第10話 休息日

翌朝、起きたらまたレベルアップしていた。精霊が神様から「レベルアップの恩恵を保留にしておくから、希望するスキルや機能があれば精霊に言え」と伝言を持って来た。

確かに、昨日もらった恩恵も全部試せていないからな、そうしてもらえると助かる。


着替えてすぐに神殿に向かった。歩きながら、昨夜の残り物のお好み焼きを食べる。スキルの”賞味期限延長”機能のおかげで、時間が経っているのに美味しいままだった。8時間くらいなら大丈夫らしい。

これならお弁当としてお好み焼きを売り出しても良さそうだな。


神殿に到着すると今日は人がいっぱいいるな。なんだろう?

「おはようございます、ケンジ様」

マームさんが俺を見つけて挨拶してきた。

「おはよう、マームさん。今日は人が多いが何かあるのか?」

「今日は休息日ですよ。もしかして、ケンジ様のお国では違ったのでしょうか?」

「あー、そうだな。こうして人が集まることは無かったな」

「そうでしたか。では、何かご用事でいらしたのですか?」

「ああ、昨日の仕事の感想とか意見を聞こうと思ってたんだが、休息日だとまずいかな?」

「いいえ、そんなことはありません。では、こちらへどうぞ」

奥の事務所に案内された。


応接スペースで待っている間に、精霊に休息日について聞いてみる。

『月に一度、職業の恩恵がとても弱くなる日があります。この日に仕事をしても効率が悪い、危険だ、などの理由で休息日とされるようになりました』

(なるほど。ってことは屋台にとっては絶好の稼ぎ時じゃないか?)

『職業の恩恵が得られませんが』

(あー、そこはほら、テキ屋だけ例外とかになんないか?)

『では、保留されているレベルアップの恩恵を使ってはいかがでしょう』

(それだ!できるか?)

『神様に照会中…、はい可能です。ただし、恩恵の弱まる日を一日遅らせるという効果になります』

(うーん、まあ、良いか。それで頼む)

『新たなスキルが創造されます。スキル<休息日の出店でみせ>がケンジ様に授与されました。このスキル効果は配下のテキ屋にも適用されます』

これで、休息日は俺たちにとって書き入れ時になった。


その後、従業員の5人がやって来て昨日の話を聞いた。


ニィキさんとジサーマさんによると、お好み焼きの効果を見たハンターから、仕事中に食べたいとか、他の効果は無いか、とか反響が凄かったらしい。

要望の多かった効果として、攻撃力や防御力を高めるバフ系、体力や魔力を回復するリジェネ系、怪我や状態異常を治すヒール系が挙げられたので、食材を調べてみることになった。


オヤージュさんからの報告では、射的やくじ引きで、料金の代わりに魔物の素材や傷薬などの現物で支払いたいというハンターが結構いたそうだ。それらは景品の対価に使えるので、ちゃんと料金以上の価値があるなら許可することにした。

ハンターに受けの良い景品は、やはり仕事で使える物で、薬類やナイフ、携帯保存食などが好まれるようだ。


アーネさんからは、ナンパがウザかったという話の他、病気や毒で寝込んでいるハンターが少なからずいるという話を聞いた。仲間のために綿あめを買っていくお客がそれなりにいたという事だ。外の仕事にも持って行きたいけど嵩張るから無理だ、という話もあった。


ジェイシーからは昨日の売上報告をしてもらった。お好み焼きが一番で銀貨15枚弱で、屋台合計で銀貨25枚銅貨13枚になった。使った食材や景品の代価が、銀貨5枚銅貨34枚相当だったので、利益は銀貨19枚銅貨79枚だ。利益の半分は今後の事業のために積み立て、残り銀貨9枚銅貨89枚が従業員の取分だ。

「ほぼ銀貨10枚!」「そんなにもらえるのか」「うわー、すごいねぇ」

単純に喜ぶ従業員に対して、マームさんは深刻そうな顔をしている。

「け、ケンジ様、それは流石に過分なのでは?」

「最初に言ったろ、儲けが出たら上乗せするって。だから気にする必要はないぞ」

「すごい、ひと月分の収入がたった一日で…」

マームさんが絶句している。今までの”職無し”の苦労が伺えるな。


「あ、そうだ。マームさん、こんなに神殿に人が来るんなら、ここで屋台をやらせてもらえないかな?」

「え?休息日にお仕事をなさるんですか?」

「ああ、許可がもらえるなら是非やりたい」

マームさんは困惑の表情を浮かべながら、「神殿長に確認して参ります」と部屋を出て行った。

「急に決めたけど、皆は大丈夫か?」

従業員たちに聞くと、全員問題ないらしい。と言うか、儲け話の予感に目をキラキラさせてる。

間もなくマームさんが戻って来て、許可がもらえたとの事。

「よし、やるか!」

「「「はい!」」」

気合の入った俺たち一行は、神殿の前庭へと向かった。


「はい、いらっしゃい、いらっしゃい!休息日だけの出店だよー。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。お代は見てのお帰りだよ!」

俺は屋台の前に立って呼び込みをする。スキル<ショバ管理>を発動して、ここ一帯は俺のショバになっているので、呼び込み効果が上昇している。神殿に礼拝に来た人々がフラフラと屋台の方に寄ってきた。

初めて目にする屋台に尻込みしているお客に、ジェイシーがさらに声を掛ける。

「これは射的と言って、あの道具を使ってあっちの棚の景品を打ち落とせばもらえる遊びです。面白いですよ~」

あんな感じで最後のひと押しをして、お客を獲得している。なかなか上手だ。


その後も、ジェイシーは難癖をつけるクレーマーに対処したり、迷子の対応をしたり、落とし物を届けたりと、あのドジッ娘とは思えないような仕事っぷりだった。

もしかして、と思い精霊に聞いてみた。

『はい、ジェイシー様は「テキ屋見習い(ショバ管理)」に転職済みです』

やっぱりそうか!


今日は神殿の敷地内でやっているので、他の”職無し”の方々にも手伝ってもらっている。上手くいけば、”転職”する者も出てくるかもしれない。


休息日と言うこともあり、客層は家族連れがほとんどだった。景品のチョイスに苦労したが、いつもより射的やくじ引きのお客が多かった。

綿あめも子供に大人気だった。ただ、袋がキレイだからと買って行ったのに、食べ終わるとそれが消えてしまって、泣き出す子供が続出してしまった。

う~ん、これはマズいな。精霊さんや。

『はい、お呼びでしょうか』

(綿あめの袋は食べ終わってからも消えないようにできるかな?)

『プラスチックごみのポイ捨てが問題になるので、難しいかと思われます』

(あー、日本でもそんな話があったな。じゃあ、持ち主が大事にしている間は消えない、とか?)

『流石にそれは条件が複雑すぎます。地面や樹木などの自然物に触れて数分間そのままなら消える、でどうでしょう?』

(いいんじゃないかな)

『では神様に照会します…、許可されました。スキル<綿あめ>の機能がアップデートされました。お確かめください』

(ありがとう、助かった)

早速このことをアーネさんに伝えると、ホッと安堵の溜息を吐いた。

「泣くお子さんを見て心苦しかったのよ。これで安心できるわ」

そう言うと、泣いてる子供に声を掛けて呼び寄せて、新しい袋を無料で渡してあげていた。その子供は今度は嬉しくて泣きじゃくっていた。


お好み焼きは今日も大好評だ。

休息日は他の料理屋は全部閉まっているから、家で食べるしかない。普通は保存食のような物を食べるそうで、質素で不味い食卓になるのだそうだ。

なので、昼食だけでなく夕食分も買って行く家族が続出し、行列ができてしまった。

こりゃマズいな。何かもう一つ食事系の屋台を出さないとダメか。

ここで、初めて使うスキル<屋台開発>の出番だ。

さて、何にするか。焼きそば?たこ焼き?う~ん、どっちもソース系の味付けでお好み焼きと被るんだよな。

そうだ、網焼き屋にしよう。あれなら、イカ焼き、焼きもろこし、焼き鳥、さらには豚串とか牛串とかいくらでも品目を増やせる。

そんな万能な網焼き屋を思い浮かべながら、スキル<屋台開発>を発動する。

ブォン!と屋台テントが、焼き台や調理台を含めて呼び出された。

食材はお好み焼き屋台のクーラーボックスから取り出す。まだ在庫はあるが、このままだと足りなくなるな。

「ジェイシー!マームさんに食材分けてもらえないか聞いてきて」

「分かりました!」

ジェイシーが走って行った。あ、コケた。

それを尻目に、手伝ってくれている”職無し”の少年に声を掛けて、俺は網焼き屋の準備に取り掛かった。


俺は、食材変換でトウモロコシを50個作り出すと焼き始めた。スキルで火の熾った炭が出てくるので、即座に焼けるのがイイね。

適度に焦げ目がついた所で醤油を塗ると、香ばしい匂いが漂う。お客さんがこっちに注目し出した。

「いらっしゃい、いらっしゃい!美味しい美味しい焼きもろこしだよ!」

「なあ、それって粉にして食べる穀物じゃないか。そのまま食べられるのか?」

「ああ、これはそのまま食べられる品種なんだよ」

「へぇー、1個くれ」

「へい、毎度あり!もう少しで焼きあがるからね」

1人が並ぶと様子を見ていた他の客も寄ってきた。

「はい、お待ちどおさん。1個銅貨3枚ね」

「ほう、どうやって食べるんだい?」

「こう横にしてガブっと歯を立てて、一列ずつ食べるんだ。熱いから気を付けてな」

身振り手振りで教えてやると、ガブっと行った。

「アチ、アチッ!おお、甘い!美味いな、これ」

と、そのお客が実に美味そうに食べてくれた。なんて良い人なんだ、絶好の宣伝になる。

案の定、後ろで見てた人から「俺にも1個!」「私にも」と声が上がり始めた。

「はいよ、並んだ並んだ」

俺は、手伝いの少年に焼き方を任せると、接客と食材の準備に回る。

さらにもう一人手伝いを増やして、イカ焼き、焼き鳥も追加した。

お蔭でこっちの屋台も大繁盛だ。お好み焼きと一緒にこっちも買って行く人が多いな。


昼を過ぎた時点で、既に昨日の売り上げを越えた。それなのに、客足は途切れる様子が無い。

そもそも、休息日はどのお店も閉まっているから出かける所が無い。そんな中で唯一出かけるとしたら、神殿への礼拝しかないのだから、こうなるのは必然だった。


これだけ忙しいとなかなか休憩も取れない。幸い、手伝ってくれている”職無し”たちの中から”転職”する者が3名出たので、ローテーションを組めるようになった。

今日中にまだまだ”転職”する者が増えそうだ。


夕方になると、また食事系屋台が混み始めた。従業員も疲労の色が濃いが、まだ目は死んでいない。あとひと踏ん張りだ!

そしてついに、食材が全部尽きてしまった。食べ物系の屋台は終了。

遊戯系の屋台も、切りの良い所で終わらせた。


昨日に引き続き、今日もまたへとへとになった。だが、心地いい疲労だ。

従業員も、手伝ってくれた”職無し”達も、晴れ晴れとした表情をしている。

「みんな、良くやってくれた。お疲れさん!明日は休みにするからゆっくり休んで欲しい。それと、手伝ってくれたみんなにも、ちゃんと給料出すから、明日マームさんから受け取ってくれ。それじゃ、解散!」

わぁー!と歓声が上がる。


ああ、これだよ、これ。祭りが終わった時の達成感とか解放感とか、ちょっと切ない感じの混じったこの感覚が堪らないな。

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