第42話 マナの涙

 テクロスとの戦いが終わり、山を下り始めようとした時であった。

 一瞬マナが辛そうな表情を浮かべる。


 だが誰も気づかない。

 気づかなかった。

 いや、気づかせなかったのだ。


「……皆、先に帰っててくれないか」


「蒼馬様?」


「コレットもモモを連れて一足先に帰ってくれ。俺は少し用事を思い出した」


「はぁ……」


「マナ。お前はちょっと手伝ってくれ」


「余が手伝い? 何をするつもりじゃ?」


「まぁいいから。じゃあ皆、また後でな」


 コレットたちは怪訝そうな顔をしつつも、素直に俺の言葉に従い、この場を飛び去って行く。

 残されたマナは俺の顔を見て首を傾げるばかり。


「で、何を考えてるんだ?」


「何を考えてる……? どういうことじゃ?」


「だってお前、なんだか辛そうに見えたから」


「辛そうだなんて……そんなことはないぞ」


「そんなことあるから言ってるんだよ。子供が親に言いたいことを言えない。そんな顔してたぜ」


「そんな……」


 マナの顔を真っ直ぐに見つめると、彼女は口元を震わせる。

 涙をこらえ、自分の気持ちを悟られまいと耐えようとしているのだろう。

 そのままマナは俯き、無言のまま時間が過ぎる。


 優しい風が吹き、木々が揺れる音が響く。


「もう仲間はいない。俺だけしか話は聞いてないんだ。俺は口は堅い方だから、安心して不平不満を漏らしてくれてもいいんだぞ」


「…………」


「…………」


「……テクロスは、自分の講師で、仲間だと思っておった」


「うん」


 マナは肩を震わせ、俯きながら続ける。


「それに自分たちより上の存在がいるなど……正直に言うと今混乱しておるのじゃ。でも、あやつらに心配をかけさせたくない。余は気丈でおらねばならんのじゃ。だって余は魔王で、あやつらの模範とならなければならないのだから……」


 ああ。

 今、本当のマナが見えたような気がする。


 大人というには幼すぎる彼女。

 そんな彼女が魔王なんて立場にいて……その重圧は並大抵のものではないだろう。

 だが自分にはメグたち部下がいて……

 自国には守るべき存在がいる。


 マナには弱音を吐くだけの余裕が無かったのだ。

 強く気丈でなければいけない。

 それがマナに与えれた立場の責任であるから。


 でも本当は悩みもあるし弱音も吐きたい女の子。

 魔王という責任を負わされた女の子なのだ。


「マナ。俺には弱音を吐いていいんだぞ」


「え?」


「だって俺はお前の世界とは無関係の人間なんだから。エレノアたちみたいに敵対しているわけじゃないし、メグたちみたいにお前の部下じゃない。俺を対等な友達だと考えてくれればいい。だからさ、俺には気を使うなよ。そういう関係の友人がいてもいいだろ?」


「蒼馬……」


 マナはまだ戸惑っているようだ。

 甘えていいのか。

 魔王としてそれはいいのか。

 許されることなのか。


 そんな小さなことを、大きな責任を負わされたこの子は悩んでいるのだ。


 俺はそこでふと思い出す。


 マナは俺を操り、頭を撫でさせようとしたことを。

 あれがマナの願いだったのかも知れない。


 頭を撫でて欲しかった。

 褒めて欲しかった。

 いつも頑張ってるってことを知って欲しかった。


 俺は静かにマナの頭を撫でる。


「あっ……」


「あの時、撫でてやるって言ってできなかったからな」


「…………」


「俺は知ってるぞ。お前が頑張ってることを。それにメグたちも知ってる。だからお前を慕って、支えて、一緒にいてくれるんだ。お前は一人じゃないし、皆が見てくれてるんだ」


「蒼馬……蒼馬」


 マナはポロリと大粒の涙をこぼすと、とうとう大声で泣き出してしまった。

 俺の胸に飛び込み、自分の責任を全て肩から下ろし、等身大の女の子として。


「余は……余は頑張っているのだろうか? 仲間たちが胸を張れるような王として立ち振る舞えているのだろうか? それがずっと不安で……」


「大丈夫だ。お前は頑張れてるよ。仲間たちを見てたら分る。皆お前のことが好きだって、表情が物語ってるよ」


「魔王などと言いながら駒扱いされていた余に、これからもついて来てくれるだろうか?」


「当たり前だ。皆マナと一緒に死のうとしてたんだぞ。地獄の果てまでもついて来るよ、あいつらなら」


 それからもマナは声の限り泣き続けていた。

 これかで溜まったものを吐き出すように。

 ずっとずっと……


 ◇◇◇◇◇◇◇


「すまんかったな、蒼馬」


「いいや。俺はお前の友達だからな」


 俺が笑顔でそう言うと、マナは微笑を浮かべつつため息をつく。


「余を担いで帰ってくれるのだろう?」


「ああ」


 マナの体を抱き抱え、地面を力強く蹴る。


 宙を舞い、夜の町の光を見下ろす俺たち。

 マナはその様子を見てウットリとしていた。


「蒼馬」


「なんだ?」


 するとマナは突然、自身の柔らかい唇を俺の頬に当て、顔を赤くして顔を伏せる。


「マナ!?」


「余、余のことを友達と言ってくれたのは嬉しいが……余は友達じゃ嫌じゃ!

 蒼馬とは……特別な関係でいたい。そういう関係になりたい」


「……考えておくよ」


 心臓が早鐘を打つ。

 今更ながら美少女を胸に抱いていることを思い出し、緊張する俺。

 不意打ちはずる過ぎる……

 バクバクいっている胸を悟られないか、俺はそんなことを気にしながら帰路へ着くのであった。

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