第13話 契約者は答えを出す。
「―――ふぅ」
ソニアは持ち上げたソーサーを傾け、乾いてきた下を湿らせる。
何でもない動作のはずだが、どこでカットを入れても絵になる所作だ。
洗練されている、というほどでもないが、ソニア・ブレスという人物がこれを行うと、見た者にとって嫌が応にもそう感じてしまうのだ。
「さて、ずいぶん遅くなってしまったが、改めて、先日はありがとう、オルト君。本当に助かったよ」
「いえ…当然のことをしたまでですので、そのお言葉だけで私は十分です」
「そういうわけにもいくまい。国のトップが身を挺して命を救った相手に対し『ありがとうさようなら』では示しがつかん。そうだな、謝礼は…」
思案するソニアの前で、オルトはどこか冷めた心持ちでソーサーを傾ける。
実の所、オルトはソニアからの謝礼を受け取るつもりは微塵もない。恐らくは金銭や金品や相場だろうから、その場で全て突き返そうと考えているのだ。
どれほど無礼と後ろ指を向けられようと、これを考え直すつもりはなかった。なぜなら、オルトにとってはソニアからの贈り物というだけで特級の爆弾と化してしまうのだから。
そも、魔の討伐に参加しない人間がアストラルに所属していること自体、異質なのだ。これに合わせて、プルミエールのお気に入りなどという噂がひょんなことから広まれば…オルトは考えるだけで恐ろしかった。
熟考の末、ようやくソニアは適した報酬を思いついたか、名案を披露するようなしたり顔でオルトに一つの提案を持ちかけてきた。
「ねぇオルト君。7等星の席に興味ないかい?」
「ォブフッ??!」
まさに特級の爆弾を投げ込まれたオルトは、お茶を気道に流し込みかけて盛大に噎せる。
反芻する。7等星の席に興味はあるか。否、それはおかしい。
反復する。ナナトウセイノセキニキョウミハアルカ。おかしいに決まっている。
有り得ない。耳がおかしくなったのか?それとも脳が急に妙な変換機能を発揮し始めたのか?と、オルトは咳き込みながら混乱の極みにいた。
ひとまず、あまりの咳き込みっぷりに心配して隣に来てくれたソニアを制しつつ、オルトはもう一度聞こうと決める。
慣れない空気と人物との会話で、少し気をやられていたのだろう。そう結論し、咳払いとともに居住まいをただした。
「ンンっ。すみません、お見苦しい姿を晒しました。先程の提案ですが、少し聞き取りにくかったので、もう一度お願いしてもよろしいでしょうか?」
「いいとも。7等星の席に興味はないかい?」
「…冗談ですよね?」
「これが冗談を言っている顔に見えるかな?」
ソニアの目は、真剣だった。揶揄うのが目的ではなく、本気でオルト・ハイゼンをシュヴァリエの座に誘おうとしている。
それで、オルトの中に芽生え始めた怒りはすっかりと萎えてしまい、代わりに発芽したのは困惑の芽だった。
オルトは魔術を為せない。故に魔を前にしてはひたすら無力。そんな人間のどこに万人が見上げるべき星を名乗る資格があるというのか。
真意を読み取れず、言葉を失うオルト。そんな彼に、ソニアは諭すような口調で語りかけた。
「君は、私に勝った男だ」
「勝った?…まさか、あの時のことを、言っているんですか?」
「そうとも。何であれ他人に遅れをとったことのない私が、初めて地を這った、あの時だよ」
あの時。それは―――――
それは、訓練生時代末期のことだ。
皆、それぞれ進路が決まってきた時分、オルトは魔術ができぬことを認めつつもアストラルへの就職を諦めきれず、ひたすらに体幹を鍛えていた。
それは、士官学校のある教官から聞いた、魔術成績が低位でも、実戦試験で好成績を修めれば、合格の可能性はあるという僅かな希望にかけての判断だった。
当然、そんな非現実的な考えなど受け入れてもらえるはずがなく、士官学校の教官からは再三にわたりアストラルへの配属を諦め、進路を考え直せと言われていた。
それでも、オルトは魔術が扱えなくとも、この『武術』で試験を潜り抜け、アストラルへの正規配属を叶えるんだと、息巻いていた。
そんな時だった。
『頑張るね、君。でも、なんでそんなに体ばかり鍛えてるのかな?」
美しくも、確かに万夫不当の雰囲気を纏う、王への階段を登る道すがらのソニア・ブレスと出会ったのは。
当時はアストラルの未来を支える人間を育てる場が、しっかりと整備されているか視察に来ていたソニア。すでにプルミエールとしての道は約束されていながらも、未だ成っていなかった頃だ。
そんなソニアが、士官学校の広大な運動場の隅で、ひたすらに鍛錬に打ち込むオルトへ興味を持った理由は、
『評価は全て魔術によって為され、歩む道が定められる。そんな場で魔術以外の物事に決死の表情で打ち込む者がいれば、それがどれほど価値あるものか、試したくもなるだろう?』
魔術を習い、魔術によって評価される場で、それ以外の物事に励んでいたからに他ならない。
この発言を聞いたオルトは、たまらず苦笑いをこぼして肩をすくめたのだが、その理由について、今は語るまい。
そうして、あれこれと理由をつけて、ソニアは興味本位でハンデをつけつつオルトの『武術』に挑んだ。
結果は惨敗。
ソニアは地面に叩き伏せられ、青空を眺めていた。
『―――――』
それは初めて味わう敗北だった。それは初めて胸を刺す悔しさだった。
これでは、簡単な防御障壁でも防がれてしまう。魔術の代替とするには、あまりに力不足だ。努力する意味などない。
『素晴らしい力だった。その動き、風魔術の使い手でもなかなか出来ないぞ?』
ソニアは、そうとは思わなかった。純粋に彼の力に驚き、そして称賛していた。
人の身では、マナを介さぬと発現させられない魔術。それと見紛う力を、独力で発揮してみせたのだから。
敗北の悔しさはすぐに解け、代わりに芽生えたのはオルトへの更なる興味と期待。
彼はこのまま己を鍛え続ければ、きっと私の想像を越えた成長を遂げるだろう、と。
ソニア・ブレスは、あの日から一つの考え方を確たるものとした。
魔術は確かに優れた力であり、個人の資質だ。しかし、それだけで人の価値を計り、要不要を判断してはならない。
固く、強い意思を持って研鑽を重ねた技は、たとえそれがどのようなものであろうと、想像を上回る力を内包しているものだと。
「あの時、君はマナ抵抗の体質を隠してはいたが、それでも私の期待通り…いや、それ以上の成長を遂げてくれた」
ソニアの言う成長とは、武警隊での仕事のことだ。
あまり知られていない、というより余人から興味を保たれていないことだが、オルトの関わった犯罪者、暴漢の類の捕縛では、相手が誰一人として大怪我を負っていないのだ。
それは、犯罪者側に魔術を扱う者が含まれてもなお、変わらない記録である。
アストラルが介入すれば魔術戦となってしまい、嫌が応にも火力で押し切る形となるため、相手に重傷を追わせてしまうケースがほとんどだ。
対し、オルトはマナ抵抗と武術を駆使して、最小限の戦闘規模で敵を無力化している。
武警隊の職務は、オルトにとってオストラントの秩序維持に貢献できる誇りあるもの。だが…
オルトはソファに座ったまま両膝に左右の手を落とし、頭を深々と下げる。
「重ね重ねではありますが、当時は無知であるが故の大変無礼な言動、猛省しております」
「はは、そういう態度を求めていたのなら、真っ先に名乗っていたさ。だから、気にしなくていい。これも再三言っていることだがね」
「そして、私へかけて頂いていた期待、嬉しく思います。周囲のほとんどから理解されず、評価されなかった技を、貴方だけは認めて下さった。その恩に報いたいと、常々思っていました」
「!そうか、なら―――」
オルトの口から飛び出した前向きな発言に、少々食い気味に肯定の確認をとりかけるソニアだったが、顔をあげたオルトの表情を見て、意気消沈していく。
彼の表情には、はっきりと拒絶の色が見えていたからだ。
「ですが、その形ではあなたの期待に応えることはできません。武警隊は、武警隊のままでいいんです。…その名は、俺には重すぎる」
「なるほど、そこまで解したか。しかし、君はもう少し日の当たる場所で活躍しても、いいと思ったんだがな」
ソニアの狙いは、7等星、並びに第7師団の武警隊化だ。
対魔戦ではなく、対人戦を念頭に構成し、オストラント内の治安維持体制を強化しようというのだろう。
しかし、『世界でもっとも安全な国』の名は伊達ではなく、オストラントは魔に対してのみならず、国内の犯罪率も他国に比べて最も低く抑えている。
この要因として、ソニアの規律に対する厳格さと、『礼陣』が効力を発揮しているのが大きいといえる。
だからこそ―――
「…なぜ、ここで国内の取締強化なんですか?保安や武警隊である私で、十分対応できているはずです」
オルトが具申した通り、このような背景で内側の取り締まりを強化しようというのは、いまいち賛同できる判断ではない。
今後もずっとそうである保証などないが、だからといって国防の要であるシュヴァリエの席を丸ごといただくのは早計と言わざるを得ないだろう。
いくら先見の明があるとはいえ、あまりに現実味が欠けている。
そして、プルミエールであるソニアは、そのような胡乱な理由を盾に改革を推し進めるような愚者では、勿論ない。
「君も知っての通り、ツァルロス・クリーク…王族の直系の暗躍が増えている」
「?そうですね。でも、彼らが繰り出すのはアストラルをターゲットにした攻撃です。民間を対象にした保護が目的の武警隊は役目違いでしょう」
「ああ、そういった方面のアプローチであればこちらで対処する。だがな、最近は別のところでもキナ臭い話が出ているんだよ」
そういってソニアが卓上に広げたのはオストラント全域を記した地図だった。
決して詳細に描かれている訳ではないが、要所はしっかりと押さえられており、無秩序な並び方をしていないため見やすい。かといって、生まれから今まで生粋のオストラント民であるオルトにとっては別に目新しいものではないのだが。
しかし、視覚を鍛えているだけあり、オルトは流し見ている最中に違和を感じ、視線を戻す。
そこに描かれていたのは、一つの建物を囲むように引かれた赤い筆跡であった。
それも、印をつけられているのは一つだけではなく複数ある。
「ソニア様、この印は一体…」
「王族が運営する教会や、孤児院だ」
「教会、孤児院?なぜそこにだけ?」
「分からないか?公には健全な施設で通り、かつ子どもの引き取りが最も容易な場所。こう表現すれば、私が何を言いたいか理解できるかな?」
「…まさか」
オルトははっと、何かに思い至ったかのように顔を上げる。
クーデターを狙うツァルロス・クリークとは別の方面で、貴族の動きが怪しい。
つけられた印は、全てが教会、孤児院。
途端に嫌な汗が噴き出してきたオルトに対し、ソニアはあくまでも平時の表情のまま語りかける。
「そうだ。過去にその目で見たんだ。君もよく知っていることだろう?」
「!…なんで」
思考にノイズが走り、一秒とて思い出したくない記憶が顔を覗かせる。
しかし、オルトはそれ以上に驚いていた。この一件は貴族たちに揉み消されているはずなのだ。事実を知った者たちは、全て―――
「奴らはそこを根城に、人身売買を行っている可能性がある。最も連中が介入をしやすく、資金のコントロールが容易な場所だからな」
人身売買。大抵のオストラント市民には聞きなれない言葉だが、オルトはよく知っている。
なぜなら、自分自身がその商品であった時分があったからだ。
それは思い出として語るにはあまりに陰惨で、救いの無い過去。降って湧いたような災厄に巻き込まれた子どもたちが受けた、決して癒えることの無い傷である。
オルトは長い呼気をして気持ちを落ち着ける。…よし、大丈夫。
「…なるほど。そいつらの捜査と捕縛を、ということですか」
「ああ。保安だと実力不足、現状の武警隊は君一人、今の状況で対処に乗り出すにはシュヴァリエや、その直下の部隊を動かすしかないが、如何せん皆乗り気ではなくてね」
その気持ちもわからなくはなかった。
おそらく、その提案を持ち込まれた者は、オルトが抱いていた思いと全く同じことを考えただろう。
己は、魔と戦うためにアストラルに入ったのだ、と。
治安維持は今まで保安の手で成り立ってきたし、武警隊という組織も新設した。これ以上増やすことに何の意味がある。
貴族の暗躍?致命的な隙を晒したのは先日の一件のみ。以後は対策が可能だ。
それ以外?魔の討伐、国を守る戦いより優先することか?
…と、返ってくる意見はこんなところだろう。例え絶大な発言力を持つソニアでも、流石に非難や不満の声は避けられまい。
しかし、今回に限っては、その方がオルトにとって都合がよかった。
「それでも、答えは変わりません。どういった理由で俺をそこまで買うのか分かりませんが、魔術を使えない人間をシュヴァリエにすれば、流石の貴方でもアストラル、そして市民からの反発は必至です。早計がすぎます」
オルトはソファから立ちつつ、ソニアへ向けてはっきりと拒絶の意をぶつける。これは国のためにも、自分のためにもならないと。
それでも、ソニアは否と食い下がる。
「いや、今の君の有用性は証明される。確かに魔には無力かもしれない。それでも」
「ダメなんです。他の国ではいいかもしれません。でも、オストラントでだけはそれじゃダメなんですよ、ソニア様。どうも勘違いさせているようなので、これを機にはっきりと伝えておきます」
魔術が使えない。魔には無力。そんな自身をオルトは許せない。
己が認められぬ己自身を称賛されたとして、どうして喜ぶことができようか。
「俺が貴方の提案に乗り、アストラルに入ったのは地位が欲しいからではなく、魔術を諦めたくなかったからです。今でも己の手で魔を討つ希望を、一時だって捨ててはいません」
オルトが、アストラルの配属を認められずに士官学校を卒業し、己の生きる意味や無価値さに打ちのめされていたとき、手を差し伸べたのはソニアだった。
かつて振るった魔術にも劣らぬ武、そして諦めぬ覚悟に感銘を受けたと語ったソニアは、オルトにアストラルへの道を拓いたのだ。
無論、その手にオルトは一も二もなく飛びついた。
しかし、それはアストラルへ就くことが目標であったからではなく、一度は夢と潰えたその場所に身を置くことで、今一度己を奮い立たせるためだった。
「必死に魔術以外の方法に頼って、アストラルへの入職を望んでいたあの光景を見れば、勘違いさせてしまうのも無理はありません。ですが、あの時から変わらず、俺の望みは魔からオストラントを守る、その一点です。…そのために、ここに居るんです」
力及ばないのは百も承知。それはオルト自身が誰よりも理解していることだ。
それでも望みを捨て切れないのは、呪いのように脳裏へ強く刻みつけられた記憶と、制限付きとはいえ上位種すら手玉に取れる光魔術の存在がある。
きっと、これらを捨てられない限り、どれほど楽で、高額な報酬がもらえる他の仕事に就こうと、自分自身の抱える願望と今の境遇とで強い軋轢が生じ、心は擦り切れていってしまう。
オルトはそれを、何となく察していた。
「…なるほど。どうやら、私が思っていたよりずっと志は高かったと見える」
オルトの意志の硬さを汲み取ったソニアは、肩を落としつつ微笑をこぼす。
遠慮や引け目を理由に辞退するつもりであったなら、いくらでも言葉を武器に説得できる自信がソニアにはあったのだが、信念を理由に価値を否定されてはお手上げだ。
特に今回のオルトは、シュヴァリエの価値を正しく理解している。理解しつつ、それを幼少時より持つ信念を元に、己がその名を背負うことを拒否している。最も厄介な手合いだった。
これを覆すには、相当なインパクトを持ったカードを叩きつけるくらいしか手はない。
ソニアはソーサーに残ったお茶を飲み終える。
「君の意思と思惑はよく理解した。だが、私の意思と思惑もまた、君には理解して欲しい」
「国内向けの取り締まり強化、ですか」
「そうだ。まだ確信を持って語れる段階ではないから、詳細は口にしないが…放置すれば、そう遠くない未来にオストラントは滅びるだろう」
何の根拠もない、ただの憶測に等しい発言だ。しかも、それを為すのがドロップアウトした王族諸侯の子孫という。
語る人がプルミールでなければ、呵呵大笑されてお終いだろう。
オルトはそれを笑うでも、嘲るでもなく、額に手を当てつつ吟味する。
想起するのは、やはり三日前のあの襲撃だ。二重魔術という誰しもが有用性を見出せなかった技術を、見事に使いこなして見せた。
もしや、彼らは魔術に新たな可能性を見出そうとしているのではないか。
「この問題は、万人にとってとても危機感を抱きにくいものでしょう。わかりやすい脅威が目の前にあるのだから、無理もない」
そこまでではないにせよ、何かしらのアストラルより先行している技術があるのかもしれない。
ならば、すぐに手を打つ必要がある。脅威を特定し、内部へ周知しなければならない。
だが、それは想像よりずっと難しい課題だ。
「魔の侵攻と王族の暗躍、両面をオストラントにおいて同等の脅威と位置付ける。こうするより他、ないだろうね」
「はい」
オストラント民にとっては、王族は国のために投資を惜しまない善人。
アストラルにとっては、敵うはずのないプルミエールへ逆らう愚者。
いずれも打倒すべき敵などと誰も思わない。
そんな双方の認識を、180度改めさせる。
「今まで通りの地位を約束していただければ、協力は惜しみません。武警隊隊長として、できる限りのことをします」
「ふ、全く。シュヴァリエの話は手酷く断っておいて、それはズルいよ。オルト君」
文句を垂れながらも、その表情は朗らかなソニア。
それを加味しても、ソニアの顔は些か緩みすぎなものだが。
オルトは深く一礼し、執務室を去っていく。
開かれた扉がゆっくりと閉まり、小一時間ぶりに静寂が戻った。
「…」
ソニアはソファに背を預けたまま、頭上を見上げる。
瞳に映るのは何の変哲もない執務室の天井、のはずだが、ソニアは今、あの日の青空を想起していた。
魔術が使えないことを哀れに思いつつも、その少年の振るう『武術』というものに興味を抱き、そして初めての敗北を味わった日。
丈の短い草原に仰向けに転がったソニアを見下ろすのは、魔術の才に恵まれなかった者。
『アンタ、強いな。何のハンデもなかったから、確実に俺が負けていた』
当然だ。魔術を扱わせたら、ソニアの右に出るものはいなかった。戦えば、1人であろうと3人であろうと、皆まとめて地を這わせた。
でも、今は違う。勝者は少年で、敗者はソニアだ。
とはいえ、少年も口にした通り戦闘は制限付きで行われている。真の実力をソニアは発揮していない。
『だが、負けは負けだ。俺が魔なら、アンタはここで終わり。油断も手加減も関係ない』
天上から降り注いできた、その言葉を聞いたソニアは、無意識に敗北の結果から逃避する理由探しをしていた己に衝撃を受けた。
そう。そうなのだ。負けは負け。どのような言い訳を並び立てようと、結果は同じこと。
中身は確かに大事だ。完勝か辛勝か。しかし、それが価値を伴うのは人間の間でのみ。
生と死の駆け引きが行われる戦場においては、ひたすらに無意味。それをこの時初めて、ソニア・ブレスは解したのだ。
ソニアにとってオルトは、敗北を教えた者であり、同時に致命的な認識の誤りを正した恩人なのだ。
であれば、彼の過去を、そして彼の今を知ったソニアが、救いたいと思うのは必然であろう。
「オルト君。どうすれば、君を正しく救うことができるのかな…?」
そう言いつつ悩ましげなため息を吐くソニアは、まるで想い人のことを考える少女のようであった。
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