第27話 挿話:ユニの町の”休息日”

【ユニの町:ジェイシー視点】


「それでは皆さん、今日も一日よろしくお願いしますね」

「「「はい!」」」

私の前に整列した「テキ屋見習い」の人たちが元気よく返事をして、各々の仕事場へと笑顔で向かって行きました。

(今日は”休息日”だもの、いっぱい稼がなきゃ!)

彼らを見送ると、自分も帳簿を片手に神殿の前庭に赴きます。

休息日は、普段と違ってここが屋台の営業場所になります。

「<ショバ管理>」

職業スキルを発動すると、この前庭の様子が手に取るように分かるようになりました。

ケンジさんのスキルのように黒服の警備員を出すとか、ゴミや汚物を一瞬で消し去るような奇跡は起こせませんが、それでも状況を把握できるだけでもとても助かっています。


思えば、ここで縁日を開催するのは、あの魔物の大群を撃退して以来のことですね。

あの襲撃は本当に恐ろしかったです。正直言って、もうダメだ、私はここで死ぬんだって思いました。

でも、私たち「テキ屋」の職業持ちの活躍により、ほとんど被害を出さずに切り抜けることができんですよね。

あれは本当に奇跡のような出来事でした。


ハズレ職業持ちの”職無し”な上にドジで周りに迷惑ばかりかけていた私が、今ではこうして職を持ち、テキ屋の皆さんの取りまとめ役をやってるだなんて、想像もしていませんでした。

それもこれも、全てケンジさんのおかげです。

本当にどれだけ感謝しても足りません。

ケンジさんがまたこの町に戻って来られたら、その時には精一杯の恩返しをするつもりでした。


それなのに。


ケンジさんが、北の大都市”ホクト”に向かう途中で行方不明になったと聞きました。

途中で立ち寄った街の宿屋で、忽然と姿を消したのだそうです。

必死の捜索にも関わらず、何の手がかりも得られなかったらしいです。

ショックでした。

それを神殿のヤーリテさんから聞かされて、目の前が真っ暗になりました。

でも、テキ屋仲間のアーネさんやオヤージュさん達に「あのケンジが死ぬはずない」と諭されて、私もそう思いました。

ケンジさんの事です、きっと何か事情があって姿を消したに違いありません。絶対に無事なはずです。

そう自分に言い聞かせて、それまで以上に仕事に打ち込んで頑張ってきました。


でも、こうして不意にケンジさんの事を思い出すと、そこはかとない不安が押し寄せてきて…


パシンと肩を叩かれました。

「どうしたのジェイシー」

綿あめ屋台のアーネさんでした。

とてもステキで頼りになる大人の女性です。憧れます。

その笑顔を見て、私の中のわずかな不安が消えて行きました。

「いえ、何でもありません」

私も笑顔でそう答えると、アーネさんは一つ頷いて「今日も稼ぐよ~!」と言って、屋台の方へと歩き去りました。

(ありがとうございます、アーネさん)

心の中でお礼を言うと、私も各屋台の確認へと向かいました。


◇◆◇


「それではお疲れ様でした」

「「「お疲れ様です!」」」

”休息日”の営業を終えて、皆さんは疲れが見えるものの充実した顔で宿舎へと戻って行きました。

ケンジさん抜きで迎える初めての休息日なので不安もありましたが、今日も大盛況で、大きなトラブルもなく、無事に終える事が出来てホッとしました。


私は一人で神殿の事務所に残り、今日の帳簿を整理していました。

すると、そこにシスター長のマームさんが慌てた様子で礼拝室の方から駆け込んできました。

「マームさん、どうしました?」

「こ、これ、手紙!」

そう言って手に持った手紙の封筒らしきものを私に差し出してきたので、思わず受け取ってしまいました。

表には「神殿の皆さんへ」と書かれています。誰からでしょう?

何の気なしにひっくり返して裏面を見て、思わず息を飲みました。


そこには、「ケンジより」と書かれていたのです!


思わずマームさんを見ると、彼女は目に涙を浮かべて何度も頷いていました。

「良かった、無事だった」

私の口から言葉がこぼれると同時に、私の視界も涙でかすんでしまいました。


その後、宿舎の方に私とマームさんが手紙を持って行くと、大騒ぎになりました。

歓声を上げる人、泣き出す人、反応は色々でしたが、皆が喜んでいます。

「それで、中には何と?」

お好み焼き屋台のお爺さん、ジサーマさんがそう聞くと、他の面々もこちらに注目します。

「あ、まだ開けてません」

「ありゃ」「え~」「開けてないんかい!」

皆さんがガクッと脱力しました。

「しょうがないじゃないですか。まずは皆さんにお知らせしなきゃと思って急いで来たんですから」

そう言いつつ、皆さんの視線に押されて私は封筒を開けようとします。

が、元々不器用な私はもたもたしてなかなか開けられません。

見かねたジサーマさんが「貸してみろ」と言って私から封筒を受け取り、さっさと開けて私に戻してくれました。

「ありがとうございます。え~と、では代表して私が読み上げますね」

皆から注目されていつもなら緊張してたでしょうが、そんなのも気にならないくらいに手紙の内容の方が気になっています。


「神殿の皆へ……まず最初に俺は無事で元気にやってるから安心してくれ」

「やっぱりな」「良かった~」「ケンジさんらしいです」

私が読み上げるのを聞いている皆から声が上がる。私もホッと胸をなでおろしました。

「俺は今…(っ!)…”始原の森”という場所にいる」

「「「はぁ!」」」

ですよね。私も思わず声を上げる所でした。

おとぎ話や神話の中に出て来る”始原の森”は実際には存在しない場所と言われていますから。


でも、ケンジさんの手紙の続きを読んでいくと、それが冗談やごまかしではなく、本当の”始原の森”だと納得させられました。

「流石はケンジさんだな」「あの人なら、まぁそういうこともありそうだ」「すごいわねぇ」

”始原の民”との遭遇に、その集落での縁日の様子など、行方不明になってから何があったかが書かれていました。

ケンジさんの非常識さと、テキ屋らしさを、改めて実感させられる内容でした。


「最後に、時間がかかっても必ず帰るから、心配しないでくれ。皆も元気で。…これで終わりです」

パチパチパチパチ、と拍手が沸き起こりました。

涙を流している人もちらほらいますが、皆一様に笑顔で、ケンジさんの無事を喜びました。


(ケンジさん、必ず帰ってきてくださいね。待ってますから)

私は手紙を胸にかき抱いて、そう心の中で呼びかけました。

ケンジさんに届くことを願って。

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