第27話

 もしこの世界が本当にゲームだとしたら、今俺がやっていることはきっと未来のラスボスが引き起こした惨劇として語られることだろう。


 要塞の中に蔓延る無数の死体。

 老若男女問わず、誰もが突然現れた悪魔のような男に恐怖しながらこの世を去った。


 そうして奥へと進んでいく頃には、この要塞の中に生きる人間は片手で数えられるほどになる。


「さて、この奥か」


 ひと際豪奢な扉があり、その奥にまだ人間の気配が感じられた。

 もはやこれ以上隠れる気がないのか、奥にいる存在はじっと俺のことを待っているようだ。


 ――あれだけ無様に逃げ出したというのに、どういうつもりだ?


 そんな疑問が頭に過るが、考えるだけ無駄化と思い、魔力球を飛ばして扉を吹き飛ばす。

 普通に開けて入っても良かったが、どうせ後で全部吹き飛ばす予定だから良いだろう。

 

 王宮などで見られる謁見の間のような部屋。


 中央には広い階段があり、その奥の玉座にはまるで己こそが王であるという風に座ってこちらを見下すグリモア枢機卿の姿があった。


「一度は逃げ出した割には、ずいぶんな態度だな」

「ふん……貴様が化け物のように強いことはわかった。だがしかし、しょせんは人間よ。神に選ばれた我らに勝てる道理などないのだ!」


 そんな叫びとともにグリモアは手に持った杖をかざす。


 黒く巨大な魔法陣が地面に広がり、そしてそこから黒いのっぺらぼうが生み出されていく。


「これは……」

「くかか! この要塞で散々我が同胞たちを殺したこと、後悔するがいい!」


 広い謁見の間に増えていくのっぺらぼう。

 一体一体が、先日エルフの里を襲ったそれと同等以上の強大な力を秘めていた。


「行けクヴァールの使徒よ! 我らの敵を呪い殺せ!」

「アーアーアー……」

「アアアー……」


 ゆらり、ゆらりと緩慢な動きでこちらに近づいて来るのっぺらぼう。


 そこに人の意思など感じられず、ただ命じられた動きをする機械のようにも見えた。


「禁術……魂を縛ったか」

「なんということを……死んだ魂はどれほど前世で悪行をしたとしても平等に報われなければならないというのに……」


 フィーナは聖エステア教会の考え方を真っ向から否定するグリモアのやり方に嫌悪感を覚えているようだ。


「アーアーアー……アー!」

「きゃあっ⁉」


 一番前を歩いていた黒いのっぺらぼうが腕を振り下ろしてくる。

 それは、以前エルフの里で見たときの焼き直しでしかなく、俺の前に生まれた半透明の壁によって阻まれていた。


「ふん、数が増えただけで芸は変わらないではないか」

「その数が大事なのだ! 貴様が殺してきた同胞たちの怒りを、悲しみを、恐怖をその身に刻むといいわ!」


 一発、二発、三発……のっぺらぼうたちは壊れた機械のように何度も俺の壁を攻撃してくる。


 その威力はたしかに凄まじいものがあるが、だからといって俺のマジックバリアを破壊するには至らない程度。

 だというのに、グリモアは自信満々でこちらを見下すのみ。


「下らん……」


 風の魔術で目の前の敵を切り裂くと、まるで泥のように地面に溶ける。

 そこらの魔物よりはずっと力を持っているとはいえ、知能なく近づいて来るなどただの的でしかない。


 次々と迫って来るそれらを順番に切り裂いていき、すぐに謁見の間からのっぺらぼうたちは消えた。

 残ったのは、地面にわずかに残る黒い影だけだ。


「それで? この後は?」


 俺が不敵に見上げると、グリモアもまた汚い笑みを浮かべきた。


「くくく……また殺したな?」

「なに?」

「魂の牢獄に永遠と閉じ込められる者たちの怨念、喰らうといい!」


 その瞬間、黒い魔法陣が怪しく光る。

 同時に辺り一面に残っていた黒い影がうねうねと動き、まるで生きているかのように魔法陣の中心へと向かっていった。


 一つ、二つ、まるでばらけた粘土をこねくり回す様にくっつく姿はどこかシュールであり、そして醜悪。


「あ……あ……だめ……」

「フィーナ?」

「これは駄目です……この力は、世界に在ってはいけないもの!」


 突然、怯えたように震えながら座り込んだフィーナは、悲痛の声を上げた。

 教会の聖女として、なにか感じるものがあったのだ。


 正直、この力は俺からしても危険だと思うほどの強大で、留まることなく大きくなっていく。


 今までと同じように風の魔術で切り裂こうと飛ばしてみるが、一瞬切れたところから再生してしまった。

 

「なるほど……たしかに、これは今まででとは違うようだな」

「当然だ! 我らが神の顕現をその目に焼き付けるがいい!」


 黒い影の集まりは、まるで肉塊のように丸くドロドロとした形になる。

 すでにこの謁見の間を飲み込みかねない勢いで巨大化していき、そして――。


「ひ、ひひひ……ワシもクヴァール様の一部となれるのだ……これ、ほど……よろごばじいごどばぁ!」

「駄目! こんな、こんな力は許されない――!」


 瞬間、フィーナからとてつもない神気があふれ出そうとしていた。


 それがなにを意味するか――。


『アアアアアーーーーー!』


 同時に、フィーナがいる場所に伸びてきた触手のようなもの。

 それはまるで仇敵を許さないと言わんばかりに、彼女に向かって襲い掛かる。


「ちぃっ!」


 俺は慌ててフィーナを抱きしめると、その触手を燃やし尽くして距離を取る。


「駄目、駄目! ダメェェェェェ!」

「しっかりしろ! 己を保て!」


 錯乱状態のフィーナは、腕の中で暴れまわる。

 俺は巨大なドラゴン相手でも力負けすることはないが、それでも今の彼女を抑えることには全力が必要だった。


『アアアアアーーーーー!』


 そして黒い肉塊は先ほどと同じように触手を伸ばしてくる。

 これに触れれば俺もただでは済まないと、当たる前に燃やしてしまうのだがこのままではキリがなかった。


「あああ、あああああ!」

「……仕方ないか」


 このままここにいては、フィーナの精神が壊れてしまう。

 そう判断した俺は、天井を破壊して――。


「この私が撤退を選んだのだ。その代償は、高くつくからな?」


 シオン・グランバニアとして生きてきて、常に前を見据えて進んできた。

 子どもの頃はこうして撤退を選ばざるを得ないときもあったが、それもここ数年はあり得ない事態。


「ふ、まあいい……」


 天井に向かって飛び立つと、それを追う様に伸ばされる触手。


「一先ず、貴様は潰れていろ……『グラビティ』」


 闇よりも深く昏い魔力が生み出されると、強烈な重力魔術によって丸かった黒い肉塊も徐々に凹んでいき、まるで粘土を上から叩き潰したような形へとなる。


 もっとも……これも時間稼ぎにしかならないことは良く分かっていた。


「主! 覚えのある魔力を感じたが、まさか⁉」

 

 空中で要塞を見下ろしていると、慌てたようにやって来たレーヴァに俺は黙ってフィーナを渡す。

 どうやらあの塊から離れたことで、錯乱状態は収まったらしいが、その代わり気絶していた。


「レーヴァ……貴様は離れて見ていろ」

「っ――⁉」


 それだけ言うと、俺は己にかけ続けていた幻影魔術を解く。

 

 同時に、帝国を出てからずっと隠してきた黄金の魔力が、久しぶりの開放に喜ぶようにあふれ出した。


 俺は己の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じながら、グラビティを受けてなお壊れることのなかった存在を見下ろすと、そこにいたのは先ほどまでの肉塊ではない。


 まるで物語に出てくる悪魔のような、すらりとした黒い人型の怪物。


 ゲームでも見たことがない姿だが、それでも発する魔力の質であれがなにかはすぐにわかった。


 破壊神クヴァールの幻影。


 だからこそ――。


「ここからは、リオンではなく『シオン・グランバニア』として相手をしてやろうではないか!」


 俺は帝国を出てから初めて、本気の力を開放するのであった。

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