第25話 道標の樹木人

俺とニャーコは時折雑談を交わしながらひたすらに歩く。

相変わらずの深い森の中で代わり映えの無い景色だったが、昼に差し掛かる頃、ようやく変化が訪れた。

「ほら、見えて来たよ」

先を歩くニャーコが前方を指さして言うが、俺には全然見えない。

(精霊、頼む)

『はい!<遠見>』

俺の視界の一部がズームされて遠くのものが見えるようになる。

そこには物凄く大きな樹木が佇んでいた。

「あの大木がそうか?」

「うん。あれが”道標の樹木人トレント”だよ」

道中でニャーコが聞かせてくれた話によれば、この森の中には一定の間隔で樹木をベースとした妖精族である”樹木人トレント”が立っているそうだ。

樹木なんだから、植わってるとか生えてるじゃないのかと思ったが、一応歩けるらしいので、「立っている」と表現するらしい。

森を旅する者は、このトレントたちを道標とすることで迷わずに進むことができるので、旅人にとっては欠かせない存在なのだとか。


俺たちが近づいて行くと、10人の大人が両手を広げて輪になっても囲めなさそうな巨木の幹の表面が動き出し、2つの瞳が現れた。

それでようやく、そこが顔だと分かる。

閉じていた瞼が開いたというわけだ。

「こんにちはー、トレントさん」

「おお、森の友よ。よく来たのぅ」

ニャーコのあいさつに、低く響く声が返ってきた。

俺も挨拶をして自分が”新しき民”だと伝えると、予想に反して、トレントの反応は意外なものだった。

「やはりそうだったか。”新しき民”とは懐かしいのぅ」

てっきり驚かれると思っていたんだが。

「トレントさんは”新しき民”と会った事があるのかニャ?」

「ああ。儂がまだ若木だった頃にな。あの頃は儂もあちこち歩き回っておってな、森の端にも行ったことがある。その時にな、森に迷い込んだ”新しき民”と出会うたのだ」

う~ん、この大木が若木の頃となると、何百年も昔の話だろうな。

「その時は言葉も通じず、やたらと怯えられてしまってな。他の森の友と協力して、森の外に送り返してやったんじゃが、一苦労だったよ」

トレントさんは懐かしそうに語った。

「その”新しき民”と言葉を交わすことができるとは、長生きはするもんじゃ。ケンジ殿、良ければ森の外の話を聞かせてもらえんかのぅ」

「ああ、もちろん」


ちょうど昼時だったので、トレントさんの足元(根本?)の草地に炭火焼屋台を出して串焼きを適当に作って昼飯にした。

トレントさんは飯を食わないらしいが、俺の作る様子やニャーコの食べっぷりを面白そうに眺めていた。

俺は手を動かしつつ、ユニの町であった出来事を話してやった。

ちょうど綿あめの話題になり、その浄化作用の話が出るとトレントさんが興味を示した。

「それは、植物の病気にも効くのかのぅ?」

「どうだろうな、試したことが無いから分からんが」

「実はな、儂の背中の方にある枝が病に侵されて枯れかけておるのだ。その綿あめとやらで何とかならんかと思ったんじゃが」

「それは大変だな。まあ、試すだけ試してみようか」

というわけで、食後に試してみることになった。


トレントの背中側を見に行った俺たちは上を見上げた。

「あれか」

確かに葉の付いていない枝がある。

枝の色も他の所と違って何だか白っぽい。

俺はその場に綿あめ屋台を出すと、綿あめを作り始めた。

ニャーコは屋台の前でその様子を面白そうに眺めている。

「よし出来た。ニャーコ頼んだぞ」

「任せて!」

俺から綿あめを受け取ったニャーコは、ひょいひょいとあっという間に木の幹を上り、問題の枝に取り付いた。

トレントの口は喋るための物で、何かを食べる事はできないらしい。

となると、患部に綿あめを貼り付けるくらいしか方法が思い浮かばない。

そこで、俺がひたすらに綿あめを作り、ニャーコがそれをどんどん枝に貼り付けていく、という作戦を実行してみた。


「ケンジ、あと2つくらいで終わるよ」

「よし、分かった。これで最後!」

「はーい、行って来るね」

「ふー」

深く息を吐いて伸びをする。結局、100個くらい作ったんじゃないだろうか。

屋台から出て上を見上げると、綿あめで真っ白になった枝が目に入った。

「ハハ、凄いな、こりゃ」

あれだ。クリスマスツリーの飾りで雪の代わりに綿を乗っけるみたいな感じ。樹氷が付いた枝のようにも見える。

「終わりっと」

枝から飛び降りてスタっと地面に着地したニャーコがこっちに戻って来た。

「ウニャ~、ベタベタだよ」

「お疲れ。ほれ、これで手を拭け」

俺はニャーコに濡れた手拭いを渡してやった。

屋台を仕舞って、正面側に戻り、トレントさんに作業の終了を報告した。

「おお、ありがとう、お二人さん。なんだか楽になった気がするぞぃ」

「そうか。ちょっと不安だったけど、効果はありそうだな」

「よかったね、トレントさん」


作業をしてるうちに空が朱く染まってきたので、今日はここで泊まることにした。

適当な太さの木を見つけて<森の住処>を発動すると、ドアが現れる。

それを見ていたトレントさんが驚いて声を上げた。

「ほっほぅ、不思議な事もあるもんだ。なにやら創造神様の気配を感じたが、ケンジ殿、それはギフトかね?」

「ギフト?…確かに、そんな感じの事を言っていたかな」

「ギフトってなんニャ?」

首を傾げるニャーコに、トレントさんが説明してくれた。

創造神様が特別に気に入った者に授ける”贈り物”の事で、ちょっとした奇跡を起こすことができる力の事だそうだ。

そう滅多にあることではなく、長年生きているトレントさんでも今まで数人しか見た事が無いそうだ。

「ただでさえ珍しい”新しき民”なのに、さらにギフト持ちだとはのぅ。ケンジ殿は本当に面白い御仁だ」

トレントさんは楽しそうに笑い声をあげていた。


その晩も<森の住処>で一泊した。

今回で分かった機能として、「備品カタログ」というものがあった。

くじ引き屋台の景品カタログと同じように必要な物を選んで呼び出せるのだが、対価も不要だし、くじを引く必要も無かった。

完全に上位互換だな。

ただ、呼び出せるものが「実家で買ったことのある物」に制限されているようだった。

シャンプーや洗剤などが、実家でよく使っていた銘柄の物だけしか載っていなかったので、多分間違いないだろう。

制限はそのくらいで、食品から日用品、スマホなどの電子機器も呼び出すことができた。

その日の夕飯には、早速カタログで取り寄せた某有名メーカーの冷凍餃子を山ほど焼いて食べた。

ニャーコも俺もしばらく動けないくらいに喰いまくった。


俺は風呂にゆっくりと浸かりサッパリしてから眠りに就いた。

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