第18話 移動途中の狩り
「ケンジはこれからどうするの?」
相変わらず寝っ転がりながらニャーコが聞いてくる。
「う~ん、とりあえずこの森の外に出て、町に戻りたいんだがな」
「森の端まで、アタシ達の足でも半年はかかるって言うよ。ケンジならもっとかかりそうだね」
「だろうなぁ。それでも、行くしかないからな」
「ふぅん、大変そうだね。あ、そうだ!アタシも一緒に行ってあげようか?」
「え、いいのか?俺としちゃ助かるが」
確かに、森に詳しいニャーコが一緒なら心強いが…
「うん!ずっと前から森の端を見てみたいって思ってたんだ。ちょうどいいきっかけだよ」
ニャーコはあっけらかんと答え、「ワクワクする~」と行く気満々だった。
俺はその行動力に感心半分、呆れ半分だった。
「それじゃ行くかニャ。はぐれないようにね」
と、ニャーコが先導して歩き出す。相変わらず全く物音がしないな。
俺たちは屋台を片づけ(その光景にニャーコが驚いて騒いだが割愛)、とりあえず、ニャーコの集落を目指すことになった。
流石に、家族に無断で1年以上の旅に出るような無茶な性格ではなかったようで一安心だ。
道すがら聞いた所では、集落にはニャントモ部族(要はネコ科動物ベースの獣人)が主に住んでいるが、他部族の者も少数ながら共生しているらしい。
旅人や行商人が一時的に滞在することもあるし、何らかの理由で移住してきた者もいるようだ。
ただ、相性の悪い部族というのも存在し、ニャントモ部族にとってはバウオーン部族(イヌ系の動物ベースの獣人)が不倶戴天の敵のようだ。
「あの犬ヤローどもはいっつも群れてて陰険で融通の利かない、いけ好かない奴らニャんだ!」
と、能天気そうなニャーコでさえも、鼻息荒く罵っていたくらいだ。思い出すだけでも頭に血が上るらしい。
そうやっていろんな話を聞きながら歩いていたのだが、突然、ニャーコがピタと動きを止めて耳をピクピクと動かし始めた。
何か見つけたようだ。
俺の視界に映るマップをチラリと見ると、進行方向のずっと先の方に黄色の光点が点滅していた。
ちなみに、俺のすぐそばには青い光点が光っていて、これがどうやらニャーコを表しているようだ。
(なあ、この光の色って)
『はい。青が味方、黄色は中立、赤が敵対を意味します。判断基準は私の独断ですけどね』
(独断かよ)
何にせよ便利だから良いんだけど。
ニャーコが小声で話しかけて来た。
「この先に何かいる。アタシが様子見てくるから、ここでジッとしてて」
「分かった」
俺が答えると、音もなくニャーコは姿を消した。
マップを見るとかなりのスピードで、青い光点が黄色の光点へ向かって移動している。
「やっぱ凄いな」
と思ってたら、青い光点がこっちに向かって戻って来た。
「ケンジ、ケンジ!スゴイ獲物だよ!狩ろう!」
ニャーコは小声で叫ぶという器用な事をしつつ、満面の笑みだ。
「狩るったって、俺は素人だぞ?」
「大丈夫。ケンジは普通に歩いて気を引いてくれればいいから」
あー、囮って事ね。
「オッケー、分かった」
精霊の”安心パック”もあるし、大丈夫だろ。
「やった!じゃ、ケンジはそのままゆっくり前進して。後はこっちでやるから」
そう言うと再びニャーコは姿を消した。マップを見ると、ぐるりと迂回しながら移動しているようだ。
「よし、行くか」
足元は木の根が張り出し、でこぼこで歩きにくい。俺が歩くとどうしても音が立ってしまうのだが、今回はむしろそれが必要だ。
転ばぬよう注意しながら歩きつつ、チラチラとマップを見ていると、黄色だった光点が赤色に変わった。
どうやら例の獲物が俺の事に気付いたようだ。
あ、こっちに向かって動き出したぞ。
その赤い光点の後ろを、ニャーコの青い光点が追尾している。
徐々に、俺と赤い光点の距離が近づいていく。
『撮影可能な距離に入りました。これが獲物ですね』
目の前に浮かぶ仮想モニターに映像が現れた。
「これは、馬、いや鹿か?どっちだ?」
頭を見ると馬っぽいが、身体を見ると鹿のようだ。
『始原の森は神様の管轄外なので、詳細は不明です。仮にウマシカとでも呼びますか?』
「
そんなことを精霊と話していると、モニターに映る
ブオォー!
と大きな鳴き声が響き渡った。
「おわ!」
俺は思わずビクッとして声の聞こえてきた方を見て、すぐにモニターに目を戻した。
するとモニターには、馬鹿の首から真っ赤な液体が勢いよく噴き出している様子が映し出されていた。
「え?」
目を離した一瞬で何が起こった?
…って、いうまでもなく、ニャーコが仕留めたんだろうけどさ。どうやったかさっぱり不明だ。
マップを見るとさっきまで有った赤い光点が消えて、代わりに青い光点がいつの間にか移動して来ていた。
俺はなるべく急いで現場へ向かう。
近づくにつれガサガサと何やら物音がしてくる。
ようやくニャーコの姿が見えた。
何と、デカい獲物を担いで木に登っている所だった。スゲェ腕力だな、おい。
「あ、ケンジ!見て見て、美味しそうなウマシカでしょ」
「初めて見るから美味そうかどうかは分らんが、デカいな!」
モニター越しだと分からなかったが、近くで見ると体長2メートル以上はありそうだ。
「ウマシカならこのくらい普通だよ。すっごく美味しいから、楽しみにしてニャ」
木の上で逆さ吊りになったウマシカから血がボタボタと滴り落ちている。なるほど、血抜きをしてるのか。
「しっかし、どうやって仕留めたんだ?見たところ武器も何も持ってなさそうだけど」
「そりゃもちろん、この爪だよ」
と言って片手を前に出すと、その指先からニュっと鋭いナイフのような爪が飛び出した。
「おお!凄いな、そんな風になってるのか」
なるほど、武器は自前の物があるのか。
「やっぱりニンゲンにはこういうの無いのかニャ?」
「無いな。その代わり剣や魔法なんかを使う」
「ふぅん。て事は、ケンジも何か持ってるの?」
「ああ。俺のはこれだ」
スキルでコルク銃を呼び出して見せてやる。
「おお~、それでぶん殴るの?」
「いいや、これは飛び道具だ。かなり離れたところまで攻撃できるぞ」
「投げにくそうな形だね」
「違う違う、投げないぞ。こっから金属の塊が凄い勢いで飛んで行くんだ」
と銃口を指し示してから、構えて見せる。
「にゃうぅ、どういう事?」
ニャーコは困惑した表情で首を傾げている。
「ま、口で言っても良く分からないか。見た方が早いだろ」
と言うことで、一発撃って見せてやることにした。
狙撃用にライフルの弾丸をイメージして装填する。
(周囲に他の生き物はいないか?)
『はい、大型のものは感知していません。銃声が響いても問題は無いと思います』
「よし。じゃあ、あの向こうの木の枝を狙ってみるか」
『では、狙いが分かりやすいよう、光を当てましょう』
精霊が気を利かせて、俺が狙っている枝に赤い光を照射して目立たせてくれた。
「今からあの赤く光ってる枝を狙うから、見ててくれ」
ニャーコが光の魔法に感心していたが、俺はそのまま銃を構え、狙いを付けて、引き金を絞る。
バーンッ!
「ニャッ!」
ドサッ!と近くで音がしたので振り向くと、ニャーコがウマシカを取り落としていた。
「うぅ、うるさいニャ~」
と耳を押さえるニャーコ。
「あー、すまん。大きな音が出るって言っとけばよかったな」
『ニャーコさんの耳に回復魔法をかけておきましょう。<治癒>』
ニャーコの頭上に魔法の光が舞う。
「あれ?キーンて鳴らなくなった」
「魔法で耳を回復させておいたよ。悪かったな」
「へぇ、魔法ってそんな事までできるんだ」
「まあな。それより、ほれ」
と先ほど狙撃した枝の方を指さしてやる。
「おぉ~、枝が吹き飛んでる!あの木は結構硬いのにニャー」
ニャーコはふわりと木の上から飛び降りて俺の撃った所をしげしげと眺めていた。
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