第6話 職無し
俺は宿の食堂でランチを食べることにした。
出て来たのは、子供の頭くらい大きい丸くて固いパン、野菜のスープ、分厚いステーキ、付け合わせの野菜、だったがどれも薄味だった。
調味料をケチってるのか?
そう言えば、昨日お好み焼きを食べたお客がそんなことを言ってた気がする。
食い終わったら商業ギルドに向かった。
途中で何人かに「今日も行くよ」と声を掛けられた。昨日お好み焼きを買ってくれたお客だったようだ。
嬉しくてついついニヤけてしまうな。
ギルドに着くとすぐに奥の会議室へと案内された。そこには既に3人の職員が集まっていた。
「御足労ありがとうございます」
ヤーリテさんが取り仕切り、他の2人も紹介してもらった。名前はすぐに忘れたが、露店や賭博を担当しているらしい。
「では早速見せていただきたいのですが、場所はここで大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫、問題ないよ。では壁際まで下がっててくれ」
3人が下がるのを見てから、意識を集中し、今回はわざと口に出す。
「<くじ引き>」
ブゥゥンと屋台テントや景品陳列台などが呼び出されると、3人が「おおー」と驚愕の声を上げて、何やら小声でボソボソと話し合っている。
まあいい。こっちも準備だ。
屋台の内容を説明して、実際に試してもらった。景品の対価には、町の外でドロップした魔物の牙を使った。
「これは、ハズレですね」
ヤーリテさんが苦笑してくじの紙を周りに見せる。
「はい、残念賞ね」
俺がそう言うと陳列台の一番隅っこから、「苔スライムの干物」という景品がふわりと浮いてヤーリテさんの前に飛んで行った。
「ハハハ、なるほど、確かに残念賞ですね」
ヤーリテさんがそう言うと、他の2人も笑っていた。
俺には良く分からないが、現地の人には笑える内容だったらしい。
残り二人にも引いてもらったが、二人とも残念賞だった。
「なかなか当たりませんね」
「そう言えば、ハズレを引いた後くじが消えてしまいましたが、あれはどうなったのでしょう?」
と賭博担当の人が質問してきた。
「ハズレくじはスキルの効果で自動的にくじ箱に戻るんだ」
俺が答えると「なるほど」と頷いていた。
二巡目に入って、通算6回目でようやく当たりが出た。
「お、87ですよ!」
ヤーリテさんが引き当てた景品は「トレントの若枝」という素材だったようだ。
「これは凄い、銀貨5枚は下らないでしょうね」
「景品が高価すぎる気がしますね」
「そうですね。これなら勝率もっと下げないと」
職員3人が議論を始めたので、結論を待つ。
「ケンジ様の”くじ引き”について結論が出ました。こちらに書いた条件を守っていただければ、賭博ではなく遊戯として取り扱います。条件から外れる場合は賭博として管理対象とします。これでいかがでしょうか?」
と言って紙を渡された。まあ、不正な事をするな、適度にお客に還元しろ、高価な景品はダメ、って話だな。
「ああ、分かった。大丈夫だ」
こうして俺のくじ引き屋台は無事に許可を得た。
「あー、もう一つ遊戯の屋台があるんだけど、これも見てもらっていいかな?」
「ええ、大丈夫ですよ」
ヤーリテさんの承諾を得て、スキルを発動する。
「<射的>」
新たに射的の屋台が召喚される。元の世界で使ってたのと同じ物だった。
景品棚に魔物の爪を対価として捧げると、ずらっと魔物素材の景品が並んだ。ちゃんと自立するように、台やケースも一緒に生成されているのを見て、芸が細かいなと思った。
お客用のコルク銃を3丁準備して、コルク弾を皿に入れて並べる。
3人に遊び方を説明して、実際に試遊してもらった。
「あー、惜しい!」
「当たった!今当たったのに」
などと一喜一憂しながら夢中になっているようだ。
「やった!落としたぞ」
露店担当の職員が見事に命中させ、棚から落ちた景品がふわりと浮いて飛んで行った。
くじ引きと違って、他に遊んでいる人がいる間は、当たりが出ても景品棚がクリアされない仕様らしい。
結局、全員1個ずつ景品を落とし、景品棚がクリアされた。
「これは面白いですね」
「ついつい熱くなってしまいます。くじと違って自分の欲しいものを直接狙えるのがいいですね」
「棚に固定して落ちないようにするとかの不正が無い限り、問題ないでしょう」
と言うことで、射的も問題なしと認められた。
今日の用事はこれで終わり、じゃなかった。危ない危ない。
「そうだ、今日はもう一つ聞きたいことがあったんだ」
「ええ、何でもお聞きください」
ヤーリテさんが笑顔で頷く。
「俺のスキルではこのように複数の屋台を出せるんだが、店番が俺だけじゃ流石に無理だろ?人を雇うにはどうしたらいいかなって」
「確かにその通りですね。うーん、このような商売は今までに例が無いですからね。職業持ちを雇うのは難しいでしょう」
ヤーリテさんが難しそうな顔でそう言うと、露店担当も同意した。
「職業持ちは既に安定した仕事を持っていますからねぇ。かと言って”職無し”に任せられるものではないでしょう」
職員3人は腕を組んで悩んでいる様子だ。
ヤバいな、”職無し”って何だ?普通に常識っぽいぞ。
こういうときに、教えてサポート精霊!って出来たらいいのに。
『お呼びでしょうか』
(おお!声に出さなくても来るんだな)
『はい。強く念じていただければ。お代は前回と同じく魔結晶から頂きますね』
(おう、やってくれ。質問は…)
『”職無し”についてですね。ご説明します』
仕事が早すぎるぜ。
サポート精霊の説明で大体分かった。
”職無し”は、何らかの事情で神から与えられた職業の仕事をしていない者のことだ。
例えば、”盗賊”や”殺し屋”などの犯罪系職業を授かってしまった人などは、その仕事をやるわけにも行かず、仕方なしに”職無し”として生きることを選ぶわけだ。
”職無し”は、職業の恩恵を受けられないため、家事手伝いや雑用など子供にもできるような仕事しかやらせてもらえず、苦労をしているらしい。
神から”職業”が与えられる、この世界特有の問題なわけだ。
でも、俺のスキルには”技術指導”の機能があるからな、多分”職無し”でも大丈夫だろう。
「なるほど。それなら”職無し”を紹介してくれ。何とかしてみるから」
「え、よろしいのですか?」
ヤーリテさんが意表を突かれた顔をしているが、俺は「大丈夫だ」と頷く。
「それでしたら、神殿が”職無し”の保護や仕事の斡旋をやっています。紹介状をお作りしましょう」
と言うことで、神殿へ行くことになった。
神殿は、町の中央からやや西にずれた辺りにあった。商業ギルドから徒歩5分ってところか。
「ここか」
元の世界の教会を思い浮かべてたけど、どっちかと言うとお寺のイメージだった。金や赤じゃなくて全体に白っぽいけど。
ぼけーっと見上げていると、声を掛けられた。
「何か御用ですか?」
はっ、と我に返って前を見ると、元の世界のシスターっぽい恰好の女性がこちらを見てほほ笑んでいた。衣装はそっち系なのね。
「あー、商業ギルドから紹介されて来たんだ。これ」
と言って、カバンから紹介状を取り出して見せた。
表書きを見た女性が、「まあ」と驚いた様子を見せた。
「承知しました。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
「どうも」
女性の後について神殿の中へ入った。中は元の世界の教会のイメージだな。長椅子があって、正面に女神像らしき彫像が飾られている。十字架やステンドグラスは無いけど。
「マームさん」
と案内の女性が、中で雑談していたふくよかな中年女性に声を掛けて、小声で話している。俺の事を伝えているのだろう。
マームさんがこちらを見てニコリと笑う。
「ようこそ、神の家へ。紹介状を拝見いたしますね」
「ああ」
渡した紹介状を開いて中を確認したマームさんは、何度も頷くと、満面の笑みを浮かべた。
「まあまあ、良く来てくださいました。奥で詳しくお話を伺いましょう。あなた、お茶をお願いね」
後半は側にいた女性へ向けた言葉だ。
扉を開けてその向こうは事務所のような、仕事をする感じの部屋だった。
応接スペースっぽい所に座らされる。
「私はこの神殿の慈善事業を取りまとめているマームと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「俺はケンジだ。一応、”テキ屋”っていう固有職業を持っている。よろしく頼む」
「早速ですが、”職無し”の働き手をお探しとの事ですが、どのようなお仕事なのでしょうか?」
俺は、今ある4つのスキル、射的、くじ引き、お好み焼き、綿あめ、について内容を説明した。途中で、先ほどの女性がお茶を持ってきてくれた。
「初めて聞く商売ですね。聞く限りだと、お料理と、接客と言ったところでしょうか。働き手の性別や年齢、人数についてはいかがでしょうか?」
「まず、人数は3人だな。繁盛したらあと2人くらい追加するかも。性別や年齢は特になしだな」
マームさんが大きくうなずいていた。
「それでは、お給金の方はいかほどでしょう?」
「そうだな。最初はどうなるか分からんし、一人一日銅貨20枚は必ず払うことにして、儲けるようになったら上乗せってことでどうだろう」
「ええ、一日銅貨20枚以上なら大丈夫です。お話を聞いていると仕事の期間が決まっていないようですが」
マームさんが困惑した顔で聞いてきた。
「ああ。問題なければずっと働いてもらうつもりだが、マズかったか?」
「いいえ、悪い事などございません。これまでこういうお仕事の場合は、正式な職業持ちが来るまでの繋ぎとして使われることばかりでしたから、少々驚いてしまったのです」
なるほどな、この世界の”職無し”ってのは大変らしい。ようやく実感が沸いてきた。
「では、何人か候補者を連れてきますので、会っていただけますか?」
少し思案したマームさんがそう言うと、早くも椅子から立ち上がった。
俺が、「ああ、頼む」と言うとそそくさと事務所の反対側の扉から出て行った。多分あっちが生活スペースなのだろう。
今、目の前にはその候補者が並んでいる。
左から、中学生くらいの女子、20代くらいの青年、40代か50代のおじさん、20代くらいの女性、俺と同じくらいの男子、だ。
みんな似たような恰好、ゴワゴワした布地のシンプルな上下だ。作業着か何かか?
「皆、読み書き計算は一通りできます。怪我や病気のない健康な者達です」
マームさんが彼らを手で示しながらそう言った。
俺はそれを当たり前だろう、と思ったが、こっちの世界ではそうじゃないのかもしれないな。
それはともかく、さてどうするか。俺に面接して相手を判断するなんて無理だぞ。
「うん、せっかくだ。実際に屋台を体験してもらおう。マームさん、屋台を出せるくらい広い場所はあるかい?」
「え、ええ。裏庭をお使いください」
俺たちは裏庭に移動した。
裏庭は半分くらいが畑になっていて、残りのスペースで子供たちが駆けまわっていた。
「はーい、皆さん、今からここを使いますから、お家の中に入ってください」
マームさんが手をパンパンと鳴らしながら子供たちに呼びかけると、子供たちはワイワイ言いながら建物に戻って行く。
ふと思いついたので、それを止めることにした。
「あ、マームさん。子供たちにはお客さん役を頼めるかな」
「よろしいんですか?」
「ああ、いい練習になるはずだ」
マームさんが子供たちを呼び戻すのを尻目に、俺は屋台の準備に取り掛かった。
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