第24話 快適な<森の住処>
「ほい。これで足の裏を拭いてから上がってくれ」
「うん、わかった」
ニャーコはふらつくことなく片足立ちで足の裏を拭っていた。
「なんだか、ケンジここに慣れてるみたいだね」
「ああ、俺の故郷の家とそっくりなんだ」
「へぇ、”
こっちの世界の人間がこんな家に住んでると思われると困るが、説明が難しいな。
「あー、そう言うわけじゃないんだが…まぁ今度ゆっくり説明するよ」
「?」
細かいことは後回しにして、中を一通り見て回ることにした。
リビングにキッチン、脱衣所、風呂場、トイレ、和室、洋室が2つ。記憶にある実家の間取りと全く同じだった。
室内にはソファやテーブルなどの家具はもちろん、テレビや冷蔵庫、洗濯機などの家電も完備だ。
電気、水道、ガスも使える。
まるで実家に帰って来たかのようにも思えるが、しかし、生活感がまるでない。
どこもかしこもピカピカで、匂いも実家とはまるで違う。
あくまでも実家を模して新たに作られているらしい。
そして、ニャーコは見るモノすべてが珍しいようで、大はしゃぎだった。
ライトのスイッチをカチカチとオンオフしてピカピカさせて遊んだり、ソファーでボヨンボヨンと跳ねてみたり、トイレでウォッシュレットのシャワーを顔に浴びて悲鳴を上げたりしていた。
そう言えば、ニャーコの集落ではトイレは森の中に穴を掘ってする、だったからな。
俺はニャーコにトイレの使い方を説明しておくことにした。
「へぇー、ニンゲンってこういうところで用を足すんだね。早速やってみよ」
と言うと、俺の見てる前で腰布をまくって便座に座ったので、俺は慌てて外に出てドアを閉めた。
「あれ?ケンジ、ちゃんと教えてよ」
「いや、1人でやってくれ。分からない事があったら教えるから」
「?うん。じゃあ、そこにいてよ」
ニャーコはいちいち確認のために聞いてくるので、それに返答せねばならず、一通り終えるまでドアの前で待機させられた俺は、めちゃくちゃ気まずかった。
その後リビングに戻ってテレビのHDDに入っていた録画番組(電波が無いので普通の放送は見られなかった)を再生してやると、ニャーコは驚愕の表情を浮かべたまま、テレビの裏と表を何度も交互に見て大興奮していた。
「フニャー、ホントにすごいね」
「まぁな。さて、久々に風呂に入るかな」
この森に飛ばされてから、風呂どころかシャワーも出来なかった。もう限界だ。早くさっぱりしたい。
「フロ?って何かニャ?」
ニャーコが首を傾げる。
なるほど、猫だと水浴びはしないだろうから風呂の概念が無いのか。
説明すると、ニャーコも理解したようだ。
「そっか、ニンゲンも水浴びするんだ。アタシ達には信じられない行動だけど、そう言う部族がいるのは知ってるから、だ、大丈夫だよ」
いや、何その反応。
そんなヘンタイを見るような目でこっちを見ないで欲しい。
なんだかニャーコに距離を取られてしまった気がするが、風呂の魅力には抗えない。
ニャーコにはテレビで録画番組を適当に見ててもらうことにして、俺は風呂の準備に向かった。
設備は実家と同じなので、湯船の排水口のゴム栓を閉めてから蓋を被せると、給湯器のパネルをピッピッと操作して、「自動」ボタンを押した。
さて、これであとは湯が溜まるのを待つだけだ。
「♪~お風呂が沸きました」
パネルから湯張りが終わった事を知らせるメッセージが流れた。
「は?」
故障か?そんなすぐ沸くはずないだろう。
と思いつつ、念のため湯船の蓋を開けて見ると、モワっと湯気が上がり、そこは湯で満たされていた。
「マジか」
思わずにやけてしまう。
待ち時間なしですぐに風呂に入れるなんて。
創造神様、最高かよ!
リビングのニャーコに「風呂に入る」と声を掛けたが、ソファーに寝そべってテレビに夢中になってるようで生返事が返ってきただけだった。
まあ良いか。
湯船に入るのはこっちの世界に来て初めてだな。久々の風呂だし、のんびり入るとしよう。
◇◆◇
ぷはぁー。いい湯だった。
いい気分で風呂を上がり、脱衣所で身体を拭いていると、脱衣所のドアが開いてニャーコが顔を出す。
「おわっ!」
「ケンジ!お腹空いたよ~」
ニャーコは目をウルウルさせて、耳がぺたんとなっている。
「あ~、悪かった。すぐ用意するよ」
俺は急いで服を着ると、キッチンに向かった。
ふと時計を見ると、どうやら1時間近く風呂に入ってたようだ。
ついつい長湯をしてしまったらしい。
冷蔵庫はさっき調べたが空っぽだったので、俺はスキルのクーラーボックスを呼び出すと、適当なかたまり肉を取り出して、キッチンのまな板の上に置いた。
ニャーコの空腹を宥めるために、手早く薄切りにして刺身のように皿に並べてやって、差し出した。
「これから夕食作るからさ、とりあえずこれ食っとけ」
と言い終わる前に皿が俺の手から消えて、ニャーコがあむあむと肉を頬張っていた。
しばらくは、これで我慢してもらおう。
夕飯の支度でキッチンを使っていて分かったのだが、スキルの料理系屋台と同じように、”食材変換”も使えるし、調味料は使っても自動補充される。
その調味料についても、実家で見かけた事のあるものは全て揃っており、スキルの屋台よりも充実していた。
鍋やミキサー、オーブンなどの調理器具も、実家にあったものは全部使える。
うん。
やっぱり創造神様はあの女神の上司なだけあって、この<森の住処>は「テキ屋」のスキルの上位互換だな。
実に快適だ。
俺はジュージューと音を立てる油の入った鍋の前に立って、そんなことを考えていた。
結局、夕飯は鶏のから揚げにした。
折角鍋があるし、サラダ油もボトルで見つけたので、揚げ物を食べたくなったのだ。
「熱いから気を付けろよ」
「うん!…あっふぃー!あふっ!」
案の定、ニャーコは熱々のから揚げの洗礼を受けて、あわあわしていた。
俺も久々のサクサクジューシーな味に舌鼓を打った。
「美味い!」「おいしぃ~」
山盛りで作ったはずなのだが、あっという間に食べ尽くされてしまった。
腹を満たすと眠くなる。
俺たちはそれぞれの寝床を決めることにした。
洋間の1つは俺の部屋だったのだが、俺が一人暮らしを始めた後は妹に占拠されてしまい、すっかり様変わりしていた。
部屋中が猫グッズや猫柄の物で統一されていた。
多分、あの妹がニャーコを見たら大興奮するだろうな。
ニャーコはこの部屋を一目で気に入ったようで、彼女はこの部屋を寝床と定めた。
そんなわけで俺は両親の寝室を使うことにした。
室内は全て新品なので、匂いなどは全くなかった。
広々としたベッドを独り占めして実に快適だ。
久々の文明的な生活で心が癒されたのか、その晩は久々にぐっすりと眠ることができた。
◇◆◇
翌朝はとてもさわやかな寝覚めだった。
久しぶりに何にも邪魔されずにゆっくり休めた気がする。
ただ、惜しむらくは窓から差し込むさわやかな朝日が無かった。
と言うか、この家には窓が無いのだ。
恐らく、ここが異空間の中にあるからだろう。
もし窓があったらどんな光景が見えていたのか、ちょっと気にはなる。
顔を洗い、朝食にはニャーコのリクエストでホットケーキを焼き、歯を磨いて出発の準備を整えた。
「よし、行くか」
「お~!」
玄関から出ると、目の前には昨日と同じ森の風景が広がっている。
う~ん、文明的な暮らしと原始的な森のギャップが半端ない。
振り向いて<森の住処>の解除を念じると、ドアが消えて、窪んでいた木の幹がグググっと盛り上がって完全に元通りになった。
「ウニャ~、やっぱり不思議だね」
「ああ、そうだな」
木の幹をペタペタと触っているニャーコに、俺も同意する。
「これから先も休憩にはこれが使えるから」
「うん。すごく便利だよね。わざわざ野営場所を探さなくていいし、なにより見張りが要らないのが良いよね」
見張りか!全く考えてなかった。
まぁ、くじ引き屋台を使えば防犯バリアがあるし何とかなっただろうが、<森の住処>の方が断然使い勝手は良いよな。
創造神様に感謝しつつ、俺は今日も森へと分け入っていく。
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