森を歩く

第23話 森の旅路・1日目

「ん・・・、朝か」

住居の入り口から漏れ入る光で朝だと分かった。

俺は今見ていた夢を思い出す。

石造りの神殿とその中での創造神様との会話に、へっぽこ女神との会話の内容。

うん、鮮明に思い出せるな。

(やっぱり夢じゃないのか)

『はい。私が保障しますよ』

いつも通り姿の見えない精霊が話しかけて来た。

あの後、創造神様からは「ぜひ始原の森を楽しんで行ってくれ」と言われて、俺は神殿を後にした。

で、気づいたら目が覚めていたというわけだ。


なんにせよ、急いで森を脱出する必要も無くなったからな、ニャーコに案内してもらって森のいろんな所を見て行くのも良いかもしれない。

(そうだ、ユニの町のみんなに手紙くらいは送りたいな)

『大丈夫ですよ。神様とも連絡が取れるようになったので、精霊のネットワークを介して森の外側へ仲介してもらうことが可能になりましたから』

(本当か!そいつは助かる)

早速手紙を書くとしよう。


昨日と同様、外に出て屋台の調理台で顔を洗った後、手紙を書き上げて精霊に配達を依頼する。

『承りました。精霊ネットワークを使って、最短なら2日で先方に到着しますよ』

いきなり失踪した形になっているからな、さぞかし心配させてしまっただろう。

これでようやく無事を知らせる事ができる。よかった。


その後で、試しにくじ引きの景品カタログを開いてみた。

朝飯になるような物をと思い浮かべると、コンビニで売ってるようなサンドイッチとパック牛乳が現れたので、当たりくじを引いて、それで軽く朝食を済ませた。

この程度の地球産品であれば問題ないらしい。



朝食を済ませ、旅の身支度を整えた俺とニャーコは集落を出発した。

「それじゃニャーコ、気を付けるのよ」

「しっかりやれ」「無茶すんなよ」「帰ってきたらお話聞かせてね」

スノーさんにサバールさん、ライオネスさんとティガーさん、パルドに見送られて集落の外れまで行くと、集落の住人達がちらほらと立っていた。

「気をつけてな」「楽しかったよー!」「また来てね!」「うう、あの美味いもんがもう食えないなんて~」

等と見送りに駆け付けた住人達に声を掛けられ、別れを惜しみながらの旅立ちとなった。

「じゃーな!」

俺は大きく手を振ると、ニャーコと共に森の中へと分け入っていった。


◇◆◇


「うぁー、キツイ・・・」

「大丈夫?ケンジ」

汗だくでしゃがみ込む俺の顔を、ニャーコが心配そうにのぞき込む。

あれから2時間程、森の中を歩き通しだ。

ニャーコはケロッとしているが、俺はご覧のありさまだ。

「すまんな、脚を引っ張って」

「良いよ良いよ。ケンジが弱っちぃのは知ってるからさ。本当に背負わなくて大丈夫?」

「ああ、流石に背負われるのは格好悪すぎるからな」

「そんなの気にしなくていいのに」

気にするよ!俺も一応年頃の男子なんだ。女子に背負ってもらうなんて恥ずかしくて死ねるわ!

『ケンジ様ぁ、もう諦めて魔法を使いましょうよ~』

実は、1時間程前に精霊から<身体増強>と<体力自動回復>の魔法を使うようにと勧められたのだが、断っていた。

あの時点ではまだ行けると思ってたんだよ。

正直、森を舐めてました。

(くっ!…分かった、頼むよ)

『ほい来た!<身体増強>そして<体力自動回復>!』

途端に身体が軽くなり、荒かった息も間もなく整った。

「おお、スゲェ」

「ニャ、どうしたの?」

「魔法を使ったんだ。これなら楽に進めそうだ」

「ええっ!?そんな魔法があるなら何で使わなかったの?」

ごもっともです。


そこからは順調だった。ニャーコの”普通の速さ”に付いていける程度には力が強くなり、体力の消耗もほとんどなくなった。

実はあの後、ニャーコが「どこまで付いて来れるかな?」とか言ってぐんぐんスピードを上げていき、俺が脚をもつれさせてスっ転ぶというのをやらかしている。

とてもじゃないが、あの身のこなしには付いていけない。


「う~ん、今日はここまでかな」

ニャーコがわずかに見える空を見上げてそう言う。

朝から歩き続け、途中で昼休憩やニャーコの狩りなどを挟みつつ、ここまで来たわけだが、風景はどこもほとんど変わり映えのしない森の中なので、正直ちょっと飽きて来た。

肉体的にはともかく、精神的に疲れているので、ニャーコのその言葉に俺はホッと息を吐いた。

「それじゃアタシ野営場所探してくるね」

と言って駆け出そうとするニャーコを止めた。

「その事なんだが、俺のスキルで何とかなりそうなんだ」

「ニャ?どういうこと?」

「ま、俺も使うのは初めてなんだけどな。ちょっと試してみよう」

周りを見渡して太い幹の木を見つけるとそのそばまで歩いていく。

そしてその幹に手を当てながらスキルを使う。

「<森の住処>」

すると淡い光を放ちながら、その幹が俺の背丈より少し高いくらいの長方形にくりぬかれて、そこに金属製の玄関ドアが現れた。

「これは…」

うん、とても見覚えがある。

ドアに貼り付けられた「507」のプレート。

暗証番号式のドアロック。

間違いない。

実家のマンションのドアだ。


「ニャ、これ何?」

「このドアの向こうに家があるはずなんだ。ちょっと入ってみよう」

俺は記憶にある暗証番号を打ち込んでみる。

ピピピ、ピー!

カシャ。

「お、開いた」

「なに、なに、今の?」

ニャーコは目をキラキラさせて面白がっている。

「鍵を開けたんだよ」

「カギ?」

分かってなさそうだ。

確かに、あの集落の住居では鍵どころか扉も無かったからなぁ。

「えっと、他人が勝手に入らないようにこれで閉じてあったのを、開けれるようにしたんだ」

「ふーん。でもこのくらいの板ならぶっ壊せば入れるんじゃない?」

そう言ってドアをコンコンと叩くニャーコ。

確かに、獣人の膂力なら破壊されるかもしれないな。

「…人間にはこれで十分なんだよ」

「あ、そっか。なるほどね!」

うーん、このドアで大丈夫かな…


「まー、とにかく、入ってみよう」

ドアのレバーを握ってガチャっとドアを開けてみると、見覚えのある玄関が現れた。

やはり実家のマンションとそっくりだ。

俺は靴を脱いでひょいとかまちに上がったが、ニャーコはドアからこちらを怖々と覗いている。

「木の中なのに広いね」

「異空間にあるらしいからな、俺も良く知らんが。あ、入る時は靴を脱いでくれ、ってそういやニャーコは靴履いてないか」

獣人は裸足だったよ、そう言えば。

「あー、ちょっと待っててくれ。足拭くもの持ってくるわ」

「あ、うん」

ニャーコはきょとんとした顔でそう返事をした。


玄関から入ってすぐの廊下も見覚えのある物だ。

左の壁が収納になっていて、そこに掃除道具が入っていたはず。

ガチャ。

うん、正解。

掃除機やバケツ、雑巾などが並んでいる。

俺は雑巾を手に取ると、廊下の反対側にある洗面台で水に濡らし、軽く絞った。

「あ、水道」

何気なく蛇口のレバーを上げたが、普通に水が出て来た。

試しに洗面台のスイッチを押せば、パッとライトが点灯した。

電気も使えるらしい。

「ハハッ」

思わず笑みがこぼれる。

久しぶりに元の世界の文明に触れて、何とも言えない感情が胸に沸き上がって来た。

こっちの生活にもすっかり慣れたつもりでいたが、こうして久しぶりに日本の生活スタイルを味わうと、いろいろ我慢してたんだなってことに気付かされた。

「ケンジ~」

と玄関からのニャーコの声で我に返り、そそくさとそちらへ向かった。

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