第26話 進路変更
翌朝、朝食を済ませて外に出た俺たちはトレントさんに挨拶をして、昨日の作業の結果を見るため、ぐるりと幹を回り込んだ。
「おっ、これは」
「わぁ、すごいね!」
昨日枝にびっしりと張り付けた綿あめは姿を消し、その代わり、萌黄色の若芽がたくさん現れていた。
白っぽかった樹皮も、他の箇所と遜色ない色に戻っていた。
「成功だな」
どうやら綿あめは外部から貼り付けても効果を発揮してくれるようだ。
早速トレントさんにその様子を報告する。
「はっはっは、そいつは凄いのう。調子が良いとは思っておったが、若芽が出る程とは思わなんだ。ケンジ殿、本当にありがとう」
「役に立てて良かったよ」
「これは何かお礼をせねばならんのぅ。うーむ。よし、これを持っていきなされ」
トレントさんがそう言うと、頭上でパキッという音がしたかと思うと、トレントさんの顔の下に1メートルほどの長さの枝が落ちて来た。
俺が近づいて拾ってみると、その枝は仄かな緑色の光に覆われていた。
「それは<
「…地中を通って移動?」
どういうことだろう。
ニャーコの方を見て見ると、彼女もきょとんとした顔をしていた。
「うむ。少し離れたところで試してみると良いじゃろう」
俺たちは昨日歩いてきた道をしばらく戻り、言われた通りに枝を地面に刺してみた。
「おわっ!」「ニャッ!」
途端に枝から細い枝が沢山生えてきて、ぶわりと広がり、俺たちを球状に包み込んでしまった。
周りがすっかり見えなくなってしまった。
と思うと、そのまま移動を始めたようでグラグラと揺れて、俺はその場に尻もちをついた。ニャーコは何とか転ばずに踏みとどまった。
すぐに振動が止まり、枝がほどけて外の様子が見えた。
「どうじゃ?」
目の前にはさっき別れたトレントの楽しそうな顔があった。
「これは凄いな」
「森の端から帰ってくる時に便利じゃろ」
「ニャ、それは助かるよ」
うん、確かに。この枝はニャーコに渡すことにしよう。
トレントさんからこの先の道のりについてから情報を貰い、別れの挨拶を済ませた俺たちは、再び森の中へと歩みを進めた。
◇◆◇
次の”道標のトレント”までの道のりを教えてもらったので、旅路は順調だった。
食料も<森の住処>の備品カタログでいくらでも手に入るから、途中で狩りをする必要もなくなったので、ひたすらに西へと向かって歩く。
おかげで、その日の夕刻には次の道標のトレントの下へとたどり着くことができた。
今度のトレントは若い方らしく、昨日の老トレントに比べれば半分以下の太さの幹だった。
あの老トレントの所から来たことを伝えた所、
「ああ、あの爺様はこの森が外の世界と隔離された頃から生きてるらしいからね。5本の指に入るほど高齢のはずだよ」
と教えてくれた。
情報収集のために、近くにお好み焼き屋台を呼び出して、若手トレントさんと雑談しながら夕食にした。
その中で一番気になったのが…
「ドラゴンがいるのか!」
「ああ、いるよ。ごく稀にだが、この辺の上空まで飛んでくることもあるね」
ユニの町でワイバーンというモンスターの話を聞いたが、あれは飛ぶトカゲって感じでドラゴンではないらしい。
こっちの世界でもドラゴンは神話の中の存在で、実在しないと言われていた。
ファンタジー生物の代表格ともいえるドラゴン。
そのドラゴンの姿を妄想しているとニャーコから声がかかる。
「ウニャ?ケンジ、ドラゴンが見たいの?」
「そうだな。できれば見てみたいな」
俺がそう答えると、トレントさんが教えてくれた。
「それなら、南の山岳地帯を目指すと良い。あそこは”竜の巣”と呼ばれていてね、色んな種類の竜がたくさん住んでるはずだ」
「竜の巣…」
なぜか俺の頭の中には、昔見た図鑑にあった、ジュラ紀の恐竜たちが闊歩する草原の絵が浮かんでいた。
「竜の巣、行ってみる?」
ニャーコも好奇心に目を輝かせている。
こうして俺たちの旅の進路は南に変更されることになった。
情報によると、”竜の巣”までは6人の道標のトレントを経由する必要があるそうだ。
何事もなく頑張って進めば6日ほど、余裕を見て8日~10日程はかかるだろうか。
◇◆◇
順調に歩みを進め2日後、最初の老トレントから数えて3人目のトレントに向かって森の中を歩いていると、視界のマップ上に反応があった。
前方に黄色の光点が現れたのだ。
ここまでの道中では、こちらの気配を察知して逃げるのか、前方にこうして光点が現れる事が無かった。
ニャーコも歩みを止めて耳をピクピクさせた。
「何かいるみたい。ちょっと見て来るから、ケンジはここで待ってて」
「おう」
する事も無いのでマップを見ていると、ニャーコの青い点が黄色い点に向かって行く。
「ん?」
一旦止まった青い点がゆっくりと黄色い点に近づいていった。
そして、並んだ状態でしばらくそのままだ。
「どうしたんだろ」
『向こうの様子をモニターに映しますか?』
「できるのか?」
『はい。何かあっても対応が可能なように、ニャーコ様に私の分体を付けておきました』
さらっとそんなことを言って、俺の目の前にモニターを表示させる精霊。
ホント有能なヤツだよな。
モニターにはニャーコと会話している、初めて見る獣人が映っていた。
三角の尖った耳と、黄土色の体毛、そしてふわっとした尻尾。
何となく狐っぽいイメージだな。
しばらくして、ニャーコが高速でこちらに戻って来た。
「おまたせ。イオカル部族の人だったよ。この先に集落があるんだってさ」
「そうなのか。どうする、寄ってくか?」
「ウンニャ、何だか最近引っ越してきたばっかりでごたごたしてるみたいだから、そのまま進もう」
「そっか、了解」
そんなわけで俺たちは予定通り先を急いだ。
残念ながら、俺が先に進んだ時にはさっきのイオカル部族の人は立ち去った後で、直接見る事はできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます