ――もちろん、そんなことで手加減はしない。


 一瞬で二人を昏倒させた後、残る一人の首根っこを掴む。


「な……早、すぎる!?」


 何が起きたか分からない。

 そんな風に目を白黒させながら、見張りの男は脂汗を浮かべた。


「そんなに怖がらないで。あなたに伝言を頼みたいの」

「で、伝言……?」

「ウィルマ伯爵に伝えなさい。ルビィの姉が、妹が世話になった挨拶をしに来た、ってね」

「……思い出した! あなたは、いえ、あなた様は!」

「無駄口は叩かないで。ほら、行ってらっしゃい」


 手を離すと、男は慌てて屋敷の方に駆け出した。

 これでよし。


 素直に謝意を示すなら、十発ぶん殴るくらいで許してあげないこともない。



「何やら騒がしいと思えば――随分と暴れてくれていますねぇ」

「――っ」


 先に進もうとしたところに騎士の鎧を着た男が現れ、道を塞いできた。

 ウィルマお抱えの私兵だろう。

 金を持った貴族は国に咎められない程度に兵団を持つことが多い。

 ある意味、私兵は金持ちの証だ。


「賊にしては大した度胸です。お名前は?」

「クリスタ・エレオノーラよ」

「クリスタ……クリスタ?」


 やけに芝居がかった騎士の男は、私の名前にううんと頭を捻ってから手を打った。


「――あぁ。聖女とかいう税金泥棒の一味ですね」

「……」


 魔法技術が発達したいま、聖女の力である【守り】と【癒し】の力は無二の能力でなくなってきている。

 火の魔法でも守ることはできるし、水の魔法でも癒やすことができる。


 残るは主たる目的である国を守護する『極大結界』だけど、これは一般人はもちろん魔法に精通した者でも目視できない。

 聖女だけが存在を認知し、管理・維持できるものだ。


 そういう時代背景であるため、聖女を税金泥棒と揶揄する者は少数だが存在する。

 これも時代の流れと言ってしまえばそれまでなのだが……少しだけ、もの悲しい気持ちになる。


「そうね。いまは結界の維持もしてないからそういうことになるかしら」

「いまは? いつもの間違いではないですか?」

「今日はそういうことを言いに来たんじゃないの。そこを通しなさい」

「それはできない相談です。聖女といえど、罪が見逃される道理はありませんから」


 私兵は細身の剣を取り出し、やはり芝居がかった仕草で構えた。

 装備の質もそうだが――本人の練度も、見張りとは比べものにならない。


「ここであなたを斬り捨てれば、多少は無駄な税も浮くというものです」

「――!?」


 瞬きの間に、私兵は懐に飛び込んできていた。

 まるで空間を移動したかと錯覚するほどの早さ。限られた者が厳しい鍛錬を積んだ末に到達できる身のこなしに、思わず声が出る。

 見込み通り、相当なレベルの猛者だ。


「成敗」


 普通だったら手も足も出せずに負けていただろう。

 ――普通、だったら。


「ほい」

「……は?」


 首筋めがけて振り抜かれた剣をと、そいつは呆気に取られた顔をした。

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