第31話

 『幻想のアルカディア』というゲームは、大きな枠組みとしては過去に大陸を支配していた旧神と、その後人間たちと歩もうとする現神の戦いと言っても過言ではない。


 そのため、主人公であるカイルには最終的に戦神アレスが憑き、本来なら人の身では絶対に敵わない旧神たちと戦っていくことになる。


 神にもランクはあり、創造神エステアや破壊神クヴァールを除けば、カイルとともに戦う戦神アレスは最強格の力を持っていた。


 そしてそんな戦神アレスと同格であるのが、聖女フィーナとともに在り続けていた『天秤の女神アストライア』。


 他の神々からは断罪の女神とも呼ばれ、神の力を悪用する存在を裁く存在だ。


「これはいったいどういうことだ?」


 神の庭園ヴァルハラは、地上では強すぎる力を発揮できない神々が、唯一その力を使える場所。


 今この場所には俺と、六対の銀翼を背負ったフィーナの姿をしたアストライアが睨み合っていた。


「リオン……いえ、シオン・グランバニア。貴方のことは、この子を通してずっと見させていただきました」

「……神のくせにのぞき見とは、良い趣味だな」

「神すら屠るその力は、あまりにも危険と判断します」


 俺の言葉を無視して、アストライアはただじっとこちらを見てくる。

 彼女の言葉は、俺の正体を完全に把握しているということ。


 ――なぜこうなった?


 明らかに敵意を向けてくる神の存在に、俺はそんな疑問を覚える。


 天秤の女神アストライアは人間にとって平等な存在だ。

 善行を積めば助け、悪行をすれば裁きの対象となる。

 

 彼女は人間の味方であり、そして人の世を正すために力を振るう神。


 俺は少なくとも。フィーナと出会ってからクヴァール教団以外の存在に対して以外は大きな被害を与えていないし、罪は犯していない。


 そしてクヴァール教団は現神であるアストライアから見ても敵であり、やつらを殺したからといって、彼女の基準では罪ではないはずなのだ。


 だというのに、彼女の瞳は完全に敵を見るものだった。


「私が危険だと? 貴様の目は節穴か?」


 俺は表情を崩さないようにしながら、内心では非常に焦っていた。


 なぜならこの場所、そしてこのシチュエーションこそ、本来の歴史である『ゲームのラストシーン』だからだ。


 まるで歴史の修正力とでもいうのだろうか?

 このまま無意味に敵対してしまえば、俺の命は失われてしまうかもしれない。


「貴方の存在、それはおそらく善性に近いのでしょう」

「……」

「この子を救い、敵対した古代龍を殺さず従え、そして見ず知らずのエルフすら救おうと動いた」

「私は私の心に従って動いたのみ。救うなどというつもりはなかった」

「そうであっても救われた者たちがいたのもまた事実。ですがそれを補ってなお――」


 ――貴方の中に存在する破壊神の力は危険なのです。


「くっ――⁉」


 神の証である銀翼の光が強くなる。

 それと同時にアストライアは手に持った剣をこちらに突きつけてきた。


「貴方はすでに旧神である破壊神の力を己の物としています。そして未だにその力は成長を続けている。これ以上放置すれば、いずれ神すら滅ぼしかねない。ゆえに、今のうちに破壊神の力ごと完全に滅ぼさせて頂きます」


 そして、閃光が奔る。

 光のごとき速さで俺に接近したアストライアは、その剣を振り下ろしていた。


「ちぃっ!」


 慌ててマジックバリアを展開するが、拮抗したのは一瞬だけ。

 まるで飴細工を斬るように、あっさりと障壁を斬り裂いてくる。


 大きく飛び下がることでなんとか躱すことが出来たが、アストライアはそのまま追いすがるので、魔力球を展開し――。


「近付けさせん『ミーティア』」


 最も展開速度が速く、そして得意とする魔力の流星群を解き放つ。

 これまでと違い、本気で放ったそれらは一つ一つが凄まじい速度で彼女に迫るのだが――。


「この程度で、神を止められません!」


 アストライアは白銀のオーラを全身に噴出させ、真っすぐ突き進みながら剣でミーティアを斬り裂きながら俺に迫る。

 その勢いは、一切衰えることなく時間稼ぎにすらなっていなかった。


 俺も浮遊魔術を全力で使ってアストライアから距離を取ろうとするが、どうやら速度はやつに分があるらしい。

 徐々に迫られていき、すぐに剣の届く距離まで詰められた。


「喰らいなさい!」

「っ――『フレア・バースト』!」


 俺とアストライアの間で激しい爆発が起きる。

 彼女が剣を振り下ろすより先に放つことが出来たおかげで再び距離が出来たのだが、このままでは埒があきそうになかった。


 なにより、あの身体はフィーナのもの。

 いくら神が宿っているとはいえ、何の罪もない彼女を殺すわけにはいかないのだ。


「ちっ……厄介だな」


 煙が晴れ、無傷のアストライアを見ながら俺はどうするべきか考える。


「神の力を宿しているとはいえ、あの状況ですら切り抜けられるとは……人の子とは思えない動きですね」

「ふん、この程度で驚くとは、神もずいぶんと堕ちたものだな」

「もう千年以上も地上から離れていますから。ただいつまで経っても、人の成長には驚かさせられるばかりです」


 そんな軽口をしていると、長年の友人のような錯覚さえ覚えてしまう。

 しかし今、アストライアは俺の命を狙い、存在そのものを滅ぼそうとしている相手。


 こんな軽口の間でさえ、まるで油断が出来ない状況だった。


「さて……どうするべきか」


 ゲーム風に言えば、俺のステータスは世界最強であることは間違いない。

 だがしかし、それは人間の中ではという話。


 この世界における最強というのは、旧神と現神なのだ。


「抗うことを許します。今回の裁定は決して正しいものではありませんから」

「正しくないのに裁きを下すと?」

「世界の未来のためです。抗い、そしてその先に死を受け入れてください」


 そしてアストライアが再び迫る。

 それに対応するように、俺も黒い魔力で生み出した剣で対抗した。


 二つの強大なエネルギーがぶつかり合い、空間が歪み始める。

 かつて神話の世界で神々が覇を競い合ったように、俺たちはその力を使い世界を侵食し始めたのだ。


「ハアァァァァ!」

「オォォォォォ!」


 連続する剣戟の音は、俺とアストライアの実力が拮抗していることを示していた。

 

 超高速の打ち合いは大地を震わせ、空間に軋みを生み出させる。

 これが神の庭園ヴァルハラでなければ、世界の魔力バランスが崩れて世界に悪影響を与えていただろう。


「考え事とは余裕ですね!」

「そうでも、ない!」


 ――強い。


 アストライアの剣の技量は、俺がこの世界で見てきた誰よりも高く、重く、速く、そして鋭いものだった。


 それでいて放出される魔力も圧倒的で、俺がこれまで蹂躙してきた敵とは一線を画している。


「喰らいなさい!」

「むぅ!」


 ときおり放たれるレーザーのような光魔術を躱すと、背後の大地を穿っていくのがわかった。


 当たれば俺といえどただでは済まない威力で、だからこそ迂闊な反撃が命取りになりそうだ。


 このように攻撃パターンも単純に剣だけでないのが厄介だった。


「こちらは下手な攻撃が出来ないというのに、好き放題してくれる!」


 フィーナを殺すわけいかない俺は必死にその攻撃を防いでいくのだが、アストライアの動きはさらに鋭くなっていく。


 さらに空色の瞳が俺を射抜き、機械のように正確な剣はまるで芸術のような美しさすらある。


 もし俺が皇帝であったなら、彼女を鑑賞用として傍に置いたかもしれない。


「……たしかに、意外と余裕があるのかもしれんな」


 追い詰められているのは間違いないが、それでもこんなくだらないことを考えられるのだから、そう思っても仕方がないだろう。


 なんにせよ、どうすればこの状況を打破するのかを考え続けるのであった。

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