第5話 契約者は災厄に立ち向かう。

「と、その前に…」


 オルトは手に持った剣を地面に突き刺すと、貴重品全てを腰に付けていたバックパックへ詰め込んでいく。

 手合いによっては全身ズタボロになるため、替えの利く衣服以外は分離するのが得策なのだ。


 身分証含む小物を入れ終わると、封をして単純な防御障壁を纏わせる。

 あとは、木の根元にでも放れば完了だ。欲を言えば、そこが戦場から離れた位置であると尚のこと良い。


「これでよし」


 事前準備が完了したオルトは剣を掴むと、おおよそ三十匹のガーゴイルが集う方角へ転回。靴底で土を跳ね飛ばし、林の中を駆け始めた。

 その最中に迫る木々は、大きな迂回をせず最小限の動きで避けていく。そうして躱すたびに、体のすぐ横を樹木が通過する風切り音がオルトの耳朶を打った。


 やがて林を抜け、丈の低い草原地帯に躍り出る。


 同時に持っていた剣――― 『光劔ブレイド』を閃かせ、すれ違い様に左脇にいた一体を股下から斬り上げ両断。手首を返し、右脇のもう一体の胴を薙ぐ。

 そして、目を向けぬまま上空へ投擲。回転しながら打ち上げられた光の剣は、木の枝に止まっていた一体の首を綺麗に切り落とした。

 上位種三体を瞬殺したことに気も留めず、オルトはすぐさま足を滑らせ静止し、剣を手放した腕を勢いよく地面に落とす。


「『光劔』」


 二度目の『光劔』。しかし、展開はオルトの手のひらではなく、地面からだった。

 無数の黄金色に輝く鋒が天に向かって抗うかのように出現し、呑気に地上で屯ろしていたガーゴイルたちを悉く串刺した。

 一帯から重ね塗りするような絶叫が轟く。秒間百本近い速度で展開しているのだから、特にオルトの近場にいた数匹にとってはひとたまりもないだろう。

 オルトが手を土壌から離したと同時に、剣は粒子となって幻の如く消える。あとに残ったのは、風通しの良くなった異形の死体のみ。


 上体を起こしつつ、腕を頭上へ掲げたオルトの手に、先ほどガーゴイルの首を落とした『光劔』が落ちてくる。それから少し遅れ、彼の背後で首を失った肉塊が落下する音が響いた。

 直後、殺戮の一部始終を見ていた空中にいた者、そして運よく異変を察知して回避した者、両方のガーゴイルたちから怒りの雄叫びが上がる。


「おお騒げ騒げ!騒ぎまくって散ってる奴らここに全員連れてこい!」


 オルトの立つ地面から鋭利な岩が隆起する。それを完全に予測していた彼は、飛び出した岩を後方へ跳躍し回避。

 そこから更に連続して四方へ跳び回り、他のガーゴイルたちが仕掛けた同様の魔術も全て躱す。ついでに近場にいた二体のガーゴイルをすれ違いざまに真っ二つにした。


「よっと」


 オルトは『光翼』を起動。急加速しガーゴイルたちの捕捉を一時的に全て振り切る。

 そのうち、今まさにオルト目掛けて魔術を放とうとした三匹は目標を見失い、腕を上げたまま視線を左右と彷徨わせてしまう。

 そんな彼らを漏れなく背後から突き刺し、あるいは首を落とし、あるいは3枚に下ろして瞬く間に排除するオルト。


「ふぅ――――」


 油断するな。己を万能と思い込むな。所詮、中身は脆弱な人間なのだ。

 アストラルのエリートであるシュヴァリエすら不可能であろう、上位種ガーゴイルとの乱戦を単独で為すオルト。その力は間違いなくオストラントでも屈指のものだ。


 それでも、オルトは己を強く戒める。


 これはただの掃除であり―――自分は決して、この世界を救える英雄などではないのだと。


「!」


 飛んでくる巨大な岩石や砂礫を避けつつ、オルトは横目で空中に展開した自身を狙う岩の礫を捉える。

 数も大きさもかなりの規模だ。さすがは上位種の振るう魔術といったところだろう。

 オルトはガーゴイル一匹の首を飛ばしながら、礫の出現した方向へ片手をかざしてつぶやく。


「『光盾・二連輻輳シールド・デュアル』」


 礫が放たれる。雨のように降り注ぐそれは、一つ一つに高い強化の魔術が施され、半端な防御魔術の類であれば一個目の衝突で粉砕できるほどの威力を備える。

 それをオルトは燦然と輝く盾で受けた。表面に降り注ぐ無数の岩は、その全てが弾かれ、四散する。

 岩の弾雨が止んだ後も、盾の外装にはそれが当然であるかのように傷一つない。


「そろそろ詰めだ。―――『光鏃アロー』」


 地上に降りたオルトは『光劔』を霧散させ、その手を天に掲げると、短い詠唱を口にした。

 しかし、彼の手中には何も現れない。敵の身にも劇的な変化はみられない。

 それもそのはず。オルトの指定した魔術の展開地点はここより遥か天上。星々のまたたく夜空だ。


 そこには、新たな無数の星が出現していた。


 否。それはオルトの光魔術、『光鏃』。

 高度1000m地点より降り注ぐ、煌々と輝く光の矢である。

 先の岩の礫が驟雨だというのなら、これは流星群と言えるか。


 オルトが手を下ろす。それが合図だった。


 音を完全に越える速度で放たれた鏃は、一瞬で宙空にいた魔の全てを地面へ墜とし、縫いつけた。

 逃げ場などない。まさに雨のような密度で放たれた万に達する光の群集は、傘を忘れた愚物を嘲笑うかのように蹂躙した。


「…よし。ガーゴイルどもはこれで殲滅完了、と」


 オルトの目論見通り、初手でここにいた全てのガーゴイルを始末しなかったことで、意図的に騒ぎを察知させ、周辺に散っていた者も集めることができた。

 あちらこちらを飛び回って残党を狩るより、一箇所でまとめて葬ってしまった方が効率が良いことは言うまでもない。

 ガーゴイルに対してこのような認識を持てる人間は、おそらくはオルトぐらいのものだろうが。


「残りは本命の――――ッ!?」


 オルトが意識をそちらへ向けようとした瞬間、まるで示し合わせたかのごとく、大地を震撼させるような咆哮が響き渡った。

 眠っていた野鳥が何事かと飛び起き、それからすぐ本能で命の危機を察したのだろう。夜空に向かって一目散に飛び立っていく。


 鳥たちは木々を超え、高く高く羽ばたいた。己の身の丈の何倍の高度まで。


 それを、背後の怪物は臥せっていた身体を起こすのみで軽々と超えた。


「…ワイバーンの、古代種エルダー


 ――――この世界は、千年前と比べ大気中のマナの総量は大幅に減少している。

 マナが潤沢にあった頃は、大柄な体躯であろうと一息で隅々までの循環が可能であり、強力な魔術を行使することができた。

 つまり、巨大な肉体を持つ者こそが、その分だけマナを多く扱うことができ、生存競争において絶大な優位性を持っていたのだ。


 だが、マナの減少が始まるにつれ、状況は一変した。


 大量のマナを取り込んで魔術を為すより、少ないマナでどれほど効率的に魔術を為すかに優位性は推移していった。

 やがて図体だけが大きい個体は、量にものを言わせたマナの即時循環ができなくなったことから、あっという間にこの世から淘汰されてしまったのだ。


 今現在の魔は、その殆どが淘汰されていった種の『効率的にマナを取り込めるよう、体躯を調整した個体』であると言われている。

 故に千年前に台頭した先祖の魔―――古代種エルダーは、失われた存在であるはずだった。


『ゴアアアアアアアアッ!!』


 だが、それを観測した者はいない。証明した者はいない。

 であれば、この邂逅は必然なのだろう。


「千年前の遺産と戦えってか。ったく、これで都合だよ」


 月に照らされるのは銀色の鱗、螺旋状に捻れつつ額から伸びた一対の赤角、視した生物を畏怖させる青眼。

 悠に50mを越す巨体が、オルトの目前にあった。

 それでも、彼は逃げない。人が立ち向かえる脅威を完全に超越する魔を前にし、一歩も退かずに対峙する。


 そう。対峙しなければならないのだ。

 オルト・ハイゼンは、そういう契約をしているのだから。


「まずは硬さを確認…っと!」


 オルトは『光鏃』を発動させ、手中に鏃を生み出す。続けて、それを結弦にかけて引き絞るかのように大きく振りかぶると、そのまま投擲した。

 凄まじい衝撃波を伴って放たれた鏃は、ワイバーン・エルダーの顔面に見事着弾する。

 岩を穿つような轟音が響き、大量の黄金色の火花が散った。

 上位種ですら容易く絶命させる一撃だ。直撃であれば致命傷だろう。


 それに反して、白煙の晴れた後に見える竜の顔面には、碌な外傷も見当たらない。


「ち、無傷か」


 憎々しげに舌を打つも、オルトの表情にはさほどの悲壮感は見受けられない。予想の範疇だった、ということだろう。

 が、今の一撃で敵の位置を捕捉したワイバーン・エルダーは、ぐるりとオルトの方へ目を向けた。

 殺意を宿した青眼が向けられた瞬間、大気が軋むかのような悲鳴を上げ始め、彼の身体はピクリとも動かなくなった。比喩ではなく、本当に指の先すら微動だにしない。

 更には、首を絞められているかのように呼吸まで難しくなってくる。


「グ…これがただの威圧、か!桁違い過ぎて…っガ、危うく、死にそうだ!」


 身体に岩石でも積み上げられているような圧迫感。敵対者がオルトのみであるため、それは一身に注がれる。

 それでも、足を止め続ける訳にはいかない。


「ッ!」


 足元に膨大なマナの流動を感じ、全力で拘束から脱して回避する。

 それから一秒も経たずに火柱が立ち昇り、先ほどまでオルトの立っていた場所が根こそぎ燃やし尽くされる。

 辛くも回避は成功した―――かに思われたが、僅かに安全圏への移動が遅れた彼の左腕は、熱波を至近距離で受けてしまい、二の腕近くから指先まで真っ黒く炭化してしまっていた。


「利き腕じゃねぇなら問題なし!」


 オルトは構わず、そのまま巨大な敵に向かって疾走を開始する。

 彼は身体強化の恩恵で、一歩地を蹴るごとに驚異的な加速をしていく。その最中で『光劔』を発動し、炭と化し使い物にならなくなった左腕を、迷いなく肩口から切り落とした。


 鮮血が迸り、腕が飛ぶ。

 正気の沙汰ではない。人の身体は替えの利かない一点もの。使えなくなったからと言って、容易に捨てられるものではないだろう。

 にもかかわらず、そんなことは大事じゃないとばかりに林間を全力で駆けるオルト。


 そう。正しく、今の彼にとっては片腕が砕けようが落ちようが潰れようがどうでもいいのだ。

 真っ先にすべきことは、相手との距離を一刻でも早く詰めることなのだから。


「ッ、『光盾・三連輻輳シールド・トリニティ』!」


 眉間の辺りへ迸った直感のままオルトは『光劔』を解除し、左方へ飛びつつ右手に巨大な光の盾を展開。

 間もなくすぐ右横を暴力の嵐が通過していき、5mはあった木々が根の埋まる土壌ごと消し飛んだ。

 全開に近い防御手段を講じていたはずのオルトは、巨人の張り手でも食らったかのように弾き飛ばされ、樹木の幹に背中から叩きつけられていた。

 余波を受けただけの木々すら大半が咢に喰いちぎられたような有様となっており、もしオルトが盾を持っていなかったら、どうなっていたかは想像に容易い。


「腕を振り回しただけでこれとか、次元違い過ぎるだろが…!」


 持ち直したオルトは、悪態をつきながら疾走を再開。左へ大きく迂回してワイバーン・エルダーの側面へ回り込む。

 凄絶な破壊の影響で、多量のマナが大気中でかき混ぜられている今、己の正確な位置を特定するには僅かな間を要するだろう――――オルトはそう読んだ。


 その狙い違わず、ワイバーン・エルダーの目はターゲットの再補足をするため、須臾の間、左右と泳ぐ。


 好機。

 オルトは『光翼』を使って全力で跳び、木々の間から弾丸のように空へ進出する。

 そして、を後方へ引きながら叫んだ。


「――――『光槍ジャベリン』!」


 腕全体が強い光を纏い、渦を巻きながら指先に収束していく。先端に集められた極光は、一際眩く輝いていた。

 それはまさに、光で形作られた槍だ。

 突き出される腕から放たれた光槍は、強烈な熱量を振りまきながら飛翔し、全てを貫かんと前進する。


 しかし、その流星はワイバーン・エルダーの肉体へ届くより前に、何かに阻まれて制止を余儀なくされる。

 そのまま暫く槍は進行を遮る何かと激しく拮抗していたが、ついに力尽きて砕け散った。


「ッ、なるほどな!最初の一撃の時点で、受けたにしちゃあ反応薄すぎだなとは思ってたんだ!」


 オルトの『光槍』を防いだのは、紅く輝く壁。それらは無数の防御障壁が寄り集まった鱗のような様相をしており、見た目以上の堅牢さを誇る。

 今しがたオルトにとって切り札に等しい光の槍を難なく防いだことからも、その強度は理解できるだろう。であれば、初手で放った『光鏃』に対し微動だにしなかったのも頷ける。

 それは竜種の持つ、『鋼殻障壁ドラゴンスケイル』。全身を覆う緋色の装甲。古代種ともなれば、その防御性能は破格のものとなる。


「ぐっ、おぉ!?」


 ワイバーン・エルダーの巨体を起点に、突如猛烈な熱波が放たれる。

 危険を予知したオルトは、すぐに右手の盾を構えて防御姿勢を取るが、凄まじい風圧に押し流され、後方へ吹き飛ばされてしまう。

 視界が上下左右と滅茶苦茶に回転する。このままだと吐きそうだったオルトは、何とか『光翼』を使って体勢を立て直す。


「…おいおい。冗談じゃねぇぞ、この景色」


 一難去って一息吐くより先に、上空から俯瞰した光景にオルトは息を呑んだ。

 それは、先ほど放たれた熱波により数キロ単位で焼け野原となった森だった。あれほど青々と群生していた緑が、今は見る影もない。

 とても一個の生命体が為せる規模の破壊行為ではない。これは間違いなく天災の領域にあたる。

 このような災厄の化身が人の生活圏に出現したら―――たとえ現在のオストラントであろうと、為す術なく蹂躙されるだろう。


「っ、ぁぶね!」


 視界の隅に見えた黒い影。それで我に帰ったオルトは、何とか反応し盾を動かす。

 爆撃を受けたような衝撃を腕に感じ、同時に肩のあたりへ激痛が走る。姿勢制御がうまくできていなかったため、関節が外れたのだろう。

 それでも歯を食いしばって堪え、オルトは襲いくる死の乱流を受け切る。

 直後、後方へ抜けた余波で焼けた森が物理的に4つに割れる。環境破壊が著しい。


「の野郎!いちいち桁違いの威力ぶちかましやがって!」


 爪での一撃を繰り出したワイバーン・エルダーは、オルトがまだまだ元気いっぱいであることを確認すると、続けて二足立ちのまま巨腕を振り上げる。

 このまま防戦一方では不味い。そう思ったオルトは、『光劔』を左手に展開しつつ、『光翼』を全開で駆動。猛烈な高速機動で振り回された腕を回避し、そのまま高度を下げて地面付近を低空飛行する。


「うお!…っち、しっかり追ってやがるな!」


 前方から太い火柱が連続して立ち昇り、逃げ回る外敵を焼き尽くさんと吹き荒れる。

 それに舌を打ちながら、オルトは体を横に倒したり、高度を上下させたり、進行方向を左右に振ったりなどし回避する。


「『光鏃』!」


 オルトの周囲に光の粒子が複数出現したかと思えば、それらは全て弓矢に形を変える。

 そして、形が整い次第矢継ぎ早に発射され、複雑な軌道を描きながらワイバーン・エルダーへ向かって降り注いでいく。

 上位種であるガーゴイルすら容易く葬ったはずの数百にも及ぶ光の矢は、悉く半透明の赤色の壁に阻まれて砕け、消える。


「ラァッ!」


 火柱を回避しながらもしっかりと距離を詰めていたオルトは、『光劔』ですれ違いざまに足首を斬りつける。

 しかし『光鏃』と同じく、やはり鋼殻障壁に阻まれて火花を散らすのみに終わった。

 

「!」


 と、上空で莫大なマナが集約していく気配を察知。追撃をしよう動きかけていたオルトは瞬時にその計画を破棄し、全力でこの場を離れることを選択する。

 『光翼』を全開で駆動させ、前方へ飛行する最中、そこはかとなく嫌な予感がした彼はチラリと後方を振り返り、空を見る。

 結果的には、それが幸いした。


(ブレス!?)


 このまま逃げるだけでは、確実に焼き殺されると分かったからだ。

 

「くっ!」


 すぐさま体を半回転させ、オルトは右手の盾を上空へ向ける。

 開けた視界の先では、真夜中だというのに太陽が出現していた。

 その光源は、ワイバーン・エルダーの口腔で塒を巻く火焔。生けとし生けるもの全てを絶命させる炎熱だ。

 

「ぐおおおおおおっ!」


 放射された火焔は、オルトの想像を超えていた。これまでの連続使用も祟り、盾は数秒も持たないことは明らかだった。

 防御不可と分かり次第、受け切るという選択を捨てたオルトは、『光翼』の仰角を変え、ブレスの軌道上から脱することを試みる。

 右も左も降り注ぐ業火で判別できなかったが、とにかく彼は動いた。現状維持はそのまま死に繋がるのだから。


「ぶは!っぐ、ごふっ!」


 賭けには勝った。

 火炎地獄という絶対的な死地から帰還を果たしたオルトは、足に大火傷を負いながらもブレスの軌道上から何とか逃れ、地面を転がる。

 …全身が痛い。だが、まだ生きている。

 ギリギリの綱渡りに半笑いをしたオルトの身体は、。これで、再び振り出しだ。

 しかし、一般人目線でこの戦闘を見れば、どちらが化け物か分かったものではない。


「クソ、このままじゃダメだな。あの障壁を何とかしねぇと」


 ワイバーン・エルダーの放ったブレスが走った後の地面は、黒煙を上げながら赤熱していた。恐らくは溶岩と同じくらいの温度があったのだろう。

 辺り一帯を更地に変えるほどの火力を備え、上位種すら一撃で葬るオルトの光魔術すら何度も防ぐ強固な防御手段を持つ。

 勝てる、勝てないの議論をすること自体が誤りなレベルで次元が違う。手のつけられない災害と認め、抵抗を諦める以外、道などないだろう。


「とはいえ、あの障壁は力技じゃどうにもならない。あんな大量のマナを複雑に編んだ壁、どうすりゃいいんだ」


 それでも、オルトは諦めない。目前の巨龍を倒すべき敵と認め、己が武力を以て葬らんとしている。

 月を背にした太古の怪物は、青い眼を再度オルトに向ける。そして、まだ息絶えていないことを讃えるかのように、口の端から火炎を漏らしつつ低く喉を鳴らした。

 さて、どうするか。オルトは『光劔』を握りこみながら思考を巡らせる。

 このまま無策で特攻すれば、手痛いカウンターを受けるだけなのは明白。やはり有効打を与えるには、あの障壁をどうにかしないことには始まらない。


「障壁、大量のマナ…マナ、か。…なら、もしかしたら」


 閃くものがあったオルトは、わずかに口角をあげる。

 が、その余韻に浸る間も無く足元で動く多量のマナを察知すると、すぐに地を蹴って飛び退く。

 今度は『光翼』のアシストもあり、十分な距離を開けられたため、余裕を持って出現した火柱を回避できた。


「っと、一度体感すれば同じ手は食わねぇっての」


 そう吐き捨てたオルトは、ブレスを受け止めた影響で破壊されてしまった『光盾』をもう一度左手に出現させる。

 対し、右手に持っていた『光劔』は上空へ放り、霧散させてしまう。


「この判断が吉と出るか凶と出るか…試させてもらうかね」


 高鳴る心音を感じつつ、オルトは真っ直ぐ、再びその脅威と対峙する。

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