第17話 現地住民との邂逅

「おーい、そこの人。良かったら一緒にこれ食べないか?」

皿にのせたホットケーキを掲げて見せて、獣人が居るはずの方向に向かって手を振ってみた。

(おお、驚いてる)

モニターに映る獣人がビクッとして木の後ろにピタリと身を寄せて首を傾げている。


おかげでようやく全身が見えるようになったが、胸元と腰に布のような物を巻いているな。全裸と言うわけではないらしい。

そして、胸のふくらみを見るに、どうやら女性のようだ。あくまでも人間と同じような体形だと仮定して、だが。

「警戒する必要はないぞ。俺は危害を加えるつもりはないし、これにも毒なんか入ってないぞ。ほれ」

と言って、ホットケーキをちょっと千切って食って見せた。

木の陰からこっちを見ていた彼女は覚悟を決めたのか、そろりと木の陰から顔をのぞかせた。

ようやく直接顔が見えるようになった。

「こんにちは。俺はケンジってもんだ。よろしくな」

手を振って大声で挨拶をしてみた。


彼女は完全に木陰から出て、きょろきょろと周りを見回しながらゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。

野生動物のごとく警戒心が強いな。

「えーっと、こんなとこで何やってんニャ?」

お、ちゃんと言葉が分かるな。

耳には猫の鳴き声のようなニャーニャーという音が聞こえているのに、頭の中では意味が分かる。実に不思議な感覚だ。

その猫獣人は屋台から2メートルほど離れた所で止まりこっちをジッと見ている。

「これから朝食にするところだ。よかったら一緒にどうだい?」

皿を突き出すと視線がホットケーキに集中する。鼻がヒクヒクしてるから匂いを嗅いでるみたいだな。

「良い匂いの元はそれだったかぁ。美味おいしいの?」

「ああ。甘いぞ」

「甘い!」

途端に目を輝かせた、かと思うと、シュパッと目にも止まらぬ素早さでホットケーキのすぐ前に移動してきた。

「うおっ!」

少し遅れて風がブワっと俺の顔に吹き付けた。なんてスピードだ!

彼女は皿に顔を近づけてクンカクンカと匂いを嗅いでいる。

「これ、ホントに食べて良いのかニャ?」

めっちゃ目がキラキラしてる。

「ああ、どうぞ」

俺が答えるや否や、皿が手の中から消えて、気づくと彼女はまた1メートルほど後ろに下がっていた。

凄い身体能力だな。もし戦闘になったら瞬殺されるぞ、これ。

『安心パックがありますから、大丈夫ですよ』

(ああ、それがあったな)

精霊による自動防御、自動反撃、自動回復がセットになった「安心パック」。契約しておいてホント良かった。


「むぐむぐ、うんま~いぃ!ニャにこれ!?」

彼女は早速ホットケーキにかぶりつき、満面の笑顔で美味しさを表現している。

驚きの声を上げた後は、ひたすらにむしゃむしゃとかぶりついている。

皿があっという間に空になってしまった。

「口に合ったようで何よりだ」

と俺は声を掛けたのだが、彼女は手に持った皿を見つめている。

「あぁ~、無くなったニャ…」

三角耳がへにょッとなり、尻尾もだらんと垂れて、全身でがっかり感を醸し出している。

「あー、俺の分も食うか?」

という俺の言葉と同時に、ギュンっと俺の目の前に現れてその顔をパッと輝かせる。

「良いのかニャ!」

「お、おう。追加で焼くから大丈夫だ」

「おかわりまで!」

「さらに食うつもりか…」

こりゃ追加でもっと焼かないとダメっぽいな。

俺は早速材料を用意して、ホットケーキを焼き始めたのだった。


「ふわぁ~、もう食べられニャイ」

彼女は草むらにひっくり返り、ぽこんと膨れた腹を撫でまわしている。

結局あれから10枚焼いて、彼女は8枚も食ってしまった。俺は見てるだけで胸焼けがしてきたほどだ。

しかし、最初の警戒っぷりはどこへやら、だな。

俺が焼いてる様子を間近でマジマジと見ては、待ちきれないと体をクネクネ揺らしている様子はとても可愛らしかった。

焼いている間はホットケーキの事しか話題に出来なかったからな、そろそろ情報収集をさせてもらおう。


「そういや、あんたの名前を聞いてなかったな」

「ん、そうだったかニャ?アタシはニャーコ。ニャントモ部族のニャーコだよ」

「ニャーコか。改めて、俺はケンジだ。よろしくな」

「うん、よろしく。ケンジは見た事ない部族だけど、どこの部族?」

「部族って言うか、俺は人間だ」

「ニンゲン?」

「ああ。こっちでは何と呼ぶのか知らんが、”始原の森”の外にいる人類のことだ」

「あっ!”新しき民”かぁ。へぇ、初めて見たニャ」

ニャーコは興味を引かれたのか、ゴロンと寝返りを打つと、四つん這いでこっちに近づいてきたかと思うとヒョイッと飛び上がって屋台の中に飛び込んできた。

「うわっ!」

その身のこなしは正に猫だった。

「う~、苦しぃ」

が、やはり腹がきついのか、すぐにゴロンと床に転がっていた。

「ケンジ、しゃがんで」

そのままの体勢で俺に向かって要求してきた。

「?まあ、いいけど」

寝転がるニャーコの横に腰を下ろしてやる。

するとニャーコはまじまじと俺の顔や腕などを眺めまわしている。

「へぇー、なんとなくモンウッキー部族に似てるけど、体毛が全然ないね。それに、何だか弱っちそう」

「まあ、ニャーコに比べれば全然弱っちいのは確かだな」

「やっぱり、伝承の通りなんだ」

「伝承?」

「うん。創造神様がこの世をお創りになった時のお話。知らない?」

「知らないな。どんな話?」

「えっとね…」


~獣人族に伝わる伝承~


創造神がこの世を作った時、空と太陽、大地と海が最初に作られ、次に生き物が作られた。

手始めに植物が作られ、次に小さな動物が作られた。その後、様々な動物が作られ、最後に知恵のある動物である”始原の民”を作った。

動物たちをベースに、神の御姿に近づけることで、様々なバリエーションが作られた。それが今の獣人族である。

さらには植物や、生物以外の物をベースにしたバリエーションも作られた。それらは今の妖精族となった。


これで創世は終わり、創造神は自分の作った世界を見守ることにした。

長い年月が経つと、”始原の民”は、食料や住む場所を巡って互いに争い始め、やがて大きな戦争へと発展していった。

その過程でいくつもの部族が滅び、地表は大いに荒れ果ててしまう。

創造神は事の成り行きを見定め終えると、生き残っていた始原の民を、まだ無事だった辺境の森へと集めて結界で隔離した。

創造神は民に対して争いを禁じ、その代わりに森に豊かな実りを与えた。


そして始原の民がいなくなった大地を再建するために、創造神は2柱の新しい神を作り出した。

前回の反省から、互いに争うことがないように、”新しき民”には必要最低限の能力しか与えられなかった。さらには団結を促すために、”共通の敵”として魔物が用意された。

2柱の神がそれぞれを担当し、程よいバランスを保ちながら、現在もこの世界を守り続けている。


~伝承終わり~


向こうで聞いた神話じゃ、神が人間を守護し、邪神の眷属の魔物と戦っているみたいな話だったのにな。これだと神々によるマッチポンプじゃね?

何というか、必死に魔物と戦っている人類が気の毒になるような話だな、こりゃ。


「だから”新しき民”は弱くて当然ってことか」

「うん。ケンジ1人じゃ絶対にこの森で生きていけないはずなんだけど、今までよく無事だったね」

「あー、ここに来たのは昨日の夕方だったからな。まだそんなに経ってないんだ」

「昨日!なら、あの光の柱はケンジが来たのと関係があったのかニャ?」

「光の柱?」

「うん。森の中から空に向かって光の柱がピカーってなってたよ。それが気になって見に来たんだもん」

「へぇー、そんなことになってたのか。寝てる間に連れてこられたから、全然知らんかった」


(って事らしいが)

精霊にパスしてみた。

『はい。恐らくは召喚魔法だと思います。しかし、そうなると人間の仕業ではありませんね』

(じゃあ、始原の民か?)

『確かに、魔法に長けた妖精族もいますから、可能性は無くもないです。でも魔法の使用者が近くにいないはずが無いので、とても不可解です』

(そっかぁ)

誘拐犯の事は気になるが、調べようもないし、今は保留だな。

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