始原の森編
ニャントモ部族との交流
第15話 最寄りの街まで辛い馬車旅
「ケンジ殿、そろそろ次の街に到着しますよ」
馬車の御者台から、護衛リーダーのディガーさんが声を掛けて来た。
「んぁ?」
ここのところ寝不足だった俺はいつの間にかうつらうつらしていたようで、返答がおかしくなってしまった。
「あ、寝ておられましたか。すみません」
「あー、いや全然大丈夫。ふあぁ、ようやく宿でゆっくり休めるな」
「お疲れ様でした。商人やハンターでもないと、なかなかこういう旅は厳しいでしょうね」
ディガーさんが苦笑しながらそうフォローしてくれた。
俺があの最初の町(実はユニの町という名前だったようだ)を出発して既に5日が経過していた。
ディガーさんをリーダーとする護衛5人に守られながらの道中だったので、危険は全くなかった。途中で遭遇した魔物も全く危なげなく撃退していたからな。
食事は俺の屋台を駆使して暖かい物を食べる事が出来ている。
問題は馬車の振動でケツが痛いのと、慣れない野宿で熟睡できないってことだ。
途中で立ち寄る予定だった村や町が軒並み魔物の襲撃で壊滅していたので、ずっと野宿をする羽目になってしまった。
日中は馬車の振動に耐えるために身体を酷使し、夜も十分に休めていないので、とっくに疲労はピークを突破していた。
御者台の方の小窓を開けると、道の先に外壁が見えた。あれが次の街か。
久しぶりに大勢の人の気配をその向こうに感じて、ホッとする。
そして逆に、ここまでの道中で全く人の気配を感じていなかったことに改めて気付き、背筋にゾッと冷たさを感じた。
(本当に、ユニの町を守れて良かった)
思わず心の中でそうつぶやいた。
「着いた~!」
馬車を降りてウーンと背伸びをすると、関節がポキっと音を立てた。
あ~、早くベッドに倒れ込みたい。
「ケンジ殿、先に部屋でお休みください。夕食時になりましたらお部屋に伺いますので、それまでごゆっくり」
「それじゃお言葉に甘えて」
ディガーさん達はまだ色々とやることがあるみたいだが、俺はもう限界だ。宿の従業員に案内されるまま部屋にたどり着き、そのままベッドに倒れ込んだ。
「うーあー、久々のベッド…」
俺の意識はすぐに闇へと溶けて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ザザザザ・・・
風が吹き、草や木の葉がこすれ合う音が辺りに響く。
頬に当たる風は少しひんやりしている。
(あれ?窓を開けたまま寝ちゃったかな)
と思ったが、そもそも部屋の様子なんてまるで見てなかったな。
そういや、夕飯時にはディガーさんが呼びに来るって言ってたけど、今何時くらいだ?
重い瞼をやっとこさ開けて見ると…
「え?」
俺の目の前には緑が広がっていた。
思わずガバっと上体を起こして周りを見渡すと、どうやら草むらに倒れ込んでいたらしい。
周囲には俺の腰くらいの高さの雑草が生い茂っており、座った状態ではその向こうまで見通すことはできなかった。
「はぁ!どうなってんだ?」
ベッドはどこへ行った?
何で草むら?
寝起きで鈍った頭の中を疑問がグルグルと回り、思わずキョロキョロと周囲を見回してしまう。
かろうじてここから見える範囲だと、周囲が背の高い樹に囲まれているみたいだ。
(って、森の中!)
ヤバい、ヤバい!
慌ててコルク銃を呼び出し、散弾をイメージして装填する。
動きを止め、息を止め、周囲の気配に集中する。
ザザザ、という葉擦れの音しか聞こえない。とりあえず近くに魔物はいない、かな?
ふぅ、と止めていた息を吐きだし。緊張を解く。
(そうだ、精霊!)
落ち着いてみれば、精霊に聞けばよかったじゃん。焦り過ぎだろ、俺。
内心で苦笑を漏らす。
…あれ?
(おーい、精霊!)
おかしい。普段なら呼べばすぐ、いや、呼ぶ前から既にスタンバっているはずなのに。
「精霊、どうした」
今度は声に出して、再度呼びかけてみるも返事は無かった。こんな事はこの世界に来てから初めてだ。
「おいおい、マジかよ」
この訳の分からん状況で、精霊のサポート無しとか、あり得んだろ!
この状況で独りぼっちと認識した途端に不安が押し寄せて来る。
周囲の森から今にも魔物が飛び出してきそうで、冷汗がダラダラと流れて止まらない。
「くそ、落ち着け、落ち着け」
ゆっくりと深呼吸して、バクバク鳴る心臓を宥めていく。
まずは周囲の状況確認と安全の確保だ。
「そうか、くじ引き屋台だ!」
思い付くと同時に屋台の召喚を意識すると、目の前に見慣れたくじ引き屋台が出現した。
慌てて屋台の中に転がり込む。
「ははっ…いやー、こんなことにも気づかないとは、相当パニくってるな」
ようやく人心地付いて、冷静に考えられるようになった。
ついでに立ち上がって草むらの周囲を観察することにした。
周囲は見渡す限り、樹木が生い茂っている。ここはその中にぽっかりと空いた、直径が4~5mほどの広場のような場所だった。
木々の向こうは暗くて見通せない事からして、かなり深い森のようだ。
到着したあの街の周囲にこんな巨大な森は無かった…、かどうかは分からない。
「どの道この世界の地理はさっぱりだから、現在地の手掛かりにはならないよな」
くそー、精霊に聞ければ一発なのに。何やってんだ?あいつ。
「まあいい。とりあえず周囲の安全確保が先だな。<ショバ管理>」
ひとまずこの広場を確保しようとスキルを発動する。
「あれ?」
いつもの”掌握した”という感覚が無い。失敗した?
「もう一度<ショバ管理>」
やはりダメだ。
ということは、ここの土地は誰か所有者なり管理者がいるということになる。こんな深い森の中の土地を一体誰が?
「はぁ、分からない事だらけだな」
精霊のサポートも無しに森の中を歩くのは自殺行為でしかないので、俺はこの広場で夜を明かす事を決定した。
スキルの機能であるクーラーボックスの中にはまだ食材が沢山入っているし、数日は大丈夫だろう。
それから間もなく、わずかに見えている空が朱く染まり、すぐに夜になる。
網焼きの屋台を出して夕食を済ませると早々にやることが無くなってしまった。
さっき起きたばかりの気がするが、もう寝るか。
俺はくじ引き屋台の床に寝転がってみた。
「うう、固い。何か敷くものが欲しいよな」
仕方ない。着替えのシャツを対価にして、何か敷物を景品カタログで探してみることにしよう。
「うーん、何かいいものは…お!これなんか良いな」
カタログには手ざわりの良さそうな、ふわふわの毛皮が表示されていた。
「ポチッとな。”
まさに寝具に最適な素材のようだ。
早速当たりくじを引いて、”
手元に飛んできた毛皮を触ってみると、何とも言えない心地よさを感じる。
「これは良いものだ」
ついつい何度も撫でたくなってしまう。病みつきになりそうだ。
パッと床に広げると即座にゴロンと横になる。
「ふぁ~、気持ちイイ~」
確かにこれはよく眠れそうだ。
いきなり森の真ん中に放り出された不安感もあっというまにどこかに行ってしまい、俺の意識は夢の世界へと速やかに旅立った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一方その頃、宿では…
「ケンジ殿、夕食ですよ」
コンコンコン、とノックと共にディガーが部屋の中に声を掛けるが、返事はない。
ケンジはかなり疲れているように見えた。きっと眠っているのだろう。
このまま寝かせておくか、夕食のために起こすべきか。
ディガーは少し迷った後、このまま寝かせておくことを選択した。宿の従業員には念のため夜食の用意を依頼して、ディガーたち護衛一同は食堂へと向かった。
そして翌朝、返事のないケンジの部屋の扉を従業員に開けさせたディガーは、昨晩の自分の選択を後悔することになる。
ディガー達は周囲の聞き込みをしたものの、誰もケンジの姿を見た者はおらず、そもそも部屋を出入りした形跡すら見当たらなかった。
その後、報告を受けたハンターギルドは追跡の専門家を集めて調査を行ったものの、全く手掛かりは掴めなかった。
ユニの町を救った英雄は、こうして唐突に姿を消した。
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