第22話 神殿
気が付くと俺は石畳の上に立っていた。
ぐるりと周囲を見回すと、前方にはテレビで見たパルテノン神殿の復元予想図のような立派な石造りの神殿があり、他には何もない平原がひたすらに広がっていた。
「おいおい、また拉致されたのかよ」
ほんの数日前に始原の森に拉致されたばかりだと言うのに。
「いいえ、今回は違いますよ」
「おわ!」
後ろから声を掛けられ、変な声が出てしまった。
パッと振り返り声のする方を見ると、ぼんやりと光る身長1メートルほどの人型でフワフワしたものが宙に浮かんでいた。
「は?」
予想外の姿に呆気に取られてしまった。
「あ、私です。精霊ですよ」
「…精霊」
確かに、喋り方とか雰囲気は精霊のようだが。
「ここは神界、つまり神々の領域です。そして、今のケンジ様は精神だけの存在となってここに訪れていますので、それで私が見えているんですよ。肉体はニャーコさんのお家でぐっすり眠っていますよ」
「眠ってるって…これ、夢か?」
「う~ん、まぁ似たようなものとお考えください。ケンジ様にはこれから創造神様に面会していただきます。くれぐれも失礼の無いようにお願いしますね」
いきなりの急展開に頭がついて行かないが、とりあえず疑問が沸いた。
「創造神?神様じゃなく?」
「創造神”様”ですよ!”様”を付けてください。ええ、今回は”人間の神”様ではなく、その上司にあたる創造神様が直接ケンジ様にお会いになられます」
「お、おう。分かった」
精霊の様子から、何だか大ごとのようだと感じ取る。
俺は、元の世界で親分さんに挨拶に行ったときを思い出し、にわかに緊張してきた。
思わず背筋がピンと伸びてしまった。
「ではこちらです。付いて来てください」
精霊が先導して、神殿の方へと飛んで行く。
石畳の道をしばらく歩き、石造りの階段に差し掛かる。
見上げる神殿は巨大だ。それだけで威圧感がある。
階段を上ると、綺麗に磨き上げられた大理石が敷き詰められた広場のようになっており、その先に立派な祭壇と巨大な神像が聳え立っていた。
「でけぇ」
巨大な神殿のその天井まで届くほどの高さの神像だ。
教科書の写真で見たような、長髪に髭を生やし、カーテンのような布を体にまとった、あんな感じの彫像だ。片手には杖を持っている。
「ケンジ様、早く早く!」
その威容に驚いて足を止めていると、先に進んでいた精霊に急かされてしまった。
俺は足を速めて祭壇の方へと近づいた。
そして、精霊の隣に立った所で、祭壇の前にまばゆい光の塊が出現した。
「眩し!」
思わず腕を目の前にかざしてガードする。
光が収まり腕をどけると、そこには大柄な男性が立っていた。神像とそっくりな外見だ。
つまり…
「我が創造神だ。よく来てくれた、ケンジ殿」
「あ、初めまして。ケンジです」
ピシッとお辞儀をしてあいさつした。
良かった。見た目は親分さんよりは怖くない感じだ。
「まずは君に礼を言わせてくれ。君の屋台で我が子らがとても楽しそうにしていた。縁日というのか?あれは良いものだな」
「恐縮です」
テキ屋として当たり前の事をしただけだからなぁ、お礼されるほどの事では。
「ハハハ、謙虚だな。これからも我が子らを楽しませてやって欲しい」
「はい。頑張らせていただきます」
創造神様はしゃちほこ張る俺を見て、髭を撫でながらうんうんと頷いていた。
「さて、本題じゃが、此度の件について説明しておこう。君をこの始原の森に隔離することになった経緯をな」
創造神様の話によると、まず、俺をこの始原の森に連れて来たのは創造神様本人だった。
そして、その理由と言うのが・・・
「申し訳ございません!反省しております!」
創造神様の横で土下座をしている女性、じゃないな、女神がペコペコと頭をさげている。
この女神が、”人間の神”だそうだ。
つまり、俺をこの世界に連れて来た張本人と言うわけだ。
「我が少し出かけておる間に、よもや別の世界から人間を連れてきて、あまつさえ強力な加護を与えて世界のバランスを崩すとはな。全く・・・」
創造神様は呆れた顔で女神に説教を始めた。
その説教の中から要点を抜き出すと、つまりこういう事らしい。
まず前提として、始原の民たちの伝承にあったように、人間と魔物の勢力がちょうど釣り合うように調整されているというのは事実だそうだ。
そして、俺がこの女神さまからもらったテキ屋という”
となると、バランスを取るために魔物側の勢力も大幅に強化する必要が出て来る。
今回の件で、”魔物の神”がバランスの修正作業を行った結果、知恵を持った指揮官の魔物を初めて投入することになったらしい。
あのユニの町防衛戦でハンターたちが「今回の魔物の大群は異様だ」と言っていたのはこのためだったのだ。
しかし、俺を基準に魔物が強化されてしまうと、その他の人類では魔物たちに対抗することができずに絶滅してしまう恐れが出て来た。
実際、ユニの町以外では、丸ごと滅んだ村や町が多数発生しており、これまでに例がないほど人類側に大きな被害が出てしまったそうだ。
人間の神と魔物の神は揃って頭を抱えてしまったという。
で、俺が次の街に到着した頃に、創造神様がこの世界に帰ってきて惨状を目の当たりにし、緊急措置として俺を隔離したというわけだ。
「君を隔離したことで、勢力バランスの再調整によって魔物も弱体化した。現在は人間側の被害も平年並みとなっている。故に、君が人間たちを案じて急いで始原の森の外を目指す必要は無くなったわけだ」
「そうでしたか。それなら、まあ、一安心です」
魔物が強くなって被害が広がった一因が俺だと言われて、内心かなりショックだった。
だが、それもこれも、そこで土下座している女神のやらかしのせいな訳だ。
当然、女神を見る俺の目もジトっとしたものにならざるを得ない。
「うむ、この愚か者には既に罰を与え、きちんと責任をもって人間たちの幸福度を向上させるよう言い付けてある」
創造神様は俺の視線で察したのか、そんなことを教えてくれた。
「あのー、よろしいでしょうか?」
土下座をしていた女神が顔を上げて片手を上げている。
「発言を許す」
創造神様が重々しくそう言うと、女神が俺の方を見て話し始めた。
「ケンジさん、この度は色々と申し訳ありませんでした。その上で、さらに申し訳ないのですが、ケンジさんの固有職業に調整を加えさせていただきたいのです。端的に言えば、スキルの一部に制限を課すことになります」
「まあ、今までの話を聞くとそうなるだろうな」
「ご納得いただけて幸いです。具体的には…」
女神によると、制限されるのは主に射的スキルの攻撃能力、並びに、くじ引きの景品カタログに関してだった。
要するに、地球の物をこっちで具現化するのが原則禁止となった。
綿あめの袋やプラ容器など、屋台で欠かせない消耗品くらいなら問題ないが、それ以外は女神のチェックが入るとの事。
「ケンジさんが個人的に使用する目的の日用品や食品は認めるつもりですが、それを他の人に譲渡したり紛失したりしないように気を付けてくださいね」
「ああ、分かった」
こっちの世界に大きな影響を及ぼすようなものはダメって事だろう。
大きな問題は無いが、攻撃手段が大幅に少なくなるのは少し不安だな。
「ケンジ様、私の出番、私の出番ですよ!」
ここぞとばかりに精霊が俺の目の前に出てきて、手(らしき部分)を振ってアピールしてきた。
「ああ、頼りにしてるぞ」
「お任せあれ!」
「部下の失策とは言えケンジ殿には迷惑をかけてしまったな。詫びとして我からの
創造神様がそう言うと、俺に向かって片手の杖を掲げた。
杖の先端から光がほとばしり、俺を照らした。
「<森の住処>というギフトだ。君の望む住居を作り出し、その住居への入り口を森の中の樹木に出現させるという権能だ。これから始原の森を旅するならば役立つだろう」
なんと!それは素晴らしい。
これからずっと野宿になるのかと、ちょっと不安だったんだよな。
「ありがとうございます!助かります」
「喜んでもらえて良かった」
髭を撫でながら創造神様は笑顔でそう言った。
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