第10話 契約者は護衛する。
「―――?」
「―――む?」
アリアとソニアの二人が、自身のマナの流れに異常を感じたのと、見回りを始めるべく歩道側の規制線へ足を向けたオルトが、中空より飛来する黒い影に気が付いたのは、ほぼ同時だった。
影――黒いローブを着こんだ不審者――は街道に着地すると、風魔術『滑走』で一気に加速。ターゲットであるプルミエール、ソニアに向かって吶喊した。
しかし、先の奇襲の一矢を防いだ巌姫の強力な結界がある。例えシュヴァリエクラスの一撃であろうと防ぐ頑強さの前では、同じ結果を辿るに違いない。
否、否である。そもそも、この状況自体がおかしいのだ。
明らかに魔術を行使している者がいるにもかかわらず、ソニアの礼陣が発動していないのだから。
その異常は、果たして無視してもよいものなのか。
答えは、黒ローブの不審者の一手によって明らかになることはなかった。
「!」
ソニアへ向かって伸ばされた黒ローブの淡く発光する腕が、寸でのところで大きく横へ弾かれる。
咄嗟に目を動かした黒ローブの視界には、弾かれた己の上腕に突き立つ小型のナイフが見えた。
「もう少し周りを気にしようぜ」
驚いた黒ローブが振り返った先には、縮地の歩法で即座に間を詰めたオルトの姿があった。
固まった隙に黒ローブの腕を取り、足を踏みつけたオルトは、走行のスピードを緩めることなく胸元へ向かって肩口から突っ込む。
肉を打つ音が響き、オルトは接触部を通して対象の骨が砕ける感触を得る。衝撃の全てを後ろに流せず受けたのだから道理だろう。
「?!…ッ、死ね!」
迸る激痛を堪えつつ、黒ローブは風魔術『楓迅』を発動させる。術者を中心に猛烈な暴風を起こし、付近の敵を鎌鼬で切り裂く魔術だ。
オルトは既に黒ローブの懐へ大きく踏み込んでしまっている。間違いなく致命的な一手、なのだが。
それはオルトに接触した瞬間、火薬が弾けるような快音を響かせ、実にあっけなく霧散した。
その理由は―――マナ抵抗、である。
「ぐあッ!」
風を割って入って来た腕に顔面を掴まれた黒ローブは、そのまま地面へ引き倒され、後頭部を強く打つ。
脳髄を強く揺さぶられたためか、一度全身を痙攣させると、それきり昏倒し、動かなくなる。
一息ついたオルトは、まるで鋭い刃で切り裂かれたかのような片袖の隊服を見て、苦笑いを溢した。
「もう少し詠唱が長かったら、俺の腕が飛んでたかもな」
焦りと動揺から、黒ローブは本来の詠唱の半分もできていなかった。もし万全、または半分程度まで成せていれば地面に倒れ伏していたのはオルトの方であっただろう。
一方の観衆は完全沈黙。二転三転する状況を前に、オーディエンスは前作の映画を飛ばして二作目を見にきてしまったかのような置いてけぼりを食らっていた。
両者が交錯してから暫しの間を挟んだ後、真っ先に動いたのはアリアだった。
「その手は百の剣を、千の槍を、万の弓を砕きし神妃の煌腕!『堅牢』!」
アリアが念入りに詠唱をして魔術を発動した瞬間、土埃をあげて五つの石柱が黒ローブを囲うように出現する。
そして、五指で握り込むかのように柱を内側へ折ると、黒ローブを完全に閉じ込めてしまった。
残ったのは、大魔術であろうと内側からも外側からも破れぬ、恐らくは世界で最も堅強な石棺。
「包囲、確保せよ!」
次いで高らかに命じたのはソニアだ。その声には人を動かす絶大な力がある。
途端、アリアの作った石棺を取り囲むように警備へ当たっていた軍の隊員が殺到した。これで黒ローブも終わりだろう。
オルトはズタズタになってしまった隊服の袖を剥ぎ取ってから、それを使って転がった愛用のナイフについた血痕を拭き取る。
「それにしても、一体何がどうなってんだ」
網の範囲内であるにもかかわらず、公然と魔術を行使し肉薄してみせた黒ローブの暗殺者。一体どういう裏技を使えば、そのような芸当が為せるのか。
しかし、だ。ソニアとアリアの両名には岩の結界がある。オルトのマナ抵抗などとは比較にならない魔術に対する防護性能を誇るそれであれば、仮に全力の『楓迅』であっても防げてしまうはずだ。
では、なぜオルトは横槍を入れたのか。最終的には敵を沈めることができたが、出しゃばらずとも結果は変わらなかったのではないか。
この判断が間違いであることは、ソニアが満面の笑みを浮かべながらオルトを抱きしめたことで得心がいくことだろう。
「いやぁー!死ぬかと思ったよオルト君!ありがとう!」
「ちょっ、大衆の面前でそのノリは止めて下さい!」
「なに、存分に見せつけてやろうじゃないか。命の恩人に対する真っ当な謝意だ、一向に問題ない!」
「問題大ありですって!普通にお礼の言葉とかで済ませて下さい!」
唐突に始まったプルミエールとヒラの軍隊員との乱痴気騒ぎ。これには観衆は勿論、巌姫アリアですら驚きに固まっていた。
ソニアは口調や態度こそラフだが、立場的にもっとも近いシュヴァリエとのコミュニケーションですら非常に厳格だ。鉄の軍規や、アストラル主催の式典で見せる凛とした佇まいなどから、アストラル内や市井でも、ソニアの厳格なイメージは共通認識である。
いかに危ないところを助けて貰ったとはいえ、オルトとのやり取りは、この像をぶち壊しかねない態度だった。国のトップを狙った奇襲に匹敵する一大事件である。
この行為の危険性を解しているオルトは、すぐに絡みつくソニアを引き剥がして距離を取る。
「ふぅ…命の恩人ってことは、やっぱり『岩層結界』は剥がされていたんですね?」
「そうだ。君たちが網と呼ぶ私の『礼陣』も、強引に繋がりが絶たれていた。だから正直なところ、あのままでは無事では済まなかったよ」
「繋がりが絶たれる…」
やはり、防護も網も破られていた。オルトが迎え撃たねば、ソニアは無防備なまま攻撃を受けていたことになる。
問題は、それを成した手段だ。既に発動している魔術を無効化するというと、その全てが術者へ直接触れる、もしくは至近距離にて付与するなど、いずれも先ほどの状況下では不可能な条件が並ぶ魔術を使用するしかない。
と、ここでアストラルの関係者に移送を命じ終えたアリアが、若干バツの悪そうな表情で戻ってくる。
「あの強力な遮断性能は、恐らくは風魔術の『晴嵐』かと」
「…でも、確かその魔術は超至近距離、しかも予め指定した一つの属性の魔術にか作用しないはずですよね?」
「よく知っているね。その認識で間違いないよ、オルト君。でも、アリア君の推測も外れてはいない。あれは『晴嵐』だろう」
超至近距離、一つの属性。しかし、その要素はどれも当てはまらない。
少なくとも風の矢を防ぐことができた時は、『礼陣』と『岩層結界』は双方とも機能しており、『晴嵐』発動前であることがわかる。
であれば、それから襲撃者の黒ローブが現れるまでに、敵側が『晴嵐』をソニアとアリアの両者にかけていたことになるが、その間に気づかれず接近できる機会などあったとは思えない。
そして、ソニアの『礼陣』は風属性魔術で、アリアの『岩層結界』は土属性魔術だ。
二つを無効化させたとなると、二度『晴嵐』を発動させた、もしくは別々の使い手が属性ごと発動させたことになるが、これも先の疑惑と同様、至近距離まで接近を許すほどの隙をアストラル側が作っていたとは考えにくい。
結果と方法の食い違いが多すぎる。これら全てを繋げられるだけの手立てなど、果たして存在するのだろうか。
「二重魔術、というものがある」
「二重魔術、ですか」
「ああ。あまり扱う者がいないから、知られていないのも無理はないが、十中八九奴らはこれを使って我々の防衛手段を巧みに回避している」
既にそれらしい手段に見当がついているのか、ソニアは脈絡なく一つの単語を口にした。
魔術という名がついているのなら、魔術師であれば理解しているはず。
しかしオルトは曖昧に復唱するのみで、アリアも名称や特性自体はあらかた把握しつつも、この件との結びつきをすぐには見いだせなかった。
さて、二重魔術とは端的に言えば、一個の魔術にもう一つの魔術の効果を付属させる技術だ。
難度が高いくせに相乗効果を感じにくいことから手法があまり確立されておらず、現状では同属性の魔術同士でなければならないこと、重ね合わせられるのは二つの魔術まで、二人の魔術師で相互に魔術を発動することでも実行可能、双方の魔術が親和するまでにかなりの時間を要する、程度しか確実な条件や制限は明らかになっていない。
この二重魔術が、一体どのようにしてプルミエール、巌姫の防御を破る要員となりえたのか。
その突破口にいち早く気が付いたのは、アリアだった。
「まさか、風の矢。あれに『晴嵐』を仕込んだんですか」
「その通りだとも、アリア君。矢に乗せることで、距離の問題も自ずと解決する。術者の魔術に接触さえしてしまえば、至近距離で発動したのと変わりないからね」
「いや、そうだとしてもです。『晴嵐』は一つの属性しか対象にできないはず。一つの矢に二重魔術を仕込んだとして―――あ」
「ふふ、気付いたかな?その点は私に向かって放った矢には風、アリア君に向かって放った矢には土の属性無効の『晴嵐』を仕込めばいい」
敵の放った矢はソニア、アリアに一矢ずつ。それぞれに対応する属性の『晴嵐』を二重魔術で組み込めば、『岩層結界』と『礼陣』双方の効果範囲に届かせることは可能だ。
あとは、防護と先見の法が失われたと同時に暗殺者がターゲットの命を掠めとる。大胆でいて、その実慎重な動きや判断が要される計画だ。
しかし―――些か、出来過ぎている。オルトは直感から思った。
「ソニア様、出過ぎた意見かもしれませんが、…一度この式典に関わったアストラルの人間を洗うべきかと」
言い辛い、しかし気付いた以上は伝えねば消化不良から煩悶するだろうなどの理由から、オルトはソニアに内通者の特定を具申する。
彼から意見を受けたソニアは、二度ほど目を瞬かせたかと思えば、ニマリと人の悪そうな笑みを浮かべた。
しかし、笑みを象ったのは口端のみで、その目は全く笑っていない。
「奇遇だね。私もその可能性を考えていたところだよ」
「そ、そう…ですか」
この顔をしたソニアが、次にどのような手を打つのか理解していたからこそ、オルトの喉は引き攣り、言葉が閊えた。
笑みにはあらゆる感情を内包したものが多いが、これほど複雑な思惑が入り乱れた微笑はないだろう。であれば、思考深度の高さ故、もはや結末まで見通しているのではないか。
―――まさにその通り。既にソニアの中では、それらしい候補者は絞られ、どのような罰則を与えるかまで進んでいるのだ。
そして、これは大当たりを引いた時の反応である。
ソニア・ブレスは性善説を貴ぶが、人に対し求める善の水準が非常に高い。同時に安定を重んじるが故に規則を絶対とする。
そんな人物が上に立った場合、下々の者をどう見るだろうか。
―――疑い、だ。ソニアは常に周囲の人間を猜疑している。
彼は己を欺くか。彼女は調和を乱すか。己の定義する『善』に満たない者は分け隔てなく疑う。何故なら、それが集団を纏め上げる上で最も有利だと信じているからだ。
根拠のない信頼を抱けば秩序の崩壊を招き、上辺の善意を評価しては背から刺される。故にソニアは、『隠れた悪意』を暴き立てることに大きな意味を見出している。
膿を見つけ排除していくことで、少しずつ自身の望む善なる集団に近づいていっているのだと。
そんなソニアの考えに当てはめると、この一件で大きな悪性を発見したことになる。故に大当たりなのだ。
仲間を割く痛みは生じるが、国の土台を脅かす者を野放しにする選択などあり得ない。
明日にでも告示が出て、アストラル内から複数人の名が重罪人として周知されることだろう。
「レイモン・デカルト、街道沿いの確認完了しました!この騒ぎは一体―――って、ゼン?」
「おお。レイモン君、お疲れさま。凱旋ルート上に異常は見られなかったかな?」
「え?えっと、はい!不審者、不審物は見当たりませんでした。狙いはやはりお二人のみだったと思われます」
レイモンはオルトの方をチラチラと気にしながら、ソニアに向かってブリーフィングを行う。己が不在の最中、この場で何が起きたのか気になって仕方ないのだろう。
彼とてオルトが式典に警備要員として参加することを知ってはいたし、騒ぎが起きた地点付近の警備を担当していたことも同じく知っていたが、この緊急事態を前に為せることはほぼないはず。そう思っていた。
しかし、オルトの隊服の右袖部分が鋭いもので切り裂かれたかのように破れているのを、レイモンは見逃さなかった。
「それで、ここで何が起きたんですか?ゼン…オルトが何かしたんでしょうか」
「ああ、やってくれたとも。私の命を救うという大役をね」
「命を救う??ゼンが???プルミエール様の????」
単語ごと疑問符を増やしていく器用なレイモン。しかし、彼でなくとも驚くのも無理はないことだ。
オルト・ハイゼンは魔術を全く為せない人間である。そんな人物が魔術のスペシャリストであるプルミエールを守る状況など、想像もつかない。
混乱の極みに達したレイモンは、ことの中心人物たる本人に詳細を問いただすことにした。
「お、おいゼン!どういうことだ?ソニア様の言ってることは本当なのかよ!」
「そう、だな。まぁ出過ぎた真似をしたかなとは思っちゃいるが」
「当たり前だろ!隣には巌姫アリアだっていたんだ!アストラルの精鋭魔術師10人を一人で相手取れる実力だぞ!わざわざゼンが手を出すまでも」
「それは違う」
否やを唱えたのは、市民の避難誘導指揮から戻ってきたアリアだ。
確かに、魔術という側面ではソニアの足元にも及ばないオルトだが、それを除きたった一つ、比較して勝る部分がある。
これこそ、先の魔術を封じられて無防備となったソニアを救う決定打となった。
アリアはレイモンに向かい、この場を離れていた時に何があったのかを掻い摘んで伝える。それを聞いたレイモンは、敵方のとった作成の巧妙さに舌を巻いた。
「二重魔術で、風の矢に『晴嵐』を仕込んだ…」
「違和感を覚えた時には遅く、暗殺者がソニア様に肉薄していた。…そこへ割って入ったのが、彼」
アリアの声には無念や懺悔の色が少しばかり浮かぶ。警護役として傍に仕えたシュヴァリエとしては、その任を全うできなかったことに相違ないのだから、当然だろう。
その心境を理解しているからこそ、オルトは居心地悪げに頬を掻く。
「嫌な予感はしてたんだ。軽い気持ちでちょっかいをかけていい相手じゃないからな。何かあるだろうと」
その何かこそ二重魔術。アリアの『岩層結界』、ソニアの『礼陣』を破った敵の持つジョーカーだ。
守る術を失くしたソニアを前に、あと一歩。あと一歩で目的を達するところまで来ていたところ、穴と踏んでいたオルトから予想外の反撃を喰らった。
彼らは事前に情報を掴んだ上で、オルトが最大の警備の穴と踏んだのだろう。ほぼ正面からの特攻でも対応できぬと判断し、それを行動に移した。
結果は見ての通り、失敗だ。魔術ができないなら武を極めると研鑽を積み、余人にはないレベルの身体能力を獲得しているオルトを無能と評したが故の結末であるといえよう。
「で、その予想は当たった、と?」
「まぁな。中身はどうあれ、俺が動いていなかったら、ソニア様が危なかったのは確かだ」
レイモンの確認の問いに答えるオルト。オルトとしては確証を得てからの行動ではなかったため、出しゃばりで終わることも想定してはいたが。
正直なところ、レイモンは悔しかった。この場を離れてさえいなければ、暗殺者の撃退を為せたのは己かもしれなかったのだ。
元よりシュヴァリエであればプルミエールを守るのは当然の責務だろうが、新参者であるレイモンからすれば、こういった事態への対応をこなすことでも『シュヴァリエの任を全うできる』と示すことができ、得点稼ぎになる。
まぁ、残念ながら今回に限っては、彼が現場にいても結果は変わらなかったのだが。悲しい事実である。
「それで…この襲撃をやらかした不届き者は、一体どこの誰だったんです?」
ある種、この事件の本質的な部分を突く疑問を投げかけたのはレイモンだ。
知らないのであれば、誰もが知りたい事実だろう。敵の名、目的、所属…判明すれば、その尻尾を追う労力も減るというもの。
しかし、残念ながらこの場においては、皆一様に微妙な表情を浮かべるのみだ。なぜなら、敵の名はともかく、目的も、所属もすでに考えるまでもなく明らかなのだから。
「こんな面白おかしい計画を実行に移せる度胸と力を持つ輩どもなんて、オストラントでは一つしかないだろ?レイモン君」
ソニアは、見る者の背筋を氷つかせるような零下の笑みを浮かべる。
この一件にかかわっているのは、アストラルからの国の解放という目的を掲げた、反軍事国家集団の構成員たちだ。
名をツァルロス・クリーク。アストラルのトップを抹殺することでクーデターを起こし、国の運営権を市民へ返還させるのが最終目標の過激派組織。
オストラントが軍事国家となってからすぐに結成されたため、その歴史は長い。組織の多くは王政時代の権力者の子孫が占めており、時代の台頭から引き摺り下ろされた怒りと憎しみを糧に虎視眈々と成長を続けている。
また、オストラントだけでなく他の三つの軍事国家でも存在が確認されており、規模の差はあれ、各国の王族の多くは軍事国家の転覆を目論んでいるのだ。
ツァルロス・クリークの名と厄介さは、アストラル内の上層部であれば誰しもが知っている。
王族であるが故、たとえ国政から一歩引こうが、国を運営していた力は健在であり、大きな市井への発言権、影響力を持つ。さらに表向きは軍や国内インフラへの財政支援をしているのだから、悪いイメージなど持ちようがない。
そのため、表立って敵と公言できず、確たる証拠もない状況では、疑わしいというだけで関係者の捜査や検挙ができない。
しかも、実行犯は金で雇った魔術師が大半のため、捕縛できても接点が少なく、その背後にいる人物まで追うことができない。
シュヴァリエであるレイモンは、もちろんツァロス・クリークを知っている。ただ、それに思い至らなかっただけだ。
ただ、現場にいなかった彼を一方的に責めることも筋違いだろう。察しが悪いという謗りは避けられないかもしれないが。
「…またあいつらですか」
「まぁ、主要な反勢力が彼らだけというのなら、対策はむしろ立てやすいのだけどね。今回は少しアプローチの毛色が違ったから遅れをとったけれど」
「いい加減、受け身ばかりなのもうんざりです。ソニア様、この件でも決定打は望めそうにないですか?有力な証拠は…」
「捕まえた一人がどんなお話をしてくれるか次第だね。気になるなら、レイモン君もこの後アリア君に同行するといい」
「…私の見立てですと、収穫はないと思います」
レイモン、ソニア、アリアの鼎談で話がまとまりつつあるため、もとより警備だけの端役であるオルトはそそくさとフェードアウトしようと試みる。
注目されること自体に忌避感があるわけではないが、今の立場で観衆の視線を浴びすぎるのはリスクが高いのだ。アストラルに所属するくせ、魔とは一切戦わないという、反則的な地位に身を置いているのだから。
この一件では明らかに目立ちすぎだ。功績を盾にソニアへ謝礼を迫ることも十分可能だが、今のオルトがとるべき最善手は保身を考えて退避することだ。
そうして心配しているであろうエミリの様子でも見に行こうと思った矢先、背後から彼を呼び止める涼やかな声がかけられる。
「オルト君!今日はありがとう!改めてお礼がしたい!三日後にアストラルの本所へ来てくれ!」
マイペース全開のプルミエールから飛び出したラブコールがオルトの後頭部と背を容赦なく叩く。
正直なところ、彼は今すぐ『やめてくれ』と叫びたいくらいだった。こうなるのを避けるために事前の退避を選択していたのだから。
しかし、これを無視して脱兎のごとく逃げれば、アストラル内での立場が危うくなることは自明の理。僅かな葛藤ののちにオルトが取った行動は、背を向けたまま片手を挙げて応える、であった。
「♪」
これが存外、プルミエールには好印象であった。
単に、(無礼すぎて)他のアストラル関係者を含む他人にされたことがなかったため、新鮮に映った、というだけの話だが。
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