第28話 逆襲のラビバニ部族

見た目が狐のイオカル部族と別れた後、夕刻には次の道標のトレントまでたどり着いた。


するとそこには珍しく先客がいた。

ウサギ耳に、灰色の体毛の男性だった。中肉中背だが猫背で、どこか自信なさげな雰囲気だ。

「…なんとかお願いできないでしょうか?」

その男性がペコペコとトレントに向かって頭を下げている。

「そう言われても何も出来んよ。自分で何とかせい、としか言えんな」

トレントは困り顔でそう返していた。

「そこをなんとか」「無理なもんは無理」

と言ったような不毛なやり取りがさっきから続いている。

俺とニャーコは顔を見合わせて首を傾げる。


俺たちが挨拶をすると、不毛なやり取りに終止符が打たれた。

トレントはあからさまにホッとした表情を浮かべると、こう言った。

「おお、そうだ。旅人の意見も聞いてみたらどうだ」

おい!勝手に厄介ごとに巻き込むな!

と思ったのだが、こちらが何かを言う前にウサ耳男性が勝手に話し始めてしまった。

「聞いてください!実は…」


男性はラビバニ部族の者で、この近くに集落があるそうだ。

最近になって近くにイオカル部族が引っ越してきたのは、俺たちもさっき知った通りだ。

しかし、困ったことに良い狩場や採取場にイオカル部族の者が割り込んで来て、ラビバニ部族の者を威圧してくるのだそうだ。

ラビバニ部族は臆病で引っ込み思案な性質らしく、強い態度で来られるとどうしても委縮してしまうのだという。

暴力でも振るわれたのなら、他の部族に仲裁を依頼できるのだが、言葉や態度での威圧だけだとそれも難しい。

何とかトレントに口添えをお願いできないかと、ここにやって来たということのようだ。


「確かに、部族間の揉め事は、暴力沙汰でもない限り当事者同士で解決するのが当たり前だからね」

とニャーコもトレントと同じ意見のようだ。

「はぁ、やはりそうですか」

ウサギ耳の男性が溜息を吐いてしょんぼりする姿に哀愁を感じる。

「はぁ、あの場で言い返せるだけの勇気が僕にあればいいのに…」

そう言ってまた溜息を吐く男性の言葉に、俺はピンときた。

「あるぞ、ちょうどいい物が」


◇◆◇

(第3者視点)


この時期はアビケーの実りが最盛期を迎える。

赤くて楕円形のアビケーの実は甘みが強く、乾燥させると長期保存がきくため、ラビバニ部族は集落総出で摘み取りに出かける。

見渡す限り一面にアビケーの木が立ち並ぶ絶好の採取場に散らばって、大人も子供も一緒になってアビケーの実を摘み取り、袋に詰めていく。


しかしそこに招かれざる客が現れた。

「ハイハイ、今日からここは私たちの縄張りになりました。関係のない者は即刻立ち去ってください」

「どけどけ!何勝手に俺たちのもん取ってんだ、あぁん!」

狐の特徴を持つイオカル部族の者達が大声で周囲を威圧しながらそこらを歩き出した。

「ひぃ!」

「うわぁぁん」

ラビバニ部族の大人は悲鳴を上げて後退り、子供たちは泣き出した。


イオカル部族がこの近くに集落を作って以来、こういう光景が度々見られるようになった。

最近では臆病なラビバニ部族がろくに抵抗しないのをいいことに、イオカル部族の者達は遠慮と言うものが無くなって来ていた。

怯えるラビバニ部族の姿に、イオカル部族がニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「そこまでだ!悪党ども!」

そこに鋭い声が響き渡る。

その場にいる全員の視線がその声の元に向かった。

「え?」「は?」

そちらに目を向けた者は例外なく間抜けな声を上げるしかなかった。


声を発したのは、ウサ耳で中肉中背の灰色の体毛の男性だった。

ただし、その顔が異様だった。

直線が多用された顔のデザインで、赤や黒でカラーリングされているお面で隠されていたのだ。

(なぜお面?)とその場の誰もが呆気に取られる。

「ここは先祖伝来のラビバニ部族の縄張りだ。新参者のイオカル部族の者こそ即刻この場を立ち去るが良い!」

ビシッと指を突き付けて言い放つお面の男。

鼻白んだイオカル部族の者達の中で、リーダー格の狐男がハッと我に返り言い返す。

「ほっほう、よろしいのですかそのような態度で。貴方たちも知っているでしょう。我々が声を掛ければ、最凶のニャントモ部族の者達が黙ってはいませんよ?」

と余裕の態度で一歩踏み出してくる。

周囲で見守っていたラビバニ部族の者達は「ニャントモ部族」の名を聞いて震えあがった。

その様子を見たイオカル部族の者達が調子を取り戻し、ニヤリと笑みを浮かべてリーダーの後ろに並ぶ。


「…フハハハハハ!」

しかし、お面男はその言葉を聞いて笑いだした。

「な、何が可笑しいのですか!」

「フッ!私は知っているぞ。お前たちの背後にニャントモ部族などいないということをな!」

またしてもビシッと狐男を指さして言い放つ。

狐男の頬がピクリと引き攣る。が、歯を食いしばって平静を保つ。

「…訳の分からない事を。私たちイオカル部族とニャントモ部族は昔から同盟を結んでいます。一声かければすぐに援軍が送られてきますよ」

「それが嘘だというのだよ。ニャントモ部族はそのような同盟など結んでいない。よって、援軍など来ない」

お面男は堂々と言い放つ。

「くっ、証拠でもあるのですか」

苦し紛れに狐男が問うと、お面男は胸の前で拳を握り、親指を立てて自分のお面を指す。

「ああ、あるとも。このお面こそがその証拠だ」

「な、何!」

狐男がついに驚愕に顔を歪ませ、慌てだした。他のイオカル部族の者達もつられて動揺し始めた。

一方、怯えていたラビバニ部族の者達も風向きが変わった事を感じて、お面男の後ろに集合していった。

「このお面はとある旅人にいただいたものだ」

「旅人だと?それがどうして証拠になるのです」

お面男のその言葉に狐男が怪訝そうに問い返す。

「その旅人には同行者がいた」

「?」

「それが…、ニャントモ部族のニャーコ殿だ!」

「!」

狐男は目を見開き、脂汗をダラダラと流し始めた。

「そう、そのニャーコ殿に確認したのだよ。その同盟とやらをね。そうしたら、ニャーコ殿はそのような事実はないと断言していた。そもそもニャントモ部族は貴様らのような卑怯な真似を何よりも嫌う部族だから、味方をするならラビバニ部族にするともおっしゃていたぞ!」

お面男のその言葉に、ラビバニ部族の者達は顔を輝かせ、イオカル部族の者達は絶望の表情を浮かべた。

「く、クソ!帰るぞ、お前たち!」

リーダー格の狐男が声を掛けると、イオカル部族の者達は文字通り、尻尾を巻いて逃げ出したのだった。

それを見送るラビバニ部族の者達からは歓声が上がった。


◇◆◇


「あのラビバニ部族の人、上手くやってるかな?」

「どうだろうな。ま、昨日の様子なら大丈夫だろうさ」

そう。俺は昨日、お面の屋台を出して、特撮ヒーロー物の赤いお面を彼にプレゼントしてやったのだ。

これを被れば勇気100倍、君も今日からヒーローだ!

と言う事を説明して試しに被らせてみれば、まるで人が変わったかのように堂々とした態度に変わったからな。

その状態で少し話してみた感じだと、正義感があり、言動もしっかりしている様子だったから、まず大丈夫だろうと俺は思っている。


「それにしても、勝手にニャントモ部族の名を持ち出すだニャンて、イオカル部族の奴ら許せないニャ!」

ニャーコはまた怒りが沸いたのか、足を踏み鳴らしながら歩いている。

昨日の夕方に、お面を上げたラビバニ部族の男性から事情を聴いた直後なんて、「今からイオカル部族に殴り込む!」と言って飛び出しそうになったもんで、慌てて俺とウサ耳男性の二人がかりでなんとか止めたからな。

部族間(と言うか”始原の民”同士)での暴力沙汰は、創造神様から禁止されてるものだから、かなり大事になるらしい。

止められて良かったよ。


そんなニャーコを宥めながら、さらに南へと歩みを進めた。

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異世界テキ屋~チートは縁日の屋台~ 雪窓 @yukimado

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