第7話

 交易都市ガラティアに戻った俺たちは、手に入れた素材を換金するためギルドに向かう。


 火竜の素材は俺のせいで取れなかったが、それでもグラド山脈の魔物たちは強力だ。


 それに傷の少ない綺麗な素材ばかりのため、相当な額になることは想像できる。


 しかしよく考えれば、Fランク冒険者がそんなものを出せば場が混乱して厄介ごとしか起きる気がしない。


 というわけですべてマーカスに押し付け、フィーナとレーヴァを連れて街を散策に出てきたのだが――。


「この街には治安を守る者はいないのか?」


 足元に倒れている男たち。

 フィーナに声をかけて絡み、そしてレーヴァによって打ち倒された残念なやつらだ。


「ありがとうございます、レーヴァさん」

「うむ、貴様は人の中では目麗しい容姿をしているようだからな。これからも同じことがあったら我を頼るがよい!」


 意外なことに、レーヴァはフィーナのことをすぐに仲間だと認めた。


 たしか封印された神に恨みを持っていて、フィーナが近づいて来ただけで怒りから封印が解けたはずなのだが……。


「神は嫌いだが、我はもう主の物だからな。ならば、その傍にいる者を攻撃するわけにはいくまい」

「そうか」


 意外と聞き分けがいいというか、俺の想像以上に割り切った様子。


 俺を主として盛り立てようとしているのは伝わってくるので、褒美代わりに屋台で並んでいる焼鳥を数本買って彼女に渡すと、嬉しそうに勢いよく食べ始めた。

 

「むっはー! やはり人間が作るご飯は格別だのー! これだから人間形態は止められんのだ!」


 ただの焼鳥でそこまで喜べるなら、こちらとしても省エネでありがたい話だ。


「ふふ、こうして見ると普通の少女ですね」

「まあ、中身は数千年生きた龍なのだがな」


 俺の隣で微笑むフィーナを見て、ふと思うことがある。


 ゲーム本編での彼女の年齢はたしか十八歳の設定だったはず。しかしこの道中で聞いた限りだと、彼女は十六歳。


 聖女としてはまだまだ未熟で、本来ならまだ聖エステア教会で修業をしている時期のはずだ。


 教会にとって神託はなによりも重要。


 それゆえに彼女が旅立つには仕方がないにしても、このままでは原作に比べて成長しないのではないかと懸念があった。


「……いや、私はなにを考えているのだ?」


 成長などしてしまえば、歴史の修正力かなにかで敵対することになったとき、俺が死んでしまうではないか。


 むしろ成長しない方がいい俺にとっては都合がいいだろう。


 そもそも、この世界の歴史はもうすべてが変わっている。


 なにせラスボスにして世界の破滅を目指す男はもうおらず、それを先導する組織もほぼ壊滅状態。


 これから起きるほとんどの悲劇は起きることすらない。


 つまり、この少女が強くなる必要もなければ、現神であるアストライアが出てくるような事態も今後は起きないということだ。


「そうなったら――」


 ……そうなったとき、この世界の主要人物たちはいったいどうなるのだろうか?

 

 主人公であるカイルがいなければ、仲間たちは過去を乗り越えることが出来ないかもしれない。


 彼らにもそれぞれ歩んできた歴史があり、それは仲間との旅を通して解決されてきた。


 それは――俺という旅の終着点がいなければ、始まることすらないのではないだろうか……。


「リオン様? 少し顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「……いや、なんでもない」


 関係ない。そう、関係ないのだ。


 仮に現代でテレビに出てくる人が亡くなったからといって、自分のせいにする者などいないだろう。


 それと一緒でゲームの主人公も登場人物も、俺からすれば遠い世界の人間でしかない。


 俺は俺で、この世界を楽しむと決めた。


 そして主人公であるカイルも、そして他の登場人物たちも己の人生があるのだから、そこに俺が干渉する必要などないだろう。


 だがもし――俺の起こした行動が原因で、彼らが過去を乗り越えられなければ、もっと不幸になると言うのであれば……。


「……リオン様、少しあちらへ」


 不意に、俺の手を握り引っ張られ、近くにあった噴水公園のベンチに座らさせられた。

 

 フィーナは俺の隣に座ると、柔らかく温かい手で握り続けるだけでなにも言わない。


 どうやら彼女は俺の考えを聞く気はないらしい。


 俺にはそれがありがたく、彼女の態度に甘えて空を見上げてみた。


「……」


 青い背景に白い雲がゆっくりと流れ、たまに鳥たちがその光景を横切る。


 瞳を閉じると、柔らかい風が肌を優しく撫で、遠くからは子どもの楽しそうな声がはっきりと感じられた。


 ただただ穏やかな時間。

 こうしていると、この世界がゲームの世界だとはとても思えなかった。


 もちろんここがゲームではなく『現実』であることはこの十八年で理解していたが、それでもどこか違うのだという意識があったのかもしれない。


 目を開くと、俺を見て微笑む少女。


「少しは楽になりましたか?」

「そうだな」


 思えば、フィーナは本来の歴史では最期、ラスボスである破壊神クヴァールを倒すために命を落とす運命だった。


 彼女の献身のおかげでクヴァールは滅び、世界は平和になるわけだが……その代償はとても大きい。


「……フィーナ、お前に聞いてみたいことがある」

「はい、なんでしょうか?」

「もしも……自分が死ぬ運命だと知っていたら、お前はどうする?」

「それはもちろん、死なないように運命に抗います」


 そうだな、それが普通だろう。俺もそうしてきた。だが――。


「抗った結果、世界を滅ぼすことになったとしてもか?」


 俺の言葉の意味は理解出来ないだろう。


 だがそれでも真剣に聞いていることが伝わったのか、彼女は一度黙り込む。

 

「それでも、抗うと思います。だって私は、死にたくありませんから」

「……そうか」


 だが俺は知っている。彼女は己の命を犠牲にしてでも、世界を守れる人であることを。


 俺がこの世界に生れたことで、破壊神クヴァールが復活することは二度となく、彼女の命が失われることもなくなった。


「そうか……死にたくないか」

「はい。たとえ世界が滅びようと、私は生きたいです」


 俺は俺のために運命を変えた。

 もしかしたらそれにより、本来あり得た幸せを奪ってしまったかもしれない。


 だがしかし、その代わりにこの隣で微笑む聖女を助けることが出来たのであれば、それはきっと間違いじゃなかったのだ。


「あ、でもリオン様は私の命の恩人で、神様に認められている方なので……もし貴方が死ぬようなことがあれば命を懸けて守りたいとは思います!」


 たかだか一回、盗賊から助けただけでずいぶんと慕われるようになってしまったものだ。


 むん、と細腕で力いっぱい拳を握る姿はどこか愛らしく、おかしいものでつい笑ってしまう。


「ふっ、その心配はない。私は誰よりも強いからな」

「……ふぁぁ」

「どうした? 顔が紅いが……」

「なななな、なんでもありません!」

「そうか」


 なんとなく、心が軽くなった。

 多分ずっと理解していて、見てみぬふりをしていたことに気付けたからだろう。


 さすがは聖エステア教会の聖女。懺悔を聞くのもお手の物だな。


 なんにせよ、もう迷いはなくなった。


 俺のしたことは、元々俺が死なないために動いてきたこと。


 だがその結果目の前の少女を救うことにも繋がったのだから、それでいいだろう。


「おーい主ー! 次はあれを食べても良いかー⁉」

「レーヴァさんが呼んでいますね」

「まあ適当に金は渡しているから、好きにさせたらいいさ」


 ベンチから立ち上がり、そして改めてこの美しい世界を見る。


 空も、雲も、街の景色も、まだまだこれから起きるであろうたくさんのイベントも、すべてを楽しもう。


「私たちも行くか」

「はい、どこまでも付いて行きます!」


 今の私は、過去に縛られるような存在ではないのだから。

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