第16話 明朝、精霊と合流

ピィヤー!

何かの動物のけたたましい鳴き声で目が覚めた。

「あぁん、何だ?」

起き上がって周囲を見回してみたが、木々に阻まれて何も分からない。とりあえず見える範囲に動物も魔物も見当たらないのを確認して、俺はもう一度毛皮ムートンにゴロンと寝転がった。

「あー、やっぱ気持ち良いわ、これ」

このまま二度寝してしまおうかな、と思っていると…


『ケンジ様!ご無事でしたか!』

「うぉっ!精霊か!?」

突然、頭の中に精霊の声が響き渡った。

「お前、今まで何やってたんだよ。こっちは大変、でもないけど、それなりに大変だったんだぞ」

『こちらも大変だったんですよぉ』

精霊の言い分によると、どうやら俺は精霊にも感知できない程の一瞬で消えうせたらしく、今まで必死に俺の事を探していたらしい。

何度も神様に連絡したが一向に繋がらず、結局、一晩中探し続けてようやくここにたどり着いたのだそうだ。

「お前が一晩中探してたなんて、どんだけ遠い所なんだ、ここ?」

『ここは”シゲンの森”という、人類の勢力圏とは隔絶された場所になります。そのため私の探査能力でもケンジ様を見つける事ができなかったんですよ』

「資源の森?」

『いいえ、”始原”です』

と精霊から具体的に言葉のイメージが伝わり、俺の頭にも正しい漢字が思い浮かんだ。う~ん、今さらだが便利な翻訳だな。


”始原の森”というのはこの世界を創った神、”創造神”が管理している場所で、結界で囲まれた広大な森だそうだ。

本来なら人類も魔物も到達することができないような場所だそうだ。

精霊は一晩かけて世界(人類の勢力圏)の隅々まで探索したのに俺を見つけられなかったことから、最後の望みをかけてこの森を探しに来て俺を見つけたという事だ。


「そっか。確かにそりゃ大変だったな。お疲れさん」

『いいえ、いいえ。ケンジ様に何事も無くて良かったです』

「まあ、その話だとここには魔物はいないんだし、危険はないんだろ?」

俺は昨日の自分の慌てっぷりを思い出して、ちょっと恥ずかしくなった。

『それがそうでもありません。この森には創造神様が創世の折に生み出した様々な生物が存在しています。その中には魔物の原型となった生物も当然含まれておりますし、何よりも危険すぎてここに隔離されてしまった生物なんてのもいるんです。決して油断できる場所ではありませんよ』

「ま、マジか…」

俺、そんなところで一晩ぐっすり眠ってたのかよ!

『幸い、この周囲にそのような脅威生物は存在していませんので、ひとまずはご安心を』

「おお、そりゃラッキーだ」

『もしくは拉致した何者かによる配慮かもしれませんね』

「あー、なるほど。拉致はしても危害を加える気は無かったってことか」


ともあれ、精霊と合流したことで、ようやくいつも通りになった。

さて、これからどうするか。

「まずは、ディガーさんたちに俺の無事を伝えたいな。きっと心配して探してるだろうから」

『残念ながらすぐには無理です。一度結界を越えると、次に結界を越えるためにはひと月待たねばなりません。気軽に行き来することはできないんです』

おっと、そんな制限があるのか。非常に残念だが、あきらめるしかないか。

「なら、とりあえずこの森を脱出して元の場所に戻るのが当面の目標かな」

『ええ。ですが、それもまた困難な道のりになるでしょう』

「さっき言ってた脅威生物のことか?」

『もちろん、それもですが、単純にこの森があまりにも広大であるということに尽きます』

「えっ、どのくらい?」

『ケンジ様のいた地球でいうと、アメリカという国と同じくらいの広さです』

「おぅふ」

おいおい、この足場の悪い森の中を徒歩で行くなら、何か月、いや年単位でかかるんじゃないか?

途方もない話にちょっと気が遠くなった。

「とりあえず飯にするか」

気分転換しよう。


お好み焼きばかりでは飽きるので、くじ引きの景品カタログから「ホットケーキの粉」を出して当たりくじを引く。

スキルの食材変換機能で卵と牛乳とメープルシロップを手に入れ、今日の朝食はホットケーキを焼くことにした。

お好み焼き屋台の鉄板に生地を落とすと、辺りに甘い匂いが立ち込めた。

「お~、久々のこの匂い!美味そうだ」

しばらく待ってひっくり返し、焼き上がりを待つ。

ついつい待ちきれなくて端の方をちょこっと切り取ってつまみ食い。

「うーん、美味い!たまには良いよな、こういうのも」


久しぶりのホットケーキの味に頬を緩ませていると、頭の中に精霊の声が響いた。

『ケンジ様、何者かが接近中です』

「何!?」

思わず身構えて周囲をきょろきょろと見回す。

(おいおい、例の脅威生物って奴か?)

『いいえ、恐らくはこの森の住人である”始原の民”でしょう。ただ、友好的かどうかは不明ですのでご注意を』

(こんな所に住人がいるのか。どんな奴等なんだ?)

『”始原の民”は人間の原型となった生物ですので、ある程度姿かたちが似通っておりますが、能力や性質は千差万別です。言葉と文化を持ちますが、今の人類のそれとはかけ離れているはずです』

(じゃあ、言葉が通じない?)

『その点はご安心を。ケンジ様に付与された<言語理解>は”始原の民”にも効果がありますので』

(よかった。なら異文化交流といこう。俺の屋台でおもてなしだ)


そうと決まれば残りの生地も焼いてしまおう。今焼いてるホットケーキを横にずらして、新たに生地を流し込む。

相手は一人だけのようだから、これで足りるだろう。

何故相手が一人だと分かったか。それは精霊の魔法のおかげだ。

今、俺の目の前には半透明の地図が浮かんでいる。周辺の簡単な地形図の上に黄色い光点が点滅しているような地図だ。

このマップは、精霊が俺の視覚に介入して映しているもので、俺以外には見えていない。

この光る点が、今ここに近づいて来ている人物の動きを示しているので、それを見ながらお出迎えの準備を進めている。


マップによれば右前方からゆっくりと近づいて来ているみたいなのだが、何の物音もしない。時折風で揺れる葉擦れの音が聞こえるだけだ。

(本当に来てるのか?)

『ええ、間違いありません。気配を隠す技術に優れているのでしょう』

(野生動物みてぇだな)

『実際、それに近いでしょう。ちなみに、こんなお姿ですよ』

パッと目の前にモニター画面が現れた。マップと同じように俺の視覚上に投影されている物だ。

そこに映し出された姿は、頭上の三角の耳に、全身を覆う黄土色の柔らかそうな毛並みと、長い尻尾。

ぱっと見は明らかにネコ科動物の特徴だ。

しかし、その顔はなんとなく猫っぽい感じはするものの、ほぼ人間と同じだった。それに、手足も胴もすらっと長くて、体形は人間のそれだ。

(獣人ってやつか?)

『はい。始原の民の中でも獣の特徴を持つ人型の彼らは獣人族に分類されますね』

モニターの中の彼?彼女?は、軽やかな身のこなしで、木々の陰から陰へと渡り歩きながらこちらに近づいているようだ。その動きは正に猫のように俊敏だ。

マップを見るとかなり近い。多分、あの木の向こう側にいるはずなのだが、全く物音がしない。

本当にそこにいるのか疑ってしまうほどだ。


しばらく待ってみたがマップ上の光点に動きは無かった。モニターを見てもこっちをジッと伺っている様子。

警戒しているんだろう。


おっと、ホットケーキが焼きあがってしまった。

仕方ない、こっちから声を掛けてみるか。

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