第14話 旅立ち

魔物の大群を撃退した後の話をしよう。


テキ屋組が弾幕を張っていた辺りは地面が抉れて、まるで水が枯れた湖みたいになっていた。そして、そこには魔物の死体の代わりに、牙や皮などの素材が転がっていたそうだ。

射的のスキル効果のせいだな。

ハンター連中は「手間が省けた」と喜んでいたし、この素材の売却益が防衛戦での損失を上回り、町はすぐに活気を取り戻すこととなった。


あの魔物の襲撃はこの町だけでなく、北側のあちこちで発生していたことが、後日判明した。

この町に来たのは鬼系の魔物の大群だったが、他所では獣系や昆虫系、鳥系など様々な魔物の群れが襲ってきたらしい。

いずれも魔物らしくなく統率が取れており、いくつもの町が陥落したと聞いた。


そんなある日、ハンターギルドから呼び出され、ギルマースと話をした。

「北部最大の城塞都市ホクトからの要請でな、ケンジ殿の力を借りたいそうだ。この町の防衛にケンジ殿の固有職業が大活躍だったことが伝わったらしいな」

元々、北方には魔境と呼ばれる魔物の蔓延る地域があり、昔からこのホクトを中心とする地域が魔物に対する防波堤としての役割を担ってきたのだそうだ。

今回の魔物の襲撃も、このホクトの活躍が無ければ、もっと被害は大きかっただろう、とギルマースは言う。

「そう言う背景もあってな、周辺の都市国家は魔物の脅威に対しては団結してホクトに協力する取り決めとなっているんだ。外国人であるケンジ殿に強制することはできんが、できれば協力して欲しい。この通りだ」

そう言って、膝を付いて首を垂れる。

「ああ、そこまでしなくても大丈夫だ。俺も他の場所に行って屋台を広めたいと思っていたしな、ちょうどいい」

「そうか。いやー、助かった」

あからさまにホッとした顔をするギルマース。

「ただし、タダ働きは御免だし、待遇もそれなりのものを要求するぞ」

俺はきっちりと釘を刺しておく。

「ああ、それは大丈夫だ。国賓待遇が約束されている」

「いや、それはそれで大げさすぎるだろ」

勘弁してくれ。


こうして、俺は近いうちにこの町を離れることになった。

そこで問題になるのが、このまま俺がいなくなると、せっかく育てたテキ屋見習いたちが再び路頭に迷ってしまう、ってことだ。

スキルに頼らず現地にある物を使って、屋台を実現できるようにしておかないとな。


商業ギルドに言ってヤーリテさんに相談。

「なるほど、あの屋台を再現するわけですか。しかし、よろしいのですか?普通、こういうノウハウは秘匿して利益を独占するものなのですが」

「構わないさ。神様の思し召しだからな」

「感服いたしました。私もできる限り協力させていただきます」

ヤーリテさんが胸に手を当てて敬意を示すポーズをする。

いや、本当に神様の要望なんだよ、マジで。


ヤーリテさんに紹介してもらった職人に、スキル<屋台開発>の機能を使ってあれこれ指示しながら、屋台テントや調理器具、備品などを作ってもらった。コルク銃や綿あめ機、かき氷機なんかも器用に作ってくれた。

電気やガスを使う部分は、こっちの世界特有の魔道具で置き換えた。

同様に、お好みソースやマヨネーズ、紅ショウガや醤油などの調味料や薬味についても、料理人を紹介してもらってレシピを開発してもらった。


これらの成果物、設計書やレシピなどは商業ギルドに登録され、その使用料がテキ屋見習い達に支払われるようにしておいた。少なくともこの町でパクリの商売を勝手にやられることは無いと、ヤーリテさんが保証してくれた。


俺は、そうして用意した全ての屋台の統括をジェイシーに任せることにした。

「私たちだけでできるでしょうか?」

ジェイシーが不安そうに尋ねてくる。

「大丈夫だ。スキル効果が無くなる分コストは増えるが、その分の資金は渡しておく。何より、屋台を運営する技術については、もうすでに俺を超えてる奴だっていっぱいいる。あいつらと力を合わせれば、どうとでもなる。後は頼んだぞ」

「は、はい!頑張ります」

「そうだ、今後の事を考えると、ジェイシーも商業ギルドに登録しておかないとな」

そう言って、ジェイシーを連れて商業ギルドに向かった。


ギルドの窓口にて。

「では、こちらの機械に手を当ててください」

「こ、こうですか?」

ジェイシーが怖々と水晶玉に手を当てた。

「はい、結構ですよ。こちらがあなたのギルドカードとなります。内容をご確認ください」

「ありがとうございます。…え?」

カードを見ていたジェイシーが固まった。

そのカードの職業欄には「テキ屋(ショバ管理)」と表記されていた。

あー、しまった。今までずっと”転職”について話す機会が無かったんだよな。

「まー、あれだ。これでお前も立派なテキ屋だ。これからも精進するように」

肩をポンと叩きながらそう言うと、ジェイシーの顔がゆっくりとこちらを向いた。

「うぇぇ!?」

彼女が落ち着くまでしばらくかかった。


場所を変えて、ギルド併設のカフェで一休みしながら事情を説明した。

「そうだったんですね。じゃあ、他の皆さんも」

「ああ、概ねテキ屋見習いに”転職”してるはず。一部はジェイシーのように見習いが取れているだろうな」

「はぁー、凄いです」

ジェイシーはまだ信じられない、と言った感じでポーっとしている。

「だから言ったろ?何とかなるって」

俺はニヤッと笑ってやった。

「あ、ああ!そう言う意味だったんですね。なるほど、はい。これなら何とかなりそうです!」

ようやく自信が持てたのか、ジェイシーは晴れやかな笑顔でそう頷いた。


その後、俺のスキル抜きで屋台を営業すること1週間ほど経過し、問題なく回せることが確認できた。

今日は俺の参加する最後の営業だった。神殿に戻って軽くあいさつして、これでお別れだ。

「よし、皆もう大丈夫だな。お前たちは既に一人前のテキ屋になっている。俺がいなくても十分にやっていけると、これで証明されたな。これからもこの町の人々を楽しませてやってくれ」

「「「はい!」」」

「うっし、解散」

「「「ありがとうございました!」」」


「ケンジさん、本当にこれまでありがとうございました。これほど充実した日々を送れるのも、全部ケンジさんのおかげです」

「ニィキさんが頑張ったからだよ。今となっちゃ、俺よりもヘラさばきが上手だもんな」

ニィキさんと握手をする。お好み焼きを焼き続け、手にタコができていた。立派な職人の手になったな。


「この老骨が人様の役に立てるとは、思ってもいなかったですよ。本当にありがとうございました」

とジサーマさん。

「俺が誰かを笑顔にできるなって思ってもみなかった。ケンジさんが来てくれて本当に良かった」

とオヤージュさん。

「言い寄ってくる男が減ったなと思ってたら、まさか職業が変わってたなんてね。今までずっと苦労させられてきたから、本当に救われたよ。ありがとう、ケンジさん」

とアーネさん。


「屋台のおかげで神殿の財政がすっかり改善されました。孤児たちにもお腹いっぱいに食べさせてあげられるようになりました。本当にありがとうございました。ケンジ様をお遣わしくださった神様に感謝を」

とマームさん。


その後も続々と握手を交わしながら感謝されて、背中がムズムズしたが、悪い気分ではなかった。

「それじゃ、元気でな!」

皆に手を振って、俺は神殿を後にした。


翌日の朝早く、宿の前にハンターギルドの手配した迎えの馬車が来た。

「おはようございます。護衛を務めるディガーと言います。準備はよろしいですか?」

「ああ、よろしく頼む」

「お荷物は?」

「これだけだ」

片手に下げた背負いカバン一つが俺の荷物だ。余計な物は全部神殿に寄付してきた。

俺は馬車に乗り込んだ。

馬車がガタゴトと動き出し、窓の外の町並みが後ろに過ぎ去っていく。


馬車が大通りに出ると、何だか騒がしい。

「ケンジさーん!お元気で―!」

「町の救世主!英雄ケンジ、万歳!」

「またお会いしましょう、ケンジ殿!」

窓を開けてみるとそんな声が聞こえて来た。大通り沿いに人が並んでこっちに手を振っていた。

神殿の皆を始め、商業ギルドの職員、屋台のお客だったハンターたち、見覚えのない人もたくさんいるが、多分屋台のお客だろう。

まさか、こんなにたくさんの人たちが俺を見送りに来るなんて、思ってもみなかった。

俺は窓から身を乗り出して手を振った。

ああ、くそ。何か目がぼやけてよく見えねぇや。

町の門まで、見送りの人の列が途切れることは無かった。


さあ、北の都市ホクトに着いたらまた一からやり直しだ。

また仲間を集めて、ショバを確保し、縁日の屋台をホクトの住人達に見せてやろう。

魔物になんか負けないよう、毎日を笑顔にしてやろう。

俺の屋台で!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る