第12話 防衛戦

魔物の到達予想は明日の昼過ぎだ。

今も急ピッチで外壁の補強工事が行われている。

「土魔法使える人!ちょっと来て」

「農家や鉱夫でもいいよ、穴掘ってくれ」

「大工か木こり!木材の加工を頼む」

この世界特有の「職業が無いとその仕事ができない」という問題で、人の割り振りが難しいらしい。単純な力仕事には体力自慢のハンターが活躍する。


テキ屋組の内、食べ物系の屋台は、働く彼らに食事を提供して協力している。

そして、俺とオヤージュさん等の遊戯系屋台は、神殿の前庭を借りてひたすら遊んでいる。

ように見えるが、これでも立派に仕事中だ。

俺は、倉庫から持って来た武器や防具などをくじ引きの代価に入れて、当たりくじを引き当てて、数段上の高価な装備品に変える作業をしている。おかげで俺の周りには、一国の宝物庫に入っていてもおかしくないような武具が山積みになっている。

この防衛戦が終わった後、これらの品が問題を起こしそうな気がするが、今は考えないでおこう。

同様に、射的と輪投げも、安価な錬金術素材を対価に入れて、高価な錬金術素材に変える作業を行っているのだ。こっちはズルが出来ないから、担当者を増やして「数打ちゃ当たる」作戦だ。


おもちゃ屋台の水笛とピロピロ笛も防衛で使うので、近隣住民から集めた不用品を対価に突っ込んで、備蓄を増やしている。


「お疲れ様です。お飲み物はいかがですか?」

「マームさん、ありがとう。いただくよ」

黙々と単調なくじ引き作業をしていると、マームさんが差し入れを持ってきてくれた。

「こんなに”職無し”の皆さんが生き生きとしている姿を見るのは初めてです。こんな時に不謹慎ですが、皆さん町のためにお役に立てるのを喜んでいる事でしょう。これもケンジ様のおかげです。本当に、ありがとうございます」

マームさんがまるで神像に祈りを捧げるかのようにして俺にお礼を言ってきた。正直照れくさい。

「俺は、自分の商売のために皆を雇っただけだ。そのチャンスを生かして頑張ったのは彼ら自身さ」

「ふふ、それでも最初のきっかけはケンジ様ですから。貴方をお遣わしくださった神様に感謝を」

あー、うん。それが正解だ。


ここに来てまだひと月くらいしか経ってないが、仲間ができた。屋台のお客とも知り合いになった。この町に、たくさんの絆が出来た。


絶対に守るんだ、この町を。


◇◆◇◆◇◆◇


翌日、粗方の作業が終わり町中で、皆が早めの昼食を食べている最中だった。

カーン!カーン!カーン!

普段は聞かない鐘の音が聞こえた。

「ついに来たか」「急げ!」「非戦闘員は避難しろ!」

町が一気に慌ただしくなった。

とうとう、見張り塔から見えるところまで魔物の大群がやってきたのだ。


見張り塔の監視員が大声を出す。

「報告!北北東、距離およそ2㎞の地点に魔物の群れを発見!規模は、見える範囲だけでもおそらく1万を超えます」

下で聞いていたハンターたちが騒めく。

敵の規模に青ざめるハンターも多い。

当然だ。この町は総人口が6千人程度で、戦えるのは2千人もいない。


しかも、間の悪いことに明日が休息日なのだ。休息日には職業の恩恵が弱まる、つまり戦力が低下するのだ。

だから、今日中にできるだけ敵の数を減らしておく必要があった。

そのこともプレッシャーとなってハンターの間に不安が広がっていく。


その時、ハンターギルド支部長のギルマースが大声で指示を出す。

「おら!ビビってんじゃねぇぞ!ブルってる奴はお面を装備しろ!」

まだ駆け出しと思われる若いハンターが、その言葉でハッと気づいて、変身ヒーローもののお面を顔に取り付けた。その途端、足の震えが停まった。

「任せろ!この町はオレが守る!」

そして決めポーズ。シャキーン!

お面の特殊効果「なりきり」で、恐怖心が薄れ、勇気が湧いてくるのだ。

完全に顔に装着せず、頭に引掛けるだけでも弱い効果が得られるので、事前にハンターたちにお面が配布されていた。ちなみに、女性には魔法少女キャラのお面が配られている。


町の北側に広がる草原には、整然と隊列を組んで押し寄せる魔物の群れが見えている。

先陣は子供のように小さい体躯だが器用で身軽な小鬼族ゴブリンが多数を占めている。その小鬼族の海に浮かぶ島のように、2メートル近い身長の相撲取りのような体形で、頭部が猪である猪頭鬼族オークの集団が入り混じっている。その後ろには、猪頭鬼族よりもさらに大型で筋肉質の体形に角の生えた恐ろしい形相をした大鬼族オグルが整然と並んで歩いている。大鬼族に混ざって、牡牛の頭を持つ巨人である牛頭鬼族ミノタウロスの姿も見える。


この光景を目にしたベテランハンターたちが騒然としている。

「ありえねぇ。種族の違う魔物があんなお行儀よくまとまっているなんて聞いたことねぇぞ。ありゃまるで軍隊じゃねぇか!」

「あの大群を指揮している奴がいるってことか?」

ザワつくハンターたちに、ギルマースが声を掛ける。

「落ち着け。だとしても俺たちのやることは変わらない。魔物を倒すだけだ」

「…ああ、そうだな」


そしてついに魔物たちが地響きを立てて駆け出し始めた。

ドドド!

「来るぞ!魔法部隊は射撃準備!」

魔法系職業持ちのハンターが精霊に魔力を供出して準備に入る。

「撃てぇ!」

横一列に並んだ魔法部隊から、炎や氷や岩石の球体や、見えない空気の塊が、バヒュ!と高速で撃ち出され、魔物の群れへと飛んで行った。そして着弾。

火柱が立ち上り、氷柱つららや岩塊が飛び散り、爆風で魔物が宙を舞う。

ドゥン!と少し遅れて爆音が届いた。

「す、すごい」「いつもの倍くらいは威力があるぞ!」「これが私の魔法?」

その魔法を放ったはずの魔法部隊から驚きの声が上がった。


今から30分ほど前、魔法部隊のハンターたちはこの場所に来る前に全員かき氷の屋台に並ばされていた。

店員に自分の得意な魔法属性を伝えると、それに合わせた色のかき氷を渡されたのだった。

「いいか!必ずこれを全部食ってから壁に登れ」

部隊リーダーの指示に従ってかき氷を食べるハンターたち。

「これから戦闘だっていうのに、こんなの食べてる場合なのかな?」

「わざわざ食べろっていうんだから、何か意味があるんでしょ」

そうぼやいていたハンターたちは、今その真意を理解していた。


しかし、魔物たちは魔法攻撃で被害が出ても臆することなく突き進んでくる。


「射撃部隊!攻撃準備」

部隊リーダーの指示で弓を扱える職業持ちのハンターが矢をつがえる。

今回の防衛戦ではハンターギルドから武器が貸与された。どの弓も信じられないほど高価なものだ。この弓ならば、駆け出しハンターだって飛翔竜ワイバーンを打ち落とせるに違いない。ハンターたちは普段は絶対に触れないような高級弓を実戦で使えることに興奮していた。

そんなハンターたちに混じって、射的屋台のコルク銃を構える者が10名ほどいた。ハンターではなく屋台の店員だ。

(こいつら何なんだ?それって射的屋台で使ってるおもちゃだろ?)

隣で弓を構えるハンターは困惑していた。

「撃てぇ!」

ヒュ!と矢が放たれたと同時に物凄い音が近くで鳴り響いだ。

ダダン!ダダダッ!

コルク銃の先が火を噴き轟音を発しているのだ。

すると、まだ放った矢が宙を飛んでいるというのに、その先の魔物が血しぶきを上げて倒れたのだ。

「まさか、そのおもちゃの攻撃なのか!」「おいおい!マジか」「何が飛んでんだ?全く見えねぇぞ」

弓を持つハンターたちが驚愕の眼差しで、火を噴くコルク銃を見つめていた。

ダダダッ!ダダン!

「おら!ぼさっとするな。射撃準備!」

リーダーの叱責で我に返り動き出すハンターたちを尻目に、屋台の店員たちは先ほどから絶えず轟音を響かせて、魔物をなぎ倒し続けていた。


魔物たちは犠牲をものともせず、むしろ他の魔物を盾にしてまで突き進んできた。


「投擲部隊!攻撃開始」

投げ槍や投石などで攻撃できる職業持ちのハンターたちが接近してくる魔物へ攻撃を始めた。

その中に、輪投げ屋台の店員が紛れ込んでいた。

「おい、何でお前らがここにいるんだ?遊んでる場合じゃねえだろ!」

事情を知らないハンターが咎めるように声を掛けた。

「まあ、見てなって」

屋台の店員が自信ありげにそう言うと、魔物に向かっておもちゃにしか見えない輪っかを投げた。

「はぁ!?」

そのハンターは自分の目を疑うような光景を目にする。

飛翔した輪っかがぐんぐんと大きくなり、走り寄る魔物にスポッと填まると同時にギュ!と輪が締まり、拘束してしまったのだ。

バランスを崩した魔物はそのまま転倒し、後ろから来た魔物に踏みつぶされた。

その後も次々に投げられる輪っかによって魔物は動きを封じられ、他のハンターによる攻撃で止めを刺されていった。


魔物側は多大な犠牲を出してはいるものの、一向に勢いが弱まる気配が無い

とうとう、壁へたどり着く魔物が出てきてしまった。

過去の事例では、このような高い外壁を登る魔物はいなかったはずなのだが、何と組体操のように魔物同士が協力して、他の魔物を踏み台にして壁を登ろうとしてきたのだ。

「くそ!魔物のくせに知恵が回りやがる」

ベテランのハンターが毒づく。

「壁に登らせるな!落とせ!」

槍などの長柄武器を持つハンターが壁際によって、登ってくる魔物を突き殺して回る。

「くそ!数が多い!」

長柄武器を扱えるハンターの数は限られており、圧倒的に手が足りていない。

と、そこへ駆け出しハンターがおもちゃのピロピロ笛を手に駆け付けて来た。

「任せてください!」

そのハンターは壁際に寄ると、登ってくる魔物の顔を目掛けて思いっきり笛を吹いた。

プピー!

けたたましい音と共に、丸まっていた筒がびょんと伸びた。

すると、登ってきた魔物は四肢をビンと突っ張らせて硬直し、そのまま下にドスン!と音を立てて落ちた。

「マジか!」「すげー、どうなってんだ?」

長柄武器で戦っていたハンターたちも思わず驚いて手を止めてしまっていた。

多くの駆け出しハンターたちがピロピロ笛を持って壁の上を走り回り、次々に魔物を落としていく。

「は!こりゃ負けてらんねぇな」

こうして、長柄武器を持ったハンターとピロピロ笛を持つ駆け出しハンターたちによって、最後の壁も守られていた。


こうして北側の外壁上で攻防戦が繰り広げられる中、町の中でも住民有志による戦いが繰り広げられていた。

ピョロロロ♪ピョロロロ♪

北側以外の外壁沿いではそんな間の抜けた音が鳴り響いていた。

壁の内側に一定間隔で人が立ち並び、手に小鳥の形をしたおもちゃの笛を持って一心不乱に吹き鳴らしているのだ。

ピョロロロ♪ピョロロロ♪

「はぁ、はぁ」

「おい!無理するな、交代しろ!」

「お、オレはまだやれる」

「顔が真っ赤ですよ、お義父とうさん。後は私に任せて、休んでてください」

「す、すまねぇな」

「それは言わない約束ですよ」

このように、何人もが交代しながら、絶えることなく笛を吹き鳴らしていた。


この笛の音によって魔物は北側以外の外壁に近づくことができず、結果として戦力を北側の外壁上に集中することができているのだ。


その頃ケンジはと言うと、くじ引きの機能を使って、消耗品である矢や投げ槍などを生成して補充する任務に当たっていた。カタログ使用と当たりくじ操作はケンジにしかできないので人に任せられなかったのだ。戦況については各所を回っているジェイシーから伝え聞いていた。


屋台は常にフル稼働で、魔力や体力を回復する効果のある食べ物は常に需要があり、かき氷も効果時間が切れる度に前線の魔法部隊へと届けられていた。


戦い続けて日が傾いてきた頃、ようやく魔物たちが退却して行った。

「やったー!」「守り切ったな」

外壁上で歓声が上がる。

最低限の要員を壁上に残し、ハンターたちは下に降りた。そして、屋台には食事を求めるハンターたちの行列ができていた。


見張り塔の監視員は撤退して行く魔物たちを油断なく観察していた。このまま森の向こうへ帰ってくれ、という彼の祈りは通じなかった。

「おい、アレ」

「まだあきらめてないのか?」

魔物たちは町からしばらく離れた、魔法も届かない場所まで行くと、再び集合し始めたのだ。

その数は、最初から比べると大幅に減少していた。監視員の見立てでは3千ほど。

この報告は、ギルマースを通じて対策本部へと伝えられた。


明日は休息日のため不安があったが、敵の数を大幅に減らせたため、明日1日を凌ぎ切れば明後日には決着がつくと、誰もが楽観視していた。


その日は夜襲も無く、無事に朝を迎えた。


◇◆◇◆◇◆◇


俺は朝日が昇るとともに目を覚まし、戦場の様子を見るために外壁に登ってきた。

今日は安息日で、町中に気怠そうな雰囲気が漂っていた。ハンターたちの動きもどこか精彩を欠いている。

外壁の上に立ち、町の外を眺める。

「うへぇ、酷いな、これは」

外壁の外は魔物の死体がゴロゴロと転がり、酷い有様だった。悪臭も漂っている。

ハンターたちが、壁の直下の死体だけ運び出しているのが見える。

「そんで、あれが敵か」

俺の視力ではよく見えないが、遠くの方に魔物の群れらしきものが見えた。あれがいなくならない限り平穏は戻ってこないのか。


とその時、見張り塔の上が騒がしくなった。

「報告!敵の増援を発見!総数は不明なれど、土煙の規模からは昨日と同程度の可能性あり!」

それを聞いた伝令が対策本部へと走って行った。周囲にたまたま居合わせたハンターや住民たちは顔を真っ青にしてその場にへたり込んでいた。

「マジかよ」

休息日じゃハンターたちもろくに戦えないんだろ?

普段と同様に動けるのは俺たちテキ屋組だけか。

「こりゃ、腹をくくるしかないか」

この町を守るため、俺は固有職業の力を全開で使うことを決めた。


対策本部となっている商業ギルドへ向かった。

ヤーリテさんに取次ぎを頼んで、重鎮たちに面会する。固有職業持ちという肩書はこういう時に便利だ。

この町の長を務める貴族と、各種ギルドのトップが集まっている。誰も彼もが、まるで葬式に参列しているかのように暗い表情だった。

その場で俺は挨拶もそこそこに本題を切り出す。


「なあ、この町の周囲の土地、全部まるごと俺の商売に使わせちゃもらえねぇか?」

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