第44話 喧嘩は続く

「おはよう、芹沢氏」


「おはよう、浜崎氏」


「そう言えばあの話は聞いたかい?」


「どの話? なんの話?」


 授業が始まる前の学校。

 天気のいい日差しが差し込む教室の中で、俺は隣の席に座る浜崎氏と会話をしていた。

 彼はまさか知らないのかい?

 なんて呆れたような、しかし神妙な顔つきで語りだした。


「新庄という憎き敵がいただろう、君には」


「ああ、新庄ね」


 もう憎くはないのだけれど。


「あの新庄には凶悪な兄がいるのは有名な話であるが……当然君も知っているな」


「ああ。当然知っているぞ」


 だってその兄貴もぶっ飛ばしたんだからな。

 顔はいまいち覚えていないけれど、倒したという記憶だけはしっかりある。


「実は新庄がその兄貴共々病院送りになったようなんだ」


「うん」


 その原因も俺である。


「まぁあんな悪党連中が病院送りになるのはどうでもいい。いや、ハッキリ言ってざまぁみろという気分があることをここに宣言しておく」


 少しニヤリと笑う浜崎氏。

 彼自身は新庄にいじめられていたわけではないが、イジメをするような連中のことを毛嫌いしているようだ。

 俺もいじめをするような奴は好きじゃないから、その気持ちは痛いほど良く分かる。


 浜崎氏はそこでハッとし、咳払いして話を戻し始める。


「で、だ……実は入院先の患者の中に被害者の方がおられたようでな……入院していた原因も、その新庄兄だったようだ」


「ほうほう。それで、どうなったんだ?」


「被害届を出したようだぞ。そこから警察官の方々がここぞとばかりに彼らを追い詰めてたらしくてね……元々害悪な悪党としてマークしていたらしいのだが、これまでやって来たことを追求し、その罪を償わせることに成功したようだ」


「へー。それは災難というか、当然というか……うん。自分たちの巻いた種だな」


「うむ。だから俺は声を大にして叫びたい。ざまぁねえな! とな!」


 それはそれは清らかな、あるいは悪意に満ちた笑い顔を浮かべる浜崎氏。


「結局新庄兄弟は逮捕されたようだぞ。弟もこの学校を退学になるだろう。うん。これからは芹沢氏も、平穏な学園生活を送ることができるはずだ。おめでとう!」


「ありがとう、浜崎氏!」


 俺たちは親指を立て合い笑い合う。


 そうか。

 あの二人は逮捕されたのか。

 骨を折っておいてさらにはそんな結末が待っているとは……しかしやはり可哀想などとは思わない。

 自分たちの罪を然るべき場所で償うべきだな。


 二人が捕まったことに対して、正直俺はなんとも思っていない。

 だが、俺のことを思って笑ってくれている浜崎氏のことは嬉しく思う。

 

 彼の笑顔を見ているだけで笑みがこぼれてくる。

 俺にとって彼は、かけがえのない親友なのかもしれない。

 きっと俺も、彼の喜ばしいことには、心の底から笑うのであろう。


「蒼馬! おはようなのじゃ!」


「おはよう、マナ」


「おはよう蒼馬。今日も一緒に帰ろうね」


「おはよう、エレノア。時間が合えばな」


「アホぬかせ、このアホ勇者が。蒼馬は余と帰るのじゃ」


「アホっていうな、この貧乳魔王! 蒼馬はボクと帰るんだ!」


 また言い争いを始める二人。

 俺はヤレヤレとその様子を眺めていたのだが……隣の席に座る浜崎氏の方がプルプル震えていることに気がつく。


「どうしたんだ浜崎氏?」


「ど、どうもしないさ……どうもしませんさ!」


「んんん?」


 浜崎氏は涙目で俺を睨み付けているのだが……何があったんだ?


「君のことを取り合う美女が二人いることに対して何も言うことない。だけど、こんな教室でイ、イチャつくのはどうかと思うけどな!」


「いや、イチャついてなんかいないんだけど」


「これがイチャついて無いって言うなら、どれがイチャつきなんだ!? それを詳しく説明し、見せてくれ!」


 目の前で喧嘩をするエレノアとマナ。

 これはどう見ても喧嘩にしか見えないのだが……


 だが二人が俺に話しかけてきたことを羨ましく思ったのか、それを浜崎氏は怒っているのか? そうなのか? そうなのだろう。


「いや、イチャついてたんじゃなくて、ただ挨拶しただけで……」


「それがイチャついていると言っているのだ! 不純異性交遊はどうかと思うぞ、芹沢氏! 俺だって……俺だって……うわーん!」


 まだ朝一番だというのに、まだ授業が始まっていないというのに、まだ帰る時間ではないというのに、浜崎氏はカバンを持って教室を飛び出して行ってしまった。

 涙をボロボロとこぼしながら全力で。


 呼び止める暇も無く、ただ一直線に廊下を駆けて行ってしまった。


「…………」


 唖然とばかりする俺は、彼が去って行ってしまった廊下を眺め続けていた。

 目の前で繰り広げられる口喧嘩を無視するかのように。

 

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