第11話 失われた平穏
あの休息日の屋台でぼろ儲けしてから、早2週間が経った。
多くの人に屋台が認知されたためか、その後の路地での営業もお客が増えて、おかげさまで連日の大盛況だ。
人手不足で神殿の”職無し”を手伝いとして連日借りていたら、どんどん転職者が現れて、今ではほとんどがテキ屋見習いになってしまった。もはや”職無し”ではないのだが、誰もギルドカードを作っていないので、まだ職業については気付かれていない。
それと、人数が増えたので、シフトを組んで交代で休日を作ることができるようにもなった。こっちの世界には休息日以外の休日という概念が無かったらしく、これを言いだしたときには周りに驚かれてしまった。
スキル<屋台開発>を使って屋台の種類も増やした。これらの屋台も、スキルのせいで不思議な効果が追加されている。
かき氷屋: 属性強化(いちご=火、ブルーハワイ=水、メロン=風、金時=土)
りんご飴屋: 綿あめと同じ”デトックス効果”
おもちゃ屋: 光る腕輪=照明、水笛=魔物除け、ピロピロ笛=威嚇効果
お面屋: お面を着けるとそのキャラになりきることができる(精神に作用)
輪投げ屋: 射的と同様、戦闘にも使える
ハンターたちにも好評を得ていて、聞くところによると屋台の食べ物やおもちゃのおかげで安全性が高まり、負傷者が減ったのだとか。
「やあ、ケンジさん、こんにちは」
「ああ、いらっしゃい」
いつの間にか俺も有名になっていたらしく、こうして話しかけられることが増えた。
この人は剣士だったはず。いちごのかき氷を片手に近寄ってきた。
「いやー、今度北東の町まで任務で行くことになったんだけどさ、この屋台がしばらく使えなくなるなんて、耐えられないよ。ケンジさん、他の町にも屋台出さないの?」
「今はまだここだけで手一杯だな。まあ、いずれは進出したいと思ってはいるけどね」
「はぁ、魔物たちもケンジさんが屋台を広げるまで待ってくれればいいのにな」
「魔物?」
何で、ここで魔物が関係あるんだ。
「そっか、ハンターじゃないと知らないかな。最近北東の開拓村のいくつかが魔物の群れに襲撃されてね、壊滅したところもあったらしいんだ。それで、この町からも念のため調査団を派遣するってことになったんだ」
「そいつは物騒だな」
「ま、ここらじゃ開拓村の壊滅はそこまで珍しい話じゃないから、心配することは無いと思うよ」
村の壊滅が珍しい事じゃないって、この世界って思ったよりヤバいな。
この話を聞いてから気にしてみると、確かに噂話に魔物の話題が増えているようだ。
そういや、俺はその辺の事全然知らないな。この世界に来た初日以外は町の外に出たことが無いし。
久々に精霊に聞いてみよう。
『魔物と言うのは、邪神様が創造された生き物の総称で、人間および人間の作り出した物を破壊するために存在します』
「何それ、怖いな。神様はそんなのを野放しにしてるのか?」
『神様と邪神様は対等な関係ですので、お互いに口を出せないのです。その代わり、神様は人間が魔物に対抗できるように職業を与えました』
「そんな風になってんのか。それなら逆に邪神が魔物を強化するなんてこともありか?」
『はい。実際、魔物の強さは人間の勢力に合わせて強くなったり弱くなったりするようです』
「うわ~、何か嫌な話を聞いた」
『より詳しくは、神話として伝承されていますので、神殿で聞くことができます』
町の中にいると気付かないが、思ったより殺伐とした世界らしいな、ここは。
それからさらに1週間後。
屋台を訪れたハンターたちが立ち話しているのを小耳にはさんだ。
「なあ、聞いたか。北東の町が魔物の襲撃で陥落したらしいぞ」
「マジか!」
「今朝、大勢のハンターがボロボロになってこの町にたどり着いたんだ。鬼系の魔物の大群で、まるで軍隊みたいに隊列組んで攻めて来たって話だ」
「魔物の軍隊かよ。開拓村の壊滅なら良く聞く話だが、町が陥落したってのは今まで聞いたことが無いぞ。どうなってんだ?」
そのハンターたちは喋りながら通りの方へ歩き去っていった。
改めて周囲のハンターたちの様子を見回すと、確かにいつもよりも浮足立っている感じがした。
顔を知っているハンターがいたので、その件を聞いてみた。
「その北東の町ってのはどのくらい離れてるんだ?この町にもその魔物の大群が来るのか?」
「そうだな距離は馬車で3日って所だ。逃げて来たハンターの話だと、魔物は北の方から来たらしい。そのまま南下してくるとすれば、ここと、東の町のどちらに来るかは分からんな」
「この町は大丈夫なのか?」
「分からん。町はどこも大体同じ作りだ。あとはハンターの数と質だが、先週調査団を派遣してしまったからな、正直不安だ」
マジかー!せっかくこの町にも屋台が馴染んできたってのに、冗談じゃないぞ。
翌日から、町の雰囲気はガラリと変わった。偵察のハンターがこの町に向かう魔物の大群を発見したのだ。
ハンターたちは臨戦態勢になって、防衛の準備に当たっているし、住民たちも避難できる頑丈な建物の補強やら食料の備蓄やらで慌ただしくなった。
こうなると通常の営業はできない。俺は幹部職員を呼んで会議を開くことにした。
神殿の事務所に、ニィキさん、ジサーマさん、オヤージュさん、アーネさん、ジェイシーが集まった。マームさんにも同席してもらっている。
「さて、町が厳戒態勢になったので、通常の屋台営業はできなくなった。この町の危機に、俺たちも町のためにできることをやって行こうと思うんだが、俺はこういう事態に詳しくない。何をやればいいと思う?」
と皆に問いかける。
ニィキさんが発言する。
「ハンターのための炊き出しに、食事系の屋台を活用してもらうのはどうでしょう」
皆も頷いている。
「おもちゃ類もハンターには好評だったから、無償提供すれば喜ばれると思うぞ」
続いてオヤージュさんからの意見。
「なるほどな、ハンターへの後方支援って奴だな。これはハンターギルドと相談して決めた方が良いか。後で俺が行こう。他には?」
その後も意見を募り、いくつかの方針が固まった。
・ハンターギルドと協力し、食事やアイテムの提供で支援する。
・クーラーボックスを使って、新鮮な食材を保管、提供する。
・射的と輪投げの戦闘用機能を使って、直接戦闘に参加する。
・くじ引きの景品機能を使って、ハンターの装備をグレードアップする。
早速手分けして進める。
ジェイシーを俺の代理として商業ギルドに送り、食料備蓄や装備品の入手について相談をしてもらう。
オヤージュさんには射的と輪投げで戦う志願者を集めてもらい、訓練をやってもらう。
ニィキさんとアーネさんには、俺と一緒にハンターギルドへ行ってもらうことにした。
ハンターギルドでは、俺の顔パスで支部長の部屋に通された。
「やあ、ケンジ殿、よく来てくれた」
あれ?屋台でよく見かけるハンターじゃね?
「名乗るのは初めてだったかな。私が支部長のギルマースだ。よろしくな」
「あんたが支部長だったのか」
差し出された手を握る。ゴツイ手だな。
「ハンターじゃないケンジ殿がここに来るとは珍しいな」
「ああ。町が落ち着かないと商売どころじゃなくてね。俺たちにも協力させてもらいたい」
「協力と言うと」
「食事やアイテムの提供をしようと思っている。何なら無償提供でもいいぞ」
「それはありがたい!あの特殊効果付きのお好み焼きや串焼きがあれば心強い。報酬もきちんと払うから安心してくれ」
その後、屋台の場所や付けて欲しい効果などについて話し合い、ギルドからの協力要請と言う形で契約を結ぶことになった。
神殿に戻ると、ジェイシーも丁度帰ってきた。
「あ、ケンジさん、お疲れ様です」
「ジェイシーも終わったか。どうだった?」
「はい、こちらの提案をすんなり受け入れてもらえました。食料と装備品は倉庫にあるので、直接行って欲しいとのことでした。詳細はこのメモをご覧ください」
そう言って手書きのメモを渡された。
大半はこちらの想定通りだ。ギルド側からの要請として、くじ引きの機能を使って錬金術素材のグレードアップをして欲しい、とある。その程度はお安い御用だな。
そして協力の報酬が、屋台を出店区画を増やして、使用料を1年間無料にすると。さすがヤーリテさん、分かってるね。
こうして俺たちは、魔物の大群からこの町を守るための戦いに身を投じることになった。
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