第7話 技術指導の効果
「さて、やるか」
俺は気を引き締めてスキルを発動させる。
「<射的>、<くじ引き>」
ブォン!
「まあ!」「ええ!」「おおー!」
突然現れた屋台テントに、マームさんや候補者、子供たちから歓声が上がった。
「それじゃあ説明するから、こっちに来てくれ」
ぞろぞろと候補者5人が歩いて来て、物珍しそうに屋台を見回していた。
「君らにやってもらうのは、お客からお金を受け取って、弾を皿に入れて出す事。景品の補充、違反行為の監視、などだ。まあ、今から一通りやってみようか」
まずは俺が手本になって、やって見せた。
ちなみに、お客役の子供たちには、マームさんが銅貨2枚を渡してやっている。こっちで受け取ったお金をマームさんに返して、ぐるぐる回すのだ。
景品の代価には、今日の朝市で仕入れた何かのドライフルーツを捧げたので、景品棚には各種ドライフルーツが並んでいる。子供にはこういうのが良いだろう。
「はい。こんな感じだ。では一人ずつやってみて。じゃあこっちから順にね」
一番近くにいた20代の青年が最初だ。
「はい」
緊張した様子で、子供たちから小銭を受け取り、台の下から弾の皿を取り出してから、コルク銃の使い方を説明してあげている。そのまま次の子供の方へ向かおうとしたので、俺は声を掛けた。
「おーい、その前に景品の準備だ」
「あ!はい」
そんな感じで所々で声を掛けて仕事を教える。
一通りの事を体験したら、次の候補者に交代して、同様に繰り返した。
候補者はいずれも真面目に仕事に取組み、こちらの言う事も素直に聞いてくれた。元の世界の新入りに比べればはるかに優秀だぞ。
中でもピカイチだったのが、中年のおっちゃんだ。子供のあしらいがかなり上手かった。
男の子相手にはわざと煽って盛り上げたり、小さな子が上手く当てれなかったら、こっそりと「おまけだよ」と言って、代価用のドライフルーツを渡したりと、かなり柔軟な対応ができていた。
やっぱり屋台にはおっちゃんが似合うということか。
後で、「勝手に商品を使ってすみません」と謝られたが、俺は良い対応だったと褒めておいた。
お客の子供たちは、景品のドライフルーツを食べてご満悦だ。
「あの、お代は…」
マームさんが申し訳なさそうに聞いてきた。
「協力してもらっているお礼だから、気にしないでくれ」
「そういうことであれば、ありがたく頂戴します」
そう言うと胸に手を当てて、膝を曲げた。多分お辞儀に相当するポーズなのだろう。こういう身振り手振りも覚えないとな。
「よし。射的は一旦ここまでな。次はくじ引きをやるぞ」
子供達からは不満そうな声と、新しい物への期待の声の両方が聞こえてきた。
こっちの景品の代価には、果物を捧げた。射的と違って重量物でも問題ないからな。
景品の価値を低く抑えて、くじの当たる確率を少し高くしておくか。
今回も俺が手本を見せた。
「はい、残念賞」
景品陳列台から、小さな緑の実が飛んで行った。
「うげぇ~、シュッパの実だ」
貰った子供が顔をしかめると、周りの子供達から笑い声が上がった。
どうやら、スキルの”残念賞”には笑いの取れる景品が選ばれるみたいだな。
その後、候補者たちに順番に店番をやってもらう。
こちらも全員、問題無くこなした。
「次は綿あめをやってもらう」
屋台を解除して消失させると、やっぱり驚きの声が上がった。
初めて使う<綿あめ>スキルだが、基本的に<お好み焼き>スキルと同じだな。
出て来た屋台テントや機材は、シゲ爺さんの屋台と同じ物だった。
スキル<お好み焼き>の機能”クーラーボックス”から小麦粉と芋を取り出して、スキル<綿あめ>の”食材変換”を使ってザラメを生成した。周囲の人は何が起こったのか理解していないようで、特に騒ぐことは無かった。
「さて、よく見ててくれ」
俺も慣れてるわけじゃないが、シゲ爺さんの所で習った作り方を思い出しながら、一通りの手順をこなして見せた。袋に入れて輪ゴムで閉じて完成だ。
「と、こんな感じだ。出来るだけ大きくするにはきつく巻かない事、ふんわりさせる事を意識すると良いぞ。ではやってみてくれ」
「は、はい!」
今回は、中学生くらいの女子が最初になった。
女子が綿あめ製造機の真ん中にザラメをドバっと入れてしまった。
「ちょ!入れ過ぎだ」
「す、すみません!あ!ああ」
ザザァー!
びっくりしたのか、ザラメがあちこちに散らばってしまう。
こいつ、ドジッ娘か!
「ごめんなさい!」
膝を付いて頭を下げる女子。多分、土下座に相当するポーズだろう。
「あー、大丈夫だ。初心者なんだから失敗すんのは当たり前だ。次から気を付ければいい。ほら立って」
「は、はい」
女子はびっくりしたような顔で立ち上がった。
スキルを使って製造機をリセットすると、散らばったザラメも消えてしまった。便利だなぁ。
「ほれ。次は落ち着いてな」
「は、はい。頑張ります!」
気合が入って緊張が取れたみたいで、今度は上手くいった。
「よし、上出来だ」
「ありがとうございます!」
失敗して落ち込んでた女子も、やり遂げた事で笑顔になっていた。
出来上がった綿あめは順次お客役の子供たちに販売した。
「何これー?」「この袋の絵すごいね」「わ、雲みたい!」「甘~い!」
とワイワイ賑やかになった。
ドライフルーツに果物ときて、綿あめと、甘いものばっかりで大丈夫か?と思ったが、マームさんによれば普段は甘いものにありつくことが難しいから、子供たちは大喜びなのだそうだ。
綿あめの屋台でピカイチだったのは、20代のお姉さんだ。めちゃめちゃ手際が良い。俺よりも上手、というかシゲ爺さん並みの腕前だ。
「え?お姉さん、綿あめ作ったことあったのか?」
「まさか!見るのも聞くのも初めてですよ」
袋に入れるのも手早くて、お見事と言うしかない。
職業の恩恵無しでここまでの器用さとは。これが天才というものか!
「よし、屋台はこれで終了だ。協力してくれてありがとうな!」
集まっていた子供たちに礼を言うと、「楽しかった!」「えー!もっと遊びたい」などの声が帰ってきた。
その声を背に、俺たちは事務所に戻った。
この時点で、おっちゃんとお姉さんは採用することに決めた。
「「ありがとうございます!頑張ります」」
「ああ、明日からよろしく頼む。残りの3名はこの後、夕刻から出す屋台を体験してもらって、それから決めようと思うんだが、良いか?」
マームさんに確認すると大丈夫との事。
候補者たちには一旦下がってもらって、マームさんと契約の話をする。
採用した二人の資料を見せてもらった。
おっちゃんの方は名前がオヤージュで、年齢45歳、職業は”処刑人”だった。物騒な職業だな!
血を見ると気絶する体質で、”職無し”になったらしい。そして、今までの職歴を見ても、接客の仕事はなさそうだった。てことは、あの柔軟な対応は天性のものか?
お姉さんの方は名前がアーネさん、年齢が23歳、職業は”娼婦”だった。確かに、色っぽいなとは思っていた。
やはりそう言う仕事はしたくなかったので、”職無し”になるしかなかったという。
マームさんの話によると、今までの仕事で手先の器用さや要領の良さを発揮したことは無かったという。普段の生活でも、むしろ不器用な方らしいのだ。
てことは、綿あめに関してだけ天才的ってことか?
ふと気になって質問してみる。
「なあ、オヤージュさんって、普段からあんなに人当たりが良いのか?」
「いいえ。普段は寡黙と言うか、ぶっきらぼうな感じです。私も今日の彼を見て驚きました」
う~ん、これはどういう事だ?
教えて!精霊先生!
『はい、お答えします』
(本当に、どんな呼び方でも良いんだな)
『ええ。では報酬をいただきます。…領収しました。彼らのそれはスキルの”技術指導”による効果です。”技術指導”を受けて一定の経験を積むことで、”テキ屋見習い”の職業を授かる、つまり転職することができます』
(え、転職?)
『はい。本来職業は一度授かると一生変更できませんが、ケンジ様のもつ”技術指導”だけは例外です。この世界に新しい職業を広めるために神様が用意した仕組みです』
(そういうことか。てことは、オヤージュさんとアーネさんは既に転職してるのか?)
『はい。オヤージュ様は”テキ屋見習い(射的)”に、アーネ様は”テキ屋見習い(綿あめ)”に転職済みです』
(他の3人は?)
『職業に変更有りません。個人の適性によって必要な経験量が異なりますが、経験を積めばいずれは転職できるはずです』
(ふ~ん。そうだ、事前にどんな適性があるかって分かるのか?)
『いいえ。実際に”技術指導”をするまで判別できません』
(そっか。ああ、あとその括弧、射的ってのは特定の屋台限定ってことか?)
『はい。他の屋台も経験を積めば表示されるようになります』
(よし、分かった。ありがとうな)
『ご利用いただきありがとうございました。では』
「ケンジ様?どうされました」
俺が精霊と話している間、待たされていたマームさんが怪訝そうに声を掛けてきた。
今の話はなんとなく面倒なことになりそうだから、黙っておこう。
「ああ、いや、ちょっと考え事だ。なあ、他の”職無し”の人にも屋台を体験させることってできるか?」
「え?ええ、仕事の無い者は大抵この家にいますので、呼べば来るはずです」
「よし。じゃあ、あの3人以外にも希望者がいれば、夕刻からの屋台に来てもらいたい」
「はい、分かりました。声を掛けてみますね」
その中にお好み焼きに適性がある奴がいるかもしれないからな。
よし、今日もお好み焼き売るぞー!
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