第20話 集落の縁日

その集落は木々が疎らになって日の差しこむ、広場のような場所にあった。広さは学校の体育館より広い程度かな。

そこにポツンポツンと、教科書で見た縄文時代の竪穴式住居のような物が立ち並んでいる。

そんな住居の間を駆け回る子供たちは、トラ柄だったり、黒だったり、白だったりと、様々な体毛の色・柄をしている。

子供たちは腰巻きを付けておらず、真っ裸だったが、体毛があるから裸って感じは全然しない。


集落に入って2軒目の住居へと近づき、ニャーコがこちらを向く。

「ようこそ我が家へ。さ、入って」

と言うと、先に入り口を潜って行った。

「おじゃまします」

狭い入り口を潜ると、掘り下げられた一段低い床に脚を降ろす。

中は薄暗く、目が眩んで良く見えない。

が、猫のようにキラリと光る眼が闇の中に浮かび上がったので、かろうじて人がいるのは分かった。

しかし、足元が見えないので、何かに躓いてよろけてしまった。

「おっと」

もにゅ。

咄嗟に前に出した手が何か柔らかいものに当たった。

「フニャ!ちょっとケンジ!どこ触ってんニャ!」

「や、すまん。暗くて足元が見えなかったんだ」

「え、これで暗いって、もしかしてケンジって、目も弱っちいの?」

「まぁ、確かに。暗闇じゃ全然見えなくなるな」

「うわぁ、大変だね、それは」

そんなやり取りをニャーコとしていると、向こうから声がかけられた。

「まぁ、もしかしてお客さんは目に障害があるのかしら?」

「母さん違うよ。ケンジの種族はみんなそうなんだって」

この方がニャーコの母親らしい。

白っぽい体毛に、銀色の長い髪で、この薄暗い中に浮かび上がる姿は、ちょっと神秘的だった。

とりあえず、軽くあいさつをした。お母さんの名前はスノーさんというらしい。

他にもう一人大人の女性がいて、そっちはパルドの母親でサーバルさんという方だ。ヒョウ柄で耳がちょっと大きいのが特徴だ。なお、スノーさんの妹だ。

その横にはパルドが座っていた。

「そう言えば、ケンジさんは見た事のない部族ね。どちらの方かしら?」

サーバルさんが尋ねて来た。パルドも聞きたそうにウズウズしている。

「俺は人間という種族で、そちらの言葉だと”新しき民”と呼ばれているらしい」

「「「”新しき民”!」」」

スノーさんとサーバルさん、パルドの声が重なった。


俺は昨日からの俺の状況をざっくりと一通り説明した。

「はぁ~、そんなことがあったの。ケンジ君も大変だったわね」

スノーさんはそんな感じで労わってくれたのだが、パルドはと言うと。

「すっげぇ~!”新しき民”って本当にいるんだ!」

完全に珍獣を見る目つきになってやがるな。

「でね、アタシがケンジを森の端まで送り届けることになったから、行って来るね」

とニャーコが軽い感じで切り出す。

「あら、そうなの?」

それに対するスノーさんの反応はあっさりしてるな。結構な長旅だと思うのだが、心配しないのだろうか。

「オレも!オレも行きたい!」

パルドが飛び跳ねてアピールし始めた。

「それはダメよ、パルド。貴方はまだ子供なんだから」

ぴしゃりと止めるサーバルさん。

パルドはぶーぶーと文句を垂れているが、サーバルさんは聞く耳持たずだ。

「準備もあるだろうし、すぐには発たないのでしょう?それまでケンジ君はここに泊まると良いわ」

「ありがとう、スノーさん。お言葉に甘えさせてもらうよ」

「やった!森の外の話、聞かせてよ!」

それを聞いてパルドがはしゃいでいる。

が、そこにニャーコがドヤ顔で割り込む。

「話は後にしなさい。なんせ、凄いお土産があるんだから」



「うんめぇ~!ナニコレ、美味うますぎる!」

パルドは人生で初めて食べる生レバーに全身で喜びを表している所だ。

あの後、ニャーコは俺のクーラーボックスから新鮮なままの内臓を取り出して見せ、肝臓の一部を切り取ってパルドやスノーさん達に試食させたのだ。

俺は寄生虫や肝炎ウィルスが怖いので、生はお断りした。

ニャーコは「美味しいよ」と首を傾げていたので、ニンゲンは生の肉や内臓は食べられないと言うと不思議そうな顔をされた。

「内臓は腐りやすいから乾燥できないよね。生で食べないならどうするのさ?」

「どうって、そりゃ火を通すんだが」

「ヒヲトオス?」

おっと、この言葉も通じないってことは、その習慣が無いんだな。

「火を使って焼いたりするんだが、知らないか?」

「火かぁ。この森で火を使うのは一部の妖精族だけだね。あ、今朝食べた甘いヤツが暖かかったけど、あれが火を通すってこと?」

「そう、そう。あれだ」

「へぇー。あれはとっても美味しかったニャ。もしかして、火を通すと美味しくなる?」

「まぁ、大体はそうだな」

「ふぅん」

そう言いつつ、キラキラ目を輝かせて俺の方を見て来るニャーコ。

「う、分かった分かった。じゃあ、肉の串焼きでも作るか」

そう言って、俺は住居の外に向かった。



ジュゥジュー、パチッパチ…

肉の焼ける音と、網から落ちた脂が炭をはじけさせる音が耳に心地よい。

屋台の前に押し掛けた子供獣人たちがワイワイと騒いでいる。

「ニャッハー!良い匂い!」「すげぇ、火だよ火!オレ、初めて見た」

「見えなーい、ちょっとどけてよ」

パルドもそっちに混ざっている。

あの後、ニャーコに空き地まで案内された俺は串焼き屋台を呼び出した。

最初は怖々と遠巻きにしていた子供達も、ウマシカ肉の串焼きを焼き始めると、匂いに釣られて集まってきた。

ニャーコは俺の横に立って鼻をヒクヒクさせている。

「ふんふん、これが焼くってことか。すっごく良い匂いがするニャ~」

塩コショウを軽く振って、完成だ。

「ほい、焼けたぞ。熱いから気を付けろよ」

「うん。ハフハフ、あっふい!」

猫舌、の割には平気そうだ。

「おいひい、すんごく美味しいニャ!こんなに違うなんて、火を通すってすごいニャァ」

とろけるような笑顔でそう言うニャーコを見て、周りの子供たちも騒ぎ出す。

「あー、どうするニャーコ?」

「元々皆にも分けるつもりだったから、良いよ」

と言うことなので、俺は肉のブロックを取り出して調理に取り掛かる。

肉を一口大に切るのはニャーコの爪に任せ、手のかかる串に刺すところは周りの子供たちに手伝わせた。

俺はひたすらに焼いていく。

焼けた肉は、串に刺すのを手伝った子供から優先して与えていった。

「うんんめぇぇ!」「美味しい~!」

それを見た周りの子供たちも我先にと串に刺す作業に加わる。刺し終わった子は串焼きを受け取る列に並び、流れ作業のようになった。

いつの間にかスノーさん達大人連中も列に並んでたよ。


「はい、おしまい」

集落に残っていた人々に一通り行き渡った所でお開きにした。

並んでた中には1人だけウサギっぽい外見の女性がいた。あれが共生している他部族かな。

子供たちがもっと食べたいと騒いでいるが、大人達が宥めていた。

そうだ、折角子供たちが集まったんだ、これも見せてやるか。

早速、射的と輪投げの屋台を呼び出してやる。

「わ、なんだこれ?」「なんだー、食べ物じゃないのかぁ」などと声が上がる。

そんな子供たちに向かって俺は声を張り上げた。

「さぁさ、よってらっしゃい見てらっしゃい」

集まった子供たちに遊び方を説明し、クーラーボックスからドライフルーツを取り出して対価にすると、景品には各種ドライフルーツが並ぶ。

子供たちはワイワイ騒ぎながらも物珍しい遊びに挑んでいった。

「当たった!今、当たったよね」

「当てるだけじゃダメ。落とすまでが射的だよ」

「けち~」

一方の輪投げはと言うと、獣人の子供たちはやはり身体能力が高いらしく、輪投げを外す子がほとんどいなかった。イージー過ぎたか。

なので、輪投げは1人1回までに制限して、くじ引きに切り替えた。

「はい、残念賞」

「うげっ!ナンギンの実かよ、くっせ~」

やはり残念賞はウケるものらしい。周囲の子供たちも笑っている。

射的の屋台では、ニャーコが外しまくって「フニャー!なんで当たんないニャ!」

と地団駄を踏んでいた。


やがて、空が朱に染まり始めたので、お開きになった。

その頃には狩りに出ていた大人達も戻っており、屋台を遠巻きに眺めていた。

「あ、叔父さん、兄さんお帰り!」

ニャーコがその中の二人に声を掛けた。

1人は、ライオンの鬣のような髪型をした立派な体格の男性で、もう一人はまだ若そうな、トラ柄の青年だ。

「よう、ニャーコ。何やってたんだ?」

「なんか楽しそうだったな」

「うん、楽しかった!そうだ、紹介するね。ケンジ、こっちが叔父さんで、こっちが兄さんだよ」

「ケンジだ。よろしく」

「俺はライオネスだ」「俺はティガーという」

ライオンっぽいのが叔父のライオネスさんで、トラ柄が兄のティガーだった。

やはり、俺の部族を聞かれ、”新しき民”と答えると驚愕の声が上がった。周囲で見ていた大人達にも伝わり、ザワザワと騒がしくなった。

「こんな所で立ち話してないで、家に行こう」

とニャーコが場を仕切る。

屋台を消したときにまた騒ぎになったが、”新しき民”だからと言うと納得していた。

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