第6話

「リオン様!」

「おいリオン、大丈夫か⁉」


 俺とレーヴァテインの戦いが終わったことで、戦いの余波を受けないように離れていたフィーナとマーカスの二人が駆け寄ってくる。


「ああ、問題ない」

「問題ないってお前……」


 マーカスが信じられないような目でこちらを見てくる。もしかしたら、化物とでも思っているのかもしれない。


 とはいえ、それも当然だと思う。


 俺と戦ったあの龍は、太古の時代に神々と覇権を争った正真正銘、世界の支配者となるべき存在。


 ただの人間がそれを討ち下したとなれば、内心では心穏やかになどいられないはずだ。


 それに今回はさすがに力を見せすぎた。


 まだ本気を出していないとはいえ、これではフィーナやその中に眠るアストライアも警戒して――。


「さすがリオン様です。我が神に選ばれた真の――」

「真の?」

「あ、いえ。なんでもありません!」


 彼女は蒼銀色の髪をぶんぶんと横に振り、慌てた様子で何かを隠そうとしていた。


「……」

「な、なんでもありませんから!」


 ジーと見つめると、困ったように半泣きになり、しかし俺を怖がる様子は見受けられない。


 これ以上したらどうなるのだろうという悪戯心が湧いてきて――下手に刺激をしたらアストライアによる死亡フラグが発生することを思い出して手を引いた。


 ――なにせ原作の俺の死因はアストライアによる魂の一撃だからな。


 危うく自ら死ぬ可能性を拾いに行くところだった……。


 せっかくここまで死亡フラグをすべて叩き折って来たのに、なぜ新しい死亡フラグを生み出そうとするのだ俺は。


「まあ貴様の神がなにを思っているのかは知らないが、私は特別なことをする気は一切ないぞ」

「え?」

「え?」

「なんだその反応は」


 二人のそれはないだろう、という表情に思わず反論してしまう。


 なんにせよ、俺はこれからこの『幻想のアルカディア』を全力で楽しむだけだ。


 そのために世界を回っていろんなものを見て、体験して、感じ取って……。


 この旅の過程で冒険者として大成してもいいし、なんなら成長前の主人公やヒロインたちに会ったりしてもいい。


 俺はすでに運命の輪からは解き放たれ、自由に世界を見て回れるのだから。


「まあこれからも兄ちゃんが特別なことをしていくのは確定として……あのドラゴンはどこ行った?」

「……ああ、あいつならいきなり攻撃してきたことを反省して――」

「我ならここにいるぞ」


 崩れた岩陰から声が聞こえてくる。それは先ほどまでの重厚感のあるそれではなく、可愛らしいもので――。


「まさか人間にここまでされるとは……もはや怒りを通り越して呆れてしまうわ」


 岩場から出てきたのは、紅い髪を腰まで伸ばした少女。


 その少女の登場に二人はまず呆気に取られて、そしてこのような危険地帯にいる少女が普通ではないことも理解しているため、戸惑いの表情に変わる。


「あのリオン様。この子は、えと……もしかして」

「おい兄ちゃん……さっき特別なことはしないって言ったよな?」

「……親戚の子だ」

「「……」」


 おい二人とも、急に黙り込むなよ。そこで黙られたら俺もなにも言えないだろうが。


「まったくなにを揉めておるのだ主よ。さっきの龍だと説明すればよいだろうに」

「「……主?」」

「太古に神と戦ったドラゴンが、こんな子どもになったなんてどう説明すれば良いと言うのだ。ましてや私に負けて自ら我が軍門に下ったなど、信じられるとは思えんぞ」

「いや主、今説明した通りのままだろう」


 いやだから、そんな荒唐無稽な言葉を信じるものがどれほどいると言うのか。


「さて、そこの二人は主の仲間か? なら軽く自己紹介をしておこう。我は古代龍レーヴァテイン! かつて神々が大陸を支配していた時代、最後まで抗い続けた誇り高きドラゴンだ!」


 その瞬間、まるでレーヴァテインの自己紹介を盛り上げるために用意された演出のように火山が大噴火。


「おっと、こんな姿ではあるが、それでも我は龍。敬意を忘れるなよ?」


 小さな胸を張ってそう自慢気に話す姿は、子どもが一生懸命自分をアピールしているようにしか見えない。


「えっと……レーヴァテイン様、その姿は?」

「もともと古代龍はこうして人の姿を取って行動することは珍しくはない。主に負けた以上、この者の望む姿を取るのは仕方がないことだろう」

「それはつまり、嫌々ですけど主の命令は絶対と言うこと……? つまりリオン様は、その……小さい子が好みなのでしょうか?」

「私は人間形態になれと言っただけで、子どもの姿になれと言ったわけではない」


 だからフィーナ、俺をロリコンのように表現するのは止めるんだ。


 あと隣で変態を見るように引いているマーカス。貴様、あとで覚えていろよ。


「なんにせよ、我はこの男に敗北した。そして主と認め、今後は力を尽くして仕えることを決めたのだ」

「そうですか……あの神話にも登場するようなドラゴンを配下に……やはりリオン様は――」


 ブツブツと呟くフィーナの態度が少し怖いが、しかしここはあえてスルーをしておこう。


 下手な藪をつついて蛇を出すのは、俺の信条に反するからな。


「それで主、これからどうするつもりだ?」

「ああ、まずは貴様の鱗をはぎ取って、それを冒険者ギルドに売ろうと――」

「ぴえ⁉」


 冗談のつもりで言った言葉だが、レーヴァテインは本気にしたらしく思い切り遠くに逃げだした。


「冗談だ」

「主が言うと冗談に聞こえないから勘弁してくれ!」


 たしかに彼女の鱗を売れば一気に億万長者だろうし、Sランクの冒険者もなれるだろう。


 だがしかし、俺はこの世界を楽しむのに結果だけを求めているわけではない。


 多少の不自由があろうと、その過程を含めてすべてを愛したいと思うのだ。


 だからこそ、一足飛びで一気に答えだけを手に入れるようなやり方は好んで行おうとは思わなかった。


「とりあえず帰りに落とした火竜や魔物たちの素材があるだろうから、それを持って帰るか」

「んじゃま、それは俺がやるわ。ここにきて、ほとんど戦闘もしてないし付いてきただけになっちまったからな」


 本来はマーカスが主体となって動きべきところを、つい興奮して前面に出てきてしまった。


 これは反省しなければ……。


「よし、それでは交易都市ガラティアに戻るか」

「はい!」


 そうして俺たちは、帰りに大量の素材をそれぞれ抱えながら街に戻るのであった。

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